夢
砂漠の国で冒険者ギルドに立ち寄ったときのことだった。
路銀が心許なかったので適当に仕事をしようと掲示板を眺めていたら、
「お姫様に話をしてほしい」
ギルド長直々に依頼された。
なんでもこの国の姫は美しすぎるあまり、言い寄る男が絶えなかったので、父親である王様によって白い塔に幽閉されているのだとか。そんな姫の暇つぶしに付き合ってほしいという内容だった。
「異国の冒険譚ならお姫様も楽しまれるでしょう」
いかにもお人好しって感じの男だった。
初めは断ろうと思った。けど、払いが良かったので俺はその依頼を引き受けた。
翌日。さっそくギルド長に連れられて王宮にあがり、王に謁見する。
「近頃、娘はふさぎこんでおるようじゃ。なんぞ楽しい話でもしてやってくれ」
バカみたいな面の王だった。
テメエの娘がふさぎこんでいるのは、クソみたいなところに閉じ込められているからだろ。
姫に少し同情したよ。俺だったら三日で塔から飛び降りている。
「お任せ下さい」
しゃべりなんか得意じゃないが、世間知らずのお姫様の相手ぐらいは務まると思った。
「頼むぞ。おい、こいつを案内してやれ」
侍女に連れられて姫のいる塔へ向かう。
王宮の東。幾重にも壁で囲まれたその奥に塔がある。
クソみたいに高い塔だった。
門を抜け、塔の中に入ると一本のハシゴがあった。
それを延々と登ると衛兵の詰め所があって、姫の部屋はそこからさらに階段で登らなければならない。
部屋に着く頃には侍女は息切れしていた。
堅く閉ざされた鉄の扉。侍女が声を張る。
「姫様。冒険者を連れて参りました。異国の話を聞かせてくださるそうです」
少しして「どうぞ。お願いします」と、か細い声が扉の向こうから返ってきた。
侍女は俺を扉の前に立たせる。
「あの」
「このままお願いします」
扉越しで話せってか。ったく。
仕方なく俺は扉に向かって話をする。
「これは俺がオリハルコンを探していたときの話だ」
伝説の金属。俺はそれが実在するか確かめるため、伝承にある鉱山へ向かった。
そこは魔物の巣だった。バジリスク、ケルベロス、ワイバーン。手強い魔物ばかり。
途中、何度も死にかけた。その度に仲間と助け合って、ようやくオリハルコンを見つけた。
俺の人生で最高の瞬間だった。しかし、
「ありがとうございました」
姫の反応は素っ気なかった。お姫様には想像もできない世界だったのかもしれない。
俺は意地になって、とっておきの話をしてやった。
「これは俺の友人の話なんだが、そいつはある娘と恋仲になって、夜にこっそりその娘の家に忍び込んだ。それで、いざベッドに飛び込んだら、間違えて娘のオヤジのベッドに入っちまって」
仲間内だと最高に盛り上がるバカ話。姫には見えないのに、身振り手振り、時には口調を真似して臨場感たっぷりに話してやる。
「……それでそのオヤジが最後に言ったんだ。『妻じゃなくてよかった』ってな」
傑作だ。何度話しても笑っちまう。
しかし姫は、
「ありがとうございました」
つれない反応だった。侍女にも睨まれた。
その後も手を替え品を替え、俺はあれやこれやと聞かせてやった。
各地に伝わる不思議な伝承。変な習俗や文化。美味しかった料理。しかし、
「ありがとうございました」
どれも姫の心を動かすことはできなかった。
とうとうネタが尽きた俺は、最後に即興で適当な話した。
「これは俺の故郷に伝わるペガサスの話なんだが」
いま思うとひどい話だった。
そのペガサスを捕まえようとして首にしがみついたら、ペガサスが駆けだして、昼と夜を越えて、気がつけば見知らぬ土地に放り出されていたっていう、子どもだましのような話だ。
「知ってるか? 俺たちの住むこの星は丸いんだぜ。なぜわかるって俺はこの目で見たからだよ。青く、そして美しい星だった」
正直、話していて心が苦しかった。でも、
「私もペガサスに乗ってみたい」
姫がぼそっともらしたんだ。俺は嬉しくてつい、
「今度、捕まえたら見せに来るよ」
言っちまった。
夜。どこまでも続く草原で二人の冒険者がたき火を囲んでいる。
「で、現在に至ると」
「ああ。どこかでペガサスを見なかったか?」
「んなもんおとぎ話だろ。見るどころか聞いたこともねえよ」
「そうか」
老いた冒険者はコーヒーをすする。
「というか、それ何年前の話だよ、おっさん」
「さあ? かなり昔の話さ」
若い冒険者は呆れたように笑い、夜空を見上げた。
「そのお姫様ももう覚えてないって」
「かもしれないな」
老いた冒険者は自嘲する。
「……でも言った手前、引き下がれないからな」
「律儀だねえ」
ふたりは焚き火のそばで一泊し、翌朝別れた。
「達者でな」
「おっさんこそ。ペガサス見つかるといいな」
そして彼はまた旅に出る。いつかの嘘を、夢に変えて。




