アイドルは恋をしない
アイドルは恋愛をしてはいけない。
それは、契約書に書かれているわけじゃないのに、誰もが知っている“空気のルール”だった。
ファンの夢であるために。
誰か一人のものにならないために。
私は中学一年の頃、アイドルに憧れてオーディションを受けた。
歌もダンスも平均より少し上、それだけだった私が受かったのは、きっと運が良かったからだ。
それでも努力はした。
泣きながらストレッチをして、声が枯れるまで歌って、鏡の前で笑顔を作り続けた。
そして中学三年、デビューが決まった。
しかもセンター。
スポットライトを浴びた瞬間、世界が自分のために回っているような気がした。
……だからこそ。
「恋愛は絶対にダメだよ」
マネージャーのその一言が、やけに重かった。
好きな人がいたわけじゃない。
でも、恋は落ちるものだ。
だったら防ぎようがないじゃない。
だから私は考えた。
……最初から、落ちる場所に行かなければいい。
「そうだ…女子校に行こう」
ー
入学して半年。
予想は、半分当たりで半分外れだった。
「ねえ、あの先生マジでやばくない!?」 「駅前のカフェの人、絶対こっち見てたって!」 「昨日のアニメのあのキャラさぁ〜!」
……結局、みんな恋してる。
対象がクラスメイトから憧れや二次元に変わっただけで、熱量は同じ。
むしろ余計に拗らせてる気すらするが……
まぁ、ある意味安全である。
でも、私はその子たちのそんな話にはついていけないのだ。
最近、友達とも話し合わないし…
このままでは…
一人ぼっちに。
私は誰か友達になれそうな子はいないか周りを見渡す。
キャッキャと話すクラスメイトの中で一人だけ違う空気を纏っている子がいた。
短い髪に、無機質な眼鏡。
いつも窓の外を見ていて、誰とも群れない。
いかにも恋愛に興味ありませんって感じ。
(ああいう子ってどういう話をすれば良いんだろう)
そう思いつつも、私は声をかけた。
「さくらさん、だっけ?」
彼女はゆっくりとこっちを見た。
反応がワンテンポ遅い。
「いつもぼーっとしてるけど、何考えてるの?」
「世界平和」
……は?
一瞬、時間が止まった。
「えっと……その、冗談?」
「わりと本気」
表情は変わらない。
本当にそう思ってる顔だった。
(変な子……)
思ったとおりに話が合わなさそう。
「友達いなさそうだし、私がなってあげようかと思って」
「上からね」
「一応アイドルだし?」
冗談で言ったんだけど……
ツッコミは返ってこなかった。
その変わり彼女は、ほんの少しだけ目を細めた。
「……確かに、綺麗」
そう言って、眼鏡を外した。
距離が、一気に縮まる。
思わず息が止まった。
こんな近くで誰かの顔を見るなんて、いつぶりだろう。
メイクもしていないはずなのに、まつ毛がやけに長くて、瞳が近い。
(近い近い近い)
後ろに下がろうとした、その瞬間。
「可愛いね」
囁くみたいな声。
反射的に一歩下がる。
「ちょ、何急に……」
でも彼女は、逃がさないみたいにまた一歩詰めてくる。
「ん?」
そのまま——
柔らかい感触が、頬に触れた。
一瞬、何が起きたかわからなかった。
「……は?」
数秒遅れて、理解が追いつく。
「え、ちょ、今……え?」
意味がわからない。
なんでこんなとこで……
「ごめん、つい癖で…」
「は?」
普段からそんな事してるってわけ?
いつもボケーッとしてるくせに??
「男装喫茶で働いてるから。」
ほっ……
私は謎のある心をした。
「いや、男装喫茶でも普通やらないでしょ!?」
ケロッとした顔で眼鏡をかけ直す彼女に、私は完全にペースを乱されていた。
でも問題はそこじゃない。
問題は……
それからずっと。
授業中も、帰り道も、家に帰ってからも。
ふとした瞬間に思い出すのは、あの距離と、あの感触。
(いやいやいや、違うでしょ)
これは恋じゃない。
ただの事故。
ハプニング。
予想外の出来事。
そう、これは……
恋なんかじゃない。
だって私はアイドルだから。
恋なんて、しないから。




