序章
現代の妖怪図鑑を作ろう。
そう思い立ったきっかけはようやく冬将軍が退陣し、世の中が春という季節を受け入れたある日に起こった。私にとっては悲劇であったが、諸兄らにとってはおそらく喜劇であるだろう。
その日、私こと佐野征十郎は近所の商店街の店々を冷やかすのに余念がなく、世間の生命出ずる春とは正反対の泥沼のような青春を謳歌していた。
当日の大学における講義は全て自主休講である。日々深遠なる思索にふける私には、このぐらいの休息は当然の権利といえよう。
しかし、天は何を勘違いしたのかこの考える葦たる私に天罰を与えたのである。
前方から自らが高等学校の生徒であることを示す制服で武装した乙女が歩いてくる。
紳士足る私は当然彼女をいやらしい目で見ることもなくすれ違おうとしたのだが、そのとき唐突に一陣の風が吹き抜け、彼女の武装の一部をめくりあげた。
具体的に言えば、スカートの内側が衆目に晒されたのである。私の眼差しが一点に釘付けになったのも不可抗力と言えよう。
しかし、彼女はどうやらそうは思わなかったようで私は彼女から手酷い罵倒を受けることになった。あまりに理不尽である。
先ほどの風は私に対して悪意を持っていたと断ぜざるを得ない。
さらに、ここで思考を止めないのが私の私たる所以である。果たして自然現象である風が悪意など持つものか。さすがの私も自然を敵に回すほど環境破壊を進行させているわけではないはずである。
では人為的なものか?
妄想は膨らむ。
否、いかな人間とてあのような風を狙って起こすのは不可能だろう。
ならば結論は…
「妖怪だな」
古来より人に害なすものと言えば妖怪と相場が決まっている。それに妖怪ならば、風くらい朝飯前に吹き荒れさせることができるだろう。
勝手に下した結論に勝手に満足した私の脳裏にひとつの懸念が生じた。
現代人はあまりに妖怪に対して無防備なのではないか。まさかこの科学の世において妖怪などという存在に自分が襲われるはずがないと、思い込んでいるのではないか、と。
由々しき事態である。
私はせめて自分の守りだけでも固めようと、商店街からの帰路の脇にあった祠からいわくありげな札を引きはがし、その札を我が家の玄関に張り付けたのであった。
初めて投稿させていただきました、腐れ大学生と申します。
稚拙な文章ではありますが、楽しんで読んでいただければ幸いです。