仕掛け人
魔術師の塔。かつては冒険者であふれたダンジョンも、いまは寂れて久しい。
我々はその近くにあるコムルーン村を訪ね、村長(74)に話をうかがった。
「昔は、よく冒険者の方がお見えになりました」
そう言って村長は当時の冒険者入塔記録帳をみせてくれた。
三十年前の頁にはびっしりと冒険者の名が並ぶが、近年はまばらである。
「村の宿が満杯になって、それで役場を開放したこともあります」
村長は懐かしむように、記録帳を撫でる。
――なぜ、冒険者は来なくなった?
「狩りつくされたんです。お宝もモンスターも。塔にはもうなにもありません」
村長は力なくうなだれる。
ダンジョンのクリア。冒険者にとっては輝かしい功績も、村にとっては観光資源の枯渇を意味する。
そんなダンジョンを再生させる仕掛け人がいる。
「ダンジョンだけじゃない。周辺の地域コミュニティも一緒に再生する。それが僕のコミットメント」
ダンジョンマスター・カイバ(42)氏だ。
氏はこれまで多くのダンジョンを再生させてきた。
「重要なのはステークホルダーとヴィジョンを共有すること」
我々はそんな彼に密着し、その活動を取材することにした。
まず氏はコムルーン村の役場を訪ねた。
「どうも」
「ようこそ。お越しくださいました」
観光課のマツノ氏(46)が入口で出迎える。
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
――これからなにを?
「村のアセットを体験します」
カイバ氏はマツノ氏に連れられて村のメインストリートへ向かった。
塔に続く道だが人通りはなく、店もほとんどが閉まっている。
そんな中、ぽつんと営業している果物屋に入った。
「どうもこんにちは」
「あい、こんにちは」
店主のコヅエ氏(81)が迎える。
「カイバさん。ぜひ、このびわを食べてみてください」
マツノ氏に勧められ、村の特産であるというびわを食べる。
みずみずしい果肉はとろけるように甘く、酸味もあって後味はさっぱりしている。
「とてもおいしいです」
カイバ氏は親指を立ててうなずいた。
コヅエ氏も嬉しそうだ。
「この村の自慢です。昔はよく冒険者の皆さんがお土産に買っていかれました」
マツノ氏も誇らしげである。
その後も、カイバ氏はマツノ氏の紹介で宿屋や酒場、診療所を視察して回った。
翌日。我々はカイバ氏とともに魔術師の塔へ向かった。
石を積んで作られた塔はかなりの高さがあり、ところどころツタが伸び、歴史を感じさせる。
「どうぞこちらへ」
さっそくマツノ氏の案内で塔の一階に足を踏み入れる。
内部は老朽化が進んでいるようだ。湿度が高く、残された家具が腐敗している。
「これはドラスティックなリノベが必要ですね」
カイバ氏は目を閉じ、指揮棒を振るように手を動かし始めた。
――なにをしている?
「イメージです。どうすれば村とのシナジーを最大にできるか、頭の中でプランを練っています」
カイバ氏の奇行は一時間ほど続き、我々はじっと見守る。その後、
「プランが固まりました。あとは事務所に持ち帰ってブラッシュアップします」
カイバ氏はそう言ってにやり笑い、帰っていった。
翌月。カイバ氏は大量の荷馬車を率いて塔に現われた。
――これは?
「塔を改修するための資材です」
荷台にはレンガが山のように積まれている。
また工事のための大工や職人も乗っている。
「皆さん。よろしくお願いします」
カイバ氏の号令で工事が開始した。
――塔をどうする?
「詳しくは言えませんが、冒険者に楽しんでもらえるようなアトラクションを用意します」
何度尋ねてもカイバ氏は一向に口を割らない。
我々は大工のゲンさん(57)にも話を聞いた。
――どのような工事を?
「見ての通り補修だよ。あちこちガタがきてるからね」
――カイバ氏との付き合いはいつから?
