手紙
湖のほとり。冒険者の男は傷つき倒れた最後の仲間を看取った。
ポーチから黒鉛と紙を取りだす。
――一筆啓上 奮闘むなしく、湖北に敗れる。さらば、愛しのサーシャ
紙片にそう書き入れ、籠から白い伝書鳩を取り出して結ぶ。
「さあ、行け!」
男の手から鳩が放たれた。
と、すかさず四方の森から矢が射られる。
「高く、もっと高くだ!」
鳩は雨のように降り注ぐ矢をかわし、空に浮かぶ雲へ溶けていった。
「神様……」
男はすがるように剣を手にする。わずかだが震えが収まる。
「行こう」
辺りの森が騒がしい。魔物の大軍が鳩を放った人間を探している。
男は逃げた。茂みに身を隠し、ときには戦って、辛うじて命をつないだ。
だが、それも一日限り。
右脚の膝から下を失った。もう歩けない。
左腕の肘から先を食われた。もう戦えない。
それでも男は靴ひもで傷口を縛り、生きようと足掻く。
『無駄なことだ』
いつの間にか忍び寄っていた敵の魔法使いがあざわらう。
『お前は死ぬのだ。今日、ここで』
「そうかもな。だが悪くない。この体なら、お前の魔法で操られることもないだろう」
男はそう言って笑い返した。
魔法使いは興ざめだといった顔で、
『あの男を始末しろ』
仕留めた冒険者の死体を操り、剣を構えさせる。
(サーシャ……)
男は愛する妻の姿を思い浮かべた。
(すまない)
目を瞑る。
死体が剣を振り上げ、男に振り下ろそうとしたとき、
「ニコラス!」
妻の声に、男はハッと顔をあげた。
火の魔法が死体を消し飛ばす。
「サーシャ! どうしてここに……」
サーシャの連れてきた冒険者たちが魔法使いに襲いかかる。
「覚悟しろ」
『くっ』
魔法使いは逃げ、死体たちは動きを止めた。
サーシャがニコラスに駆け寄る。
「無事でよかった」
そう言ってサーシャは微笑んだ。しかし、ニコラスは下を向き浮かない顔をする。
「すまない」
「別に謝ることは」
「いや、そうじゃなくて、俺はもう……」
ニコラスはもう、ふたりが出会った日のようには踊れない。
愛を誓った指輪は左腕ごとどこかに失くしてしまった。
その目から涙がこぼれる。
「こんな体じゃ」
「ニコラス」
「すまない。あんな手紙を書いたばかりに……」
「ニコラス!」
サーシャはニコラスを抱きしめ、
「貴方が生きていて、私はうれしい」
涙を流して再会を喜んだ。
その後、ニコラスはサーシャとともに冒険者ギルドで働くようになった。
受付をしたり、帳簿をつけり、できることをする。
夕方、仕事が終わればふたりで家路につく。
一歩ずつ、ふたりはふたりの歩幅で生きていく。




