【甘々メイド百合】メイド二人の甘いバレンタイン 〜指先ごと絡め取る誘惑の一粒〜
恋人同士のメイドがバレンタインの日にいちゃいちゃする甘々な百合です。
薄絹のカーテンを揺らす微風が、心地よい花の香りと鳥のさえずりを運んでくる。
かつてのキウイにとって、朝とは単に一日の行動を開始する無機質な記号に過ぎなかった。
けれど、長年の片想いが実り、このフィオーレ城で働く愛らしいメイド――チェリーと恋仲になってからは違う。
目覚めるたびに、固く蕾んでいた花が光を浴びて一斉に咲き誇るように、世界が鮮やかで輝かしいものに塗り替えられていくのを実感するのだ。
今朝の使用人宿舎に差し込む朝の光は、いつもよりずっと眩しく、そして騒がしい。
今日はバレンタインデー。恋人たちが想いを込めた菓子を贈り合う、今までの自分には全くの無縁だった、けれど今は心弾む愛しい日。
魔術の道具や古びた書物で埋め尽くされたキウイの部屋の机の上で、場違いなほど鮮やかに鎮座しているのは、光沢のある真紅の小箱だ。
人気菓子店の行列に身を置いて手に入れたそれは、今日という日にキウイが愛しい人に贈るべき物として導き出した最適解だ。
姿見の前で、メイド服のエプロンを寸分の狂いもなく整える。
鏡の中の自分が恋人を想うあまり締まりのない顔をしていないか確認し、キウイはその小箱をそっと手に取った。
これを手渡した瞬間、愛しい人はどのような顔をするだろうか。
驚きに目を見開くのか、それとも睡蓮の花が綻ぶような笑顔を見せてくれるのか。
理論では証明できない胸の奥の熱を自覚しキウイが僅かに唇を綻ばせた、その時だった。
――コンコン。
静寂を打ち破ったのは、控えめでありながらキウイの胸の奥を確かに鳴らす優しいノックの音。
聞き慣れたその温かみのある音に、キウイの胸は高鳴った。
急ぎ足で扉を開けた先にいたのは、朝の光を浴びながら立つ、世界で何より愛しい人――チェリーその人だった。
「おはようございます、チェリーさん。ああ……負けてしまいましたね。私が今からチェリーさんの部屋に向かおうと思っていましたのに」
「ふふ、おはようございます、キウイさん。ちょっと渡すものがたくさんあるので……私の方から来てしまいました」
そう言いながらチェリーが差し出した透明な袋の中では、二色の生地が寄り添うように円を描いていた。
ほろ苦いカカオの色と、柔らかな生成り色のバニラ。
それらが愛らしくくるくると渦巻く模様は、まるで二人の心が溶け合っているかのような甘やかな錯覚を抱かせる。
(あ、あれは……もしや……)
キウイの観察眼が瞬時にその特異性を検知した。
袋の口を縛るリボンの角度。指先で幾度もなぞり、丁寧に折り込まれた形跡のある包み紙。
それは城下町の店で見かける、効率を重視した画一的な既製品とは明らかに一線を画していた。
贈る相手を想い、一箇所ずつ、呼吸を整えるようにして施されたことが伝わってくる――そのあまりにも細やかで献身的な手作業の痕跡。
キウイの脳が一つの解を導き出した瞬間、キウイの胸の奥は制御不能なほど熱い痺れに支配された。
今まで積み上げてきた高度な論理が、目の前の小さな袋に宿る体温によって上書きされ、霧散していくかのようだった。
「キウイさん、こちらを……」
「ちぇ、チェリーさんっ……そちらは、もしや……手作りクッキー、なのでは……っ!?」
そう、それはどう見てもただの売り物ではないのだ。
丁寧な梱包の隙間から零れ落ちる甘い香りは、キウイの自制心を容易く溶解させてしまう。
(チェリーさんの、手作り……っ。ああ、私……こんなに幸せ者で……許されるのでしょうか……)
キウイがうっとりと夢心地で目を細めていると、チェリーが弾んだ声で言葉を繋いだ。
「はい、そうです。こちら、パティシエのヘーゼルお母様の手作りクッキーです」
「…………へっ?」
完璧に構築した幸福に至る理論が、解の直前で無惨にも崩壊した。
予想だにしない方向から飛んできた真実に、キウイの喉からは場にそぐわない気の抜けた声が漏れ出した。
「王族の皆様にバレンタインでお出しする用のクッキーが余ってしまったそうです。キウイさんにもぜひお楽しみいただきたいとのことで、預かってきました。どうぞ受け取ってください」
