剣聖、切られる
俺は剣聖。いつの日だったか、魔王軍四幹部のひとりを斬った頃からそう呼ばれるようになった。
俺に斬れぬものはなかった。
東に斧を失くしたきこりがいれば、行って代わりに伐ってやった。
西に氷山にぶつかりそうな船があれば、行って代わりに舵を切った。
俺は人気者だ。新聞のコラムも書いている。
『剣聖が斬る』
歯に衣着せぬ物言いで世相を一刀両断する痛快さが幅広い年齢層にウケている。
だが、そんな俺にもキれぬものがある。
「アンタ」
「知らぬ!」
「まだなにも言ってないよ!!」
妻だ。
昔は遠くからでも一目で分かるべっぴんさんだったが、いまはオークがとなりにいたら見分けられるか五分五分になってしまった。
そのオーク殿がたいへんお怒りである。
「この女は誰よ!」
「知らぬ。ついさっきそこで会ったばかりだ」
「アンタは会ったばかりの女を宿に連れ込むのかい!!」
まさか見られていたとは。しかし、
「辛そうにしていたから介抱してやっただけだ」
「へえ~」
恥じ入ることはない。たかだかその程度のことだ。
妻はどうにも嫉妬深くて困る。
「……じゃあ、なんでアンタは裸なんだい?」
「これは彼女が寒いというから」
「バカ言ってんじゃないよ!!」
彼女を部屋に連れ込み、いざパンツを脱いだ瞬間を押さえられた。
ドアを蹴破って部屋に突入してくる妻は、はじめ魔王軍の刺客が襲ってきたかと思うほど俊敏だった。
(まさかこの俺にパンツすらはかせないとは)
不覚。油断した。
(普段ソファから一歩も動かないのは世を忍ぶ仮の姿であったか)
蹴り壊されたドアが無残な姿で転がっている。
「アンタ、自分がなにしたのか分かっているのかい?」
「だって……」
「だって?」
完全に自信を失くした。剣聖と呼ばれるこの俺がこんなオークに遅れを取るとは……。
俺は老いぼれてしまったのか?
さきほどまであんなに誇らしげだった愚息殿も、いまはしょんぼり下を向いている。
「だって、なんだい? 早く言いな!!」
認めよう。俺は潔い男だ。
「……だって寂しかったんだもん!」
「ア”タ”シ”の”ほ”う”が”寂”し”い”わ”よ”!!」
妻が地団駄を踏むと宿が揺れる。
「アンタの帰りを! ひとりで待つ! アタシのほうが! 寂しいわよ!!!」
震度5。
こうなった妻はもう誰にも止められない。
いまはただ耐えるのみ。
「ちょっと聞いてんの!」
「聞いています」
「だいたい、こんな娘と変わらない年頃の女の子を宿に連れ込んで、恥ずかしいと思わないの?」
むしろ誇らしいくらいだ。こんなことになりさえしなければ。
「なんとか言ったらどうなんだい!」
「すみませんでした」
もっと辺りを確認しておくべきだった。
よく見れば部屋の入口で出歯亀どもがニヤニヤしている。
(あとで全員たたっ斬る!)
とにかくいまはじっとしてよう。
「アンタもアンタよ。ひとの亭主に手を出して!!」
まずい。怒りの矛先が女の子に。
妻は彼女の髪をつかみ振り回す。
「やめろ。彼女は悪くない」
なんて馬鹿力だ。まるで振りほどけない。
「なによ! アンタ、この女の肩をもつの!?」
「彼女はなにも知らなかったんだ」
妻がパッと手を放し、その隙に彼女は外へ逃げていった。
グッバイ彼女。また会おう。
「知らなければ人の男に手を出していいの?」
「知ってれば手なんか出さないさ」
お前みたいなのがいるなら、尚更な。
「じゃあ、なんでアンタは手を出したの?」
心臓がキュッとなった。
次の一言が生死を分けるかもしれない。
俺はよく考えて、言った。
「……若い頃のお前にそっくりだったから!」
「死ね。この浮気者!!」
突如、左頬に馬車が突っ込んできたかのような衝撃が走る。
(張り手か?!)
意識が薄れる。態勢を保てない。
「もう離婚よ!!」
ああ、明日には噂になるに違いない。きっと新聞に書かれる。見出しは……。