「もうだいぶ長いよ。いっつも無理な注文してくっから、カイバさんとこの仕事は大変だよ」
隣でカイバ氏が苦笑している。
「まあ、でも、退屈しなくていいさね」
ゲンさんはニッと笑った。
それから二ヶ月後。工事完了の連絡を受けた我々は早速塔に向かった。
塔の前でカイバ氏が待っている。
「いかがですか?」
カイバ氏は自信ありげである。
塔はツタが取り除かれ、ヒビや隙間が埋められていた。
以前はいつか倒れてしまいそうな印象だったが、いまはガッシリしているように感じる。
「中も見てください。驚きますよ」
カイバ氏の案内で我々は塔の中に足を踏み入れる。
目についたのは石壁に沿って取り付けられた巨大な滑り台だった。
――以前はありませんでしたよね?
「はい。今回の改修の目玉です。塔の頂上から入口まで、これひとつで滑り下りできます。私は『時間を戻す』という意味でクロノスライダーと名付けました」
滑り台は塔のいたるところにある落とし穴の受け皿となっていて、落ちたら最後、入口まで戻される仕組みになっている。
「屋上も見てください」
カイバ氏のあとを追って、我々は細かく仕切られた部屋を抜け、長い階段を上り最上階に。
そこからさらにハシゴを登って屋上に出る。
そこは美しい庭園になっていた。中央に池があり、周囲には花が植えられている。
外周には安全柵があり、コムルーン村を一望できる。
――いい眺めですね。
「ダンジョン攻略のご褒美です」
カイバ氏は庭園の隅に設置された滑り台へ向かう。
「攻略後はクロノスライダーで一気に下まで降りられます。冒険初心者は脱出用の魔法を覚えてないことも多いですからね」
――これはもう滑れる?
「そのはずです。試しに滑ってみましょう。では行きますよ」
カイバ氏は慎重に腰をおろし、滑り出す。しばらくして、
「ぎゃぁぁぁぁあぁあああああ!!」
カイバ氏の悲鳴があがった。
声は塔をぐるぐる駆け回り、そして、
「ぎゃふん!!!!」
悲痛な叫びとともに止んだ。
我々はハシゴと階段を下り、急ぎカイバ氏のもとへ向かう。
氏は塔の入口、滑り台の終点で倒れていた。
我々は作業員とともに氏を診療所へ運び入れた。
全治二週間。村で唯一の医者オウガイ氏(63)はそう診断した。
診察台でうつ伏せになったカイバ氏のお尻は真っ赤に腫れあがっている。
――大丈夫ですか?
「はい。ちょっと驚きましたがかすり傷で済んでほっとしています。これからもオープンまでにしっかりテストして、冒険者の方々に安心してお使いいただけるよう改良していきます」
カイバ氏は苦笑する。
その翌日。カイバ氏不在の中、塔でモンスターの搬入作業がおこなわれる。
我々は現場を指揮する冒険者ギルド第十八支部長のジル(38)氏に話をうかがった。
――モンスターは仕込むのですね。
「まあ、一般的には長い年月が過ぎるうちに勝手に住み着くんだが、今回は特別な」
――危険性はないのでしょうか?
「今回導入するモンスターは薄暗くてジメジメしたところを好むから、外には出てこないよ。あと、出てきてもさほど脅威にならない弱いモンスターばかりさ」
――冒険者ギルドがなぜこのようなことを?
「いまは世界的に初心者向けダンジョンが不足してるからな。駆け出しの冒険者が経験を積む場をギルドとしても作ってやりたいのさ。これからも強い冒険者は必要だ。俺たちはそのためにできることをやっている」
ジル氏は優しい目をする。
塔に横付けした馬車の荷台から大きな木箱が下ろされた。
中にはスライムが入っているようだ。
――なぜスライム?