「あ……ありがとう、ございます」
手作りクッキー。確かに手作りだ。
ただし、目の前の愛しい人ではなく、その母によるもの。
(い……いけません。思考を切り替えるのです。相手はこの国の宮廷パティシエにして、チェリーさんにこの世の生を与えてくださった偉大なるお母様。その方が、わざわざ私のために取り置いてくださったのです。落胆など、決して見せてはならない不敬……いえ、最大の非礼ですっ)
キウイは震えそうになる頬の筋肉を、魔法の術式を編む時以上の精神力で制御した。
チェリーの手作りを熱望していた自分を心の奥底へと封印し、精一杯の、けれどどこかぎこちない笑みを浮かべる。
「……ありがとうございます。ヘーゼル様の手作りのお菓子をいただけるなんて……この城で働く者としてこれ以上の光栄はありません。大切に味わわせていただきますね」
必死に理性をかき集め、落胆を悟られまいと震える口角を必死に固定するキウイ。
そんなキウイの内心にはさっぱり気づいていない様子で、チェリーははにかみながら自らのメイド服のエプロンのポケットへと手を差し入れた。
そこから取り出したのは、先程のものより少し小ぶりで、どこか温かみを感じる小袋だった。
「……チェリーさん、そちらは……?」
「あ……」
中にはココア生地の小さなカップケーキ。
ヘーゼルのクッキーのように、完璧に整った形ではない。
少しだけ膨らみが偏っていて、頂上に飾られた銀のアゼランも、不揃いに、けれど丁寧に置かれている。
その不器用なまでの愛らしさに、キウイの思考は一瞬で停止した。
「あの、こちらは……私からです。ヘーゼルお母様のように上手ではないのですけれど、受け取って…………ひゃあっ」
チェリーが言い終えるよりも早く、キウイの理性は霧散した。
衝動のままにその華奢な身体を引き寄せ、チェリーが痛くないように細心の注意を払いながらも力強くぎゅうっと抱きしめる。
「ああもう……チェリーさん。私の心臓をこれ以上弄ばないでください。チェリーさんの作ったカップケーキ……家宝にいたします、と言いたいところですが」
「き、キウイさん? あの……ちゃんと、食べてくださいね?」
腕の中で戸惑うチェリーの体温がキウイの胸に心地よく伝わってくる。
「ええ……なくなってしまうのはとても残念ですが……。腐敗してしまっては元も子もありません。しかと私の血肉の一部といたします」
キウイはそっとチェリーの身体を解放すると、用意しておいた小箱を手渡した。
「ではチェリーさん。私からはこちらを」
「わあ……かわいいです。開けてみていいですか?」
「もちろんです。すみません、私のは城下町で購入した既製品なのですけれど」
チェリーがそっと小箱を開けると、艷やかにきらめく薔薇の形をしたルビーレッドのチョコレートが姿を現した。
そのチョコレートを見た瞬間、チェリーは声を弾ませた。
「あっ、これ……! 最近話題のお菓子屋さんのチョコレートですよね。大行列に並ばないと購入できないと噂の……。手に入れるの、すごく大変だったのではないですか?」
「チェリーさんのためなら、列に並ぶぐらい何の苦でもありません。しかし、人気商品すぎて購入制限があり……私は味見ができていないのです。チェリーさんのお口に合えばよいのですけれど」
事実、その一箱を手に入れるのに費やした時間は、このかけがえのない瞬間を過ごすための過程にすぎない。
キウイの言葉に呆れながらも嬉しそうに微笑んだチェリーは、箱の中から愛おしそうに一粒のチョコレートを摘みとった。
その繊細な花びらを壊さぬように丁寧な手つきで、それをそっと唇の間に滑り込ませる。
「んっ……わあ、とっても美味しいです。甘酸っぱいフルーツのお味が混ざっているのですね」
喜びに細められる瞳。わずかに上に向いた口角。
チェリーの顔がぱあっと輝くのを見て、キウイの胸に理屈を超えた充足感が広がった。
自然と頬が緩むのを止められない。
「……キウイさんは食べられていないのですよね。せっかくなので、お一ついかがですか?」
チェリーがチョコレートをもう一粒摘み、キウイの唇へとそっと差し出した。
