勇者
勇者。様々な冒険の果てにその勇気を証明した者をそう呼ぶ。
勇者は人々の希望である。その希望を打ち砕くため、魔王軍が動き出す。
黒き鋼の身体、四対の腕、空を裂く翼。
魔王軍四幹部のひとり、ベリアス。
「貴様が勇者か」
腹の底に響く声。しかし相対する勇者はひるまない。
「そうだ」
「ここで死んでもらうぞ」
ベリアスが死の魔法を放つ。
が、仲間の神官が魔法で防いだ。
「私たちもいますよ」
「そうだぜ」
勇者パーティ。格闘家、魔法使い、僧侶。皆、その道を極めし猛者である。
そしてそこにひとり、少年がいる。
「剣のサビにしてやるぜ」
ある村に勇者一行が立ち寄った際、しつこく頼み込んで弟子入りした見習いである。
「待て。君は逃げろ」
勇者は前に出ようとする少年の肩を引き、下がらせる。
「なんでだよ! 俺も戦うって!!」
「足手まといだ」
ふたりが揉める間にも、ベリアスはその鋭い爪で襲いかかる。
「させるかよ!」
格闘家がカウンターを合わせた。
ベリアスが吹っ飛び、教会に突っ込む。
教会の壁が音を立てて崩れた。
「俺だって戦える!」
「頼むから聞き分けてくれ」
勇者は魔法使いに目配せする。
「この子を街の外に」
「坊主。悪いな。テレポート!」
少年の体が天高く舞い上がり、
「おい! 待てよ」
そして飛び去った。
ベリアスが瓦礫をかき分けて起き上がる。
「やはりお前たちはここで殺しておかねばならぬ」
ベリアスは魔法を詠唱する。
大地が揺れ、空気が震える。
「勇者。あれはまずい。街が消し飛ぶぞ」
「わかっている」
勇者は剣をとり、斬りかかった。
ベリアスの火炎魔法が大気を焼き尽くす。
勇者は火炎を切り裂き、剣を振るう。
黒煙が巻き起こり、雲が裂けた。
勇者たちとベリアスの戦いは熾烈を極め、日が落ち、月が昇る頃、希望がひとつ失われた。
それから十年の歳月が過ぎた。ある険しい岩山にひとりの男がいる。
あの日、勇者に逃された少年は男になった。
「いかねば」
日の出の輝く地平に黒煙が立ち上っている。
忘れもしない。勇者がベリアスに敗れた日、同じ景色を街の外れで男は見た。
地を蹴る。谷を跳び、崖を落ち、野を駆ける。
目指すはあの煙の根元である。
「貴様が勇者か」
ベリアスはこの日も人類の希望を断った。
そしていつものように人々を殺戮し、もてあそんだ。
「虫けらめ!」
愉悦が心ない悪魔を満たす。
人々が絶望する様を見るのが戦いの原動力。
「食っていいぞ」
ベリアスは勇者の死体を放り投げた。
低級の魔物どもがこぞって追いかける。
と、その魔物が一斉に倒れた。
「なんだ?」
魔物の屍の中、ひとりの男が立っている。
「ベリアスだな」
男の持つ剣からモンスターの血が滴る。
人間如きに名乗る名などない。と、ベリアスは鬱陶しそうに部下をけしかけた。
ゴーレム。その体は岩よりも硬い。
が、一閃にして上半身が消し飛んだ。下半身は立ったままである。
「ほう」
ベリアスは男に向き直る。
「どうやら、まだ殺しておかねばならぬものがいるようだ」
「気づくのが十年遅かったな」
男にあの日の面影はない。
屈辱とともにすべてを捨て、剣に生きてきた。
すべてはこの悪魔を屠るため。
「いくぞ」
鍛えた体を、磨いた技を、一点に集めて突く。
しかしベリアスは難なく弾き返した。
「ならば!」
男は剣を返して斬りつける。
が、岩を切り裂く剣もベリアスに傷ひとつつけられない。
十年の苦行が水泡に帰すのか。
「死ね」
ベリアスの拳。男は剣で受け止める。
骨がきしみ、肉が潰れる。
「いつまで受けきれるかな?」
連打。男は一方的に殴られる。
しかし倒れない。
男の脳裏には、あの日の勇者が焼き付いている。
(まだだ)
すべてを捨てたはずの男にもひとつだけ残るものがある。
(――勇気)
勇者から託された、たったひとつの輝き。
男は勇者ではない。魔王と戦い、勝利する星のもとにはない。
(よかった。こいつが魔王じゃなくて)
しかし男は笑う。
「なにがおかしい!」
ベリアスの拳を、男はふらりとかわした。
「神速連撃剣!」
勇者の必殺剣。一度見ただけ。見様見真似の技。
しかし男には確信があった。できる。同じ勇気がその体に宿っている。
「馬鹿め! その技はとうに見切っている」
神速連撃剣はすばやく九度斬り返す技。
一、二、三。
ベリアスはガードを固めている。
四、五、六。
激しい斬り返しに男の体が悲鳴を上げる。
七、八……。
肺の焼ける痛みに男の顔がゆがむ。
九。最後の一撃が空を斬った。
「死ね、虫けら!」
ベリアスが反撃する。
巨大な拳が迫る。
『もう一撃』
と、男は勇者の声を聞いた。
『もう一撃。君なら放てる』
男の体に力がみなぎる。
十。ベリアスの拳と剣がすれ違う。
一閃。音もなき神速の剣は魔を両断した。
「バカな」
ベリアスは灰になって消えた。
「仇は討ったぞ」
男は祈りを捧げる。その顔にはいつかの少年の面影があった。
これは少年が剣聖と呼ばれるまでの物語である。