「正確にはこいつはママスライムだ。屋上の貯水槽で培養したプランクトンを餌に繁殖させる。スライムなら新人でも対処できるからな」
数人のタンクが交替でママスライムのヘイトを買い、塔の奥へ連れて行く。
塔の最上階。隠し扉の奥の部屋にママスライムは幽閉された。
「あの部屋は床に穴が空いていて、小さいスライムはそこから下に落ちる。ママスライムは屋上にある貯水槽の水で食事するって仕組みらしい」
ジル氏は扉を厳重に目張りし、ママスライムを封印する。
夕暮れ。仕事を終え、冒険者たちは撤収した。
モンスター搬入から一ヶ月。いよいよ塔がリニューアルオープンすることが決まった。
それに先立ち、カイバ氏は冒険者ギルドに依頼を出す。
「魔術師の塔にスライムが棲みついた。調査、討伐を依頼したい」
――なぜ依頼という形式にしたのか。
「若い冒険者には本番だと思ってダンジョン攻略に挑んでほしいからです。ギルドにもここが人為的に作られたダンジョンだということは伏せてもらっています」
依頼を受けた若い冒険者たちが続々と村を訪れる。
村のメインストリートが冒険者で賑わう中、コヅエ氏は冒険者たちにカイバ氏考案のスライムびわゼリーを売っていた。
――売れてますか?
「はい。おかげさまで。本当にありがたいことです」
コヅエ氏が微笑む。山のように積まれたゼリーが半日ではけたそうだ。
その傍らでは村長が呼び込みをしている。
――お忙しそうですね。
「それはもう。人手が足りないということで、私みずからこうして接客しています。こんなに人が来るなんて、何年ぶりのことか」
村長は嬉しそうだ。
――村に活気がもどりましたね
「はい。これも皆さんのご協力あってのことです。その、こんなにも若い子に来てもらえるなんて……」
その目に涙が浮かぶ。
「すみません。昔を思い出してしまい。皆さん! コムルーン村名物のスライムびわゼリー。よかったら食べていってください!」
村だけでなく、村長もまたかつての元気をとりもどしたようだ。
塔では多くの冒険者が列を作って順番を待っている。
我々はそこにいる男性冒険者に話を聞いた。
――どこから来ましたか?
「冒険者ギルド第十一支部です」
――なにをしにここまで?
「ギルドの仕事で塔の調査に来ました」
――ダンジョンは経験ありますか?
「いえ、初めてです。いつもは村の近くに出たゴブリンを退治したりしているのですが、ようやく大きな仕事を任せてもらえました」
――手が震えてるけど大丈夫?
「武者震いです。ここから俺のサクセスストーリーが始まりますからね」
若い冒険者の目は希望に満ちている。
我々はさらに塔から出てきた女性冒険者にも話を聞いた。
――中はどうでした?
「最悪です。どこもスライムまみれで……」
――おひとりで塔へ?
「いえ、仲間と一緒だったんですが、途中で落とし穴に落ちちゃって。気づいたら入口に戻されてました」
――お尻は大丈夫?
「は? セクハラですか?」
冒険者はスカートの裾を押さえ、宿に戻っていった。
そんな冒険者たちの様子を少し離れた丘でカイバ氏が見守っている。
――大成功ですね。
「はい。初動がうまくいって安心しています。紹介していませんでしたが、塔の中にはモンスターだけでなくお宝も用意しています。ほとんどはあまり価値のない物ですが、商人ギルドにお願いして、そこそこの値段で買い取ってもらえるよう話をつけています。冒険者にはここで経験を積んでもらうと同時に、冒険の醍醐味を知ってもらいたいですね」
――いまさらですが、なぜこの仕事を?
「僕も昔は冒険者だったんですが、膝に矢を受けてしまって。それでふてくされていたんですが、若い世代にも冒険する楽しさを知ってもらいたいと思って始めました」
――今後の目標は?
「そうですね。地域コミュニティと冒険者の持続可能な社会の実現。あとは僕の作ったダンジョンで腕を磨いた冒険者が、いつの日か勇者になってくれれば最高ですね!」
――最後になりますが、お尻は大丈夫ですか?
「あはは。おかげさまですっかり良くなりました(怒)」
これからもカイバ氏の挑戦は続いていく。




