仇討ち
ある山中、森の奥深くにゼンザイという剣の達人が庵を構えている。
このゼンザイ、恐るべきことにその身に殺人剣を修め、若かりし時分より多くのつわものを殺めし人斬りである。
戦乱の世。魔族との戦争は止むことなく、斬るべきものはいくらでもあるというに、ゼンザイはさりとて興味を示さず、名高き猛者を相手に斬り結んでは己が業を試せしことに執心するばかりなり。
しかし左様な狂人といえども寄る年波には勝てず、いまは隠遁し、もはや名も覚えておらぬものどもの冥福を祈り、静かに暮らしつる。
そんなゼンザイを訪ねるひとりの娘がいる。
「ごめんくださいまし。こちらにゼンザイ殿はおられませぬか」
年のころ十七、八。白雪のごとき肌に麻の小袖を纏いし美しい娘である。
ゼンザイ、己を訪ねしはどうせ良からぬことと、普段ならば居留守を用いるところなれど、これほどの若い娘が己に何用かと気になり、
「わしがゼンザイじゃ」
つい戸口に立って応対した。
娘が「お願いがあって参りました」と、懐より取りだしたるは銀貨百枚。
(尋常ならざる話なり)
娘の鋭き眼光に気圧されたゼンザイは、人斬りをひとりで訪ねし娘の胆力を買い、話を聞いてやることにした。
「ゼンザイ殿に斬っていただきたい御仁がおります」
「たれじゃ」
「魔剣士シラタマという男です」
魔剣士シラタマ。その名には長らく俗世を離れしゼンザイと言えど聞き覚えがあった。
「たしか魔王軍軍師を討ち取りし男。なぜかようなものの命を狙う」
かような小娘に恨まれる男ではあるまい。
されど娘は頭を振ってそうではないと言う。
「この者は我が父がかの魔物を討ちし後、父を手にかけ、その功を奪ったのです」
「証拠はあるのか」
「父と親しかった道化師がその一部始終を目撃したと打ち明けてくださいました」
「なればそれを世に訴え出ればよかろう」
人斬りが出る幕ではない。と、ゼンザイは踵を返すが、その背に娘がしがみつく。
「それができればどれほどよかったでしょう。その御仁はシラタマを怖れ、口外できぬと仰るのです」
背で娘がすり泣く。
ゼンザイはため息をつき、
「その道化師は信頼できるのか」
「はい。父は『ひょうげているが決して嘘は吐かぬ男』と評しておりました」
振り返りざま娘の手を捻り上げる。
娘は「あっ」と声をあげるが、逃げずにじっとゼンザイを見つめる。
「しかしこのゼンザイ。すでに老境に入り、ずいぶん腕も衰えた。いまのわしにシラタマは斬れぬであろう」
「父はゼンザイ殿を天下に比類なき剣の使い手であったと申しておりました。後生です。どうか父の仇を討ってくださいまし」
「そなたの父の名は」
「勇者アンミツ」
ゼンザイは「あっ」と声をあげ、娘の手を放した。
(懐かしき名だ)
ゼンザイがその生涯で唯一敗れし男こそ、アンミツである。
人斬り退治の任を帯びたアンミツはゼンザイの必殺剣を破り、
「二度と悪事を働かぬと誓うならば見逃してやる」
と寛容にもその罪を赦した。
以来、ゼンザイは人斬りを止め、山に籠っている。
(恩人の仇となれば我が仇も同然)
かつての人斬りの目に、再び火がともる。
十六夜。都の辻にて酒瓶を片手に歩きしはシラタマ。
その行く手をゼンザイが遮る。
「邪魔だ」
シラタマは「どけ」と手で追い払おうとするが、その殺気に、
「何奴」
酒瓶を投げ捨て、腰の剣に手をかけた。
「我が名はゼンザイ。アンミツの仇討ちに参った。神妙にせよ」
「これは異なこと。アンミツ殿は我が戦友。何ゆえ仇などと申される」
「己が心中に問われよ」
ゼンザイが剣を抜くやシラタマも剣を抜く。
「参る」
ゼンザイ、パッと白刃きらめき一閃見舞うも、シラタマこれを皮一枚でかわし、
「魔剣ヨイガラス」
ゼンザイの返す刀に先んじて右目を斬った。
(聞きしにまさりし妖しき剣)
対手の剣の影より来たりし剣は、闇夜に紛れまるでおぼろ。
(わしと同じ人斬りの業なり)
ゼンザイは続く二の太刀を飛びのいて避け、間合いをとった。
「どうした。私を斬るのではないのか」
嘲るシラタマ。だがゼンザイには必殺剣がある。
(アンミツに後れをとりしは満月ゆえ)
八相に構えた剣を十六夜に欠けたる月輪に秘め、
――必殺剣 ツキカゲ
光の陰より放てし撃剣は、音もなくシラタマを袈裟に斬った。
「見事なり」
いかな魔剣ヨイガラスであろうと、影なき剣には紛れられぬ。
血が夜に舞い、月を朱く染めていく。
「魔剣士シラタマ、討ち取ったり」
ゼンザイは血を払い、剣を鞘に納める。
「御用だ、御用だ」
と、騒ぎを聞きつけし都の衛兵がゼンザイを取り囲んだ。
「此はいかな仕儀か」
戦慄せし衛兵らを前に、ゼンザイは「カカ」と笑い、
「この者、勇者アンミツ殺害の折、約束せし報酬を踏み倒した小悪党なり。よってここに天誅を下したのである」
言うや、さっと自裁し果てた。
ゼンザイの遺骸は市中引き回しの上、川辺にて野ざらしにされたが、しばらくして墓が作られた。
毎年秋になると美しい娘がその墓に甘味を供えるという。