指先から漂うのは、ほろ苦いカカオの香りと、甘酸っぱいフルーツの香り。そして、愛しいチェリーの体温。
キウイは花の蜜に吸い寄せられる蝶のように、その指先へと唇を寄せた。
「……では、ありがたくいただきましょう」
キウイは獲物を追い詰める猫のような笑みを浮かべ、差し出されたチェリーの手を包み込んだ。
そしてその手を逃さないと言わんばかりに引き寄せる。
「ひゃっ……き、キウイさん、あ……っ」
驚きに目を見開くチェリーを至近距離からまっすぐに見つめながら、キウイはその細い指を甘い宝石ごと口に含んだ。
(ああ……甘くて、熱い、ですね……)
口内に広がるのは最高級のチョコレートの甘酸っぱさ。
けれどキウイの意識を支配していたのは、舌先に触れるチェリーの指の質感だった。
チェリーの体温で溶け出したチョコレートを余さず回収するように舌を動かす。
「もっ……もう、キウイさん……ふ、あ……っ」
柔らかな指の腹をなぞり、爪の付け根まで深く執拗に舐ると、視界の先でチェリーの肩がぴくりとわずかに跳ねた。
執拗に這わせた舌先がチェリーの熱を直に脳へと伝播していく。
薄紅色の頬は瞬く間に熟れた果実のような赤に染まり、助けを求めるようにキウイを捉える潤んだ瞳は、熱に浮かされているようでもあった。
その愛おしい反応の一つ一つが、キウイの胸を甘美な独占欲で満たしていく。
指先を抜く瞬間にわざと「ちゅぷ」と淫らな音を立ててみせると、チェリーは呼吸を忘れていたことを思い出したように肩を上下させながら荒い吐息を吐き出した。
「き、キウイさんってば……!」
顔を赤らめながら抗議するように自分を見つめる愛しいメイド。
キウイはその視線を真っ向から受け止めながら、口内でとろとろに蕩けたチョコレートを喉を鳴らして嚥下した。
「ん……っ、ありがとうございます。確かに……最高の味ですね。ふふ、ごちそうさまでした」
激しく上下する肩。潤んだ瞳が上目遣いでこちらを捉えている。
それは無作法な振る舞いへの文句を言うようで――その実、先程まで自分を包んでいた熱の続きを求めるようでもあった。
「……さあ、お仕事の時間ですよ、チェリーさん」
キウイはチェリーの火照った耳元に唇を寄せて、あえて焦らすように囁いた。
「続きはまた、夜に……心ゆくまで、たっぷりと……いたしましょうか?」
「――っ。…………はい」
恥ずかしそうに視線を彷徨わせ、消え入りそうな声に確かな熱量を込めて返事をする、花水木のように可愛らしいチェリー。
「わ、私、これ……お部屋に置いてから、お仕事に行きますのでっ」
「ええ、また後で会いましょう。愛しいチェリーさん」
慌てた様子で部屋を後にする、その愛くるしい背中。
キウイは扉が閉まるまでその姿を見送ると、独りになった部屋で、チョコレートの残り香と、自身の舌先に残るチェリーの柔らかな体温を反芻する。
今晩この私室で繰り広げられるであろう、甘い時間の続き。
その、どんな理論でも定義できない熱を思い描き、キウイは満足そうに口角を上げた。
メイド百合カップル、チェリーとキウイの甘々バレンタインのお話でした。
本当はチョコを舐めながらキスをするお話を書く予定だったのですが。
なろうは過激な表現がNGなので、指舐めになりました。
溶けたチョコレートを舐めてるだけですから。何もいやらしくはないですね?
こちらの話をお楽しみ頂けたら、以前書いた同じ二人の短編もぜひどうぞ!
『メイド二人の甘い仕事事情』
https://ncode.syosetu.com/n0319lj/
普段は「人魚と姫」という長編連載を書いていて、チェリーとキウイもその中に出てくる百合カップルです。
こちらの話で興味が出た方は、ぜひ「人魚と姫」もお読みいただけるとうれしいです!
チェリーとキウイ以外にも、いろんな百合カップルが出てきます。
【百合】×【王道ファンタジー】
カップルはみんな百合! 愛と優しさに溢れるほのぼの百合ファンタジー
「人魚と姫 〜私達が結婚すると、世界が救われる!?〜」
https://ncode.syosetu.com/n3773kv/
よろしくお願いします!




