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4 お泊まり決定

「実は俺には、他にも目的があった」

 ランダは両手の指を組み合わせたりほどいたりする。

「ウリーダ姫は、政略結婚でサルト聖国に嫁ぐことになっていただろう。あの縁談を、ぶちこわしにしたかったんだ」

 エリュアは「え?」と目を見開いた。

 サルト聖国は、マルディガルと同じくトルリアの隣国である。

 さらりと、ランダは理由も説明した。

「結婚によって、トルリアとサルトの結びつきが強くなると困るんだ。あそこには翼馬軍がいる。翼馬には俺の『支配』が効かないから」

 宗教国であるサルトは、僧兵たちの軍を持っている。彼らは翼ある馬に乗って戦う。

 その軍がもしトルリアに味方し、マルディガルに攻め込んでくれば、ランダの能力では追い払えないということになる。


「待って!」

 思わず手を上げ、エリュアは遮った。

 ランダはマルディガルの弱点を、トルリアの王妃に自ら白状しているのだ。

「そんな重大な秘密、私にバラしたらダメでしょう!」

 しかし、ランダは「はは」と笑う。

「あなたは俺を尊重し、トルリアの代表として謝罪してくれた。自分の弱みもさらけ出してくれた。そんなあなたが、俺の不利になることをするはずがない」

「それは……もちろん、そうですけれど」


 ランダの誠実さが、まっすぐにエリュアを射抜く。

 もちろんそれはエリュアの方が、成り行きとはいえ心を開き、何もかもぶちまけたからでもあった。

 二人の心は今、通じ合っている。


 エリュアは、ひとり言のようにつぶやいた。

「……ずうっと、誰かと腹を割った話し合いをしてこなかったこと。今、思い知ったわ。それが日常で、慣れきっていて」

 しかし気づいてしまえば、エリュアは自分を客観的に見つめ直すことができる。

(話そう。ランダ殿の思惑通りにならず、私が来てしまったけれど、大丈夫だと)

 視線を上げると、ランダはエリュアが話そうとするのを察し、待っているようだ。

(サルトは自らを神の国と称する、トルリアに負けず劣らずプライドの高い国。つまり)

 今度は意識して心を開き、打ち明ける。

「サルトのことなら、心配ないと思います」

「え?」

「実はウリーダ姫は、その……今回あなたが提示なさった生贄の条件に合わない、とてもインラ……奔放な子でして。そんな子を、『神の国』サルトが受け入れるとは思えません」

「……………………なる、ほど?」

 察するランダ、そして、彼が察したことを察するエリュアである。

「『生贄会議』は大騒ぎでしたので、きっとどこからかこの話は漏れ、サルトにも伝わるでしょう。ああ、ご心配でしたら、この情報を密かにサルト側に流しておけば、サルトは向こうから婚約破棄するはず。少なくともしばらくは、組むことなどないでしょう」


 そもそも「ウリーダではなく既婚者のエリュアがマルディガルの『生贄』になったらしい」とだけでも知れ渡れば、なぜウリーダではなかったのか……というところから憶測が飛ぶ。

 何もしなくとも、諸外国は同じ結論にたどり着くかもしれない。


「わかった。こちらこそ、重要な情報を感謝する」

 ランダは礼を言ったが、すぐに苦虫を噛み潰したような表情になった。

「生贄会議でのやりとりが、目に浮かぶようだ」

「お恥ずかしい限りです」

 二人は同時に、深くため息をついた。

 そして視線を合わせ、おかしくなって、先ほどよりも明るい笑みを交わす。


 ランダは、そんなエリュアの笑みを見つめ、ポーッとしてしまった。

(もし笑みに手触りがあったら、この人の笑みは本当に……綿のように柔らかいだろうなぁ)

「どうかなさいましたか?」

 首を傾げられ、とっさに答えた。

「あ! いやその……エリュア殿は化粧する必要がないのでは?」

 素顔で十分美しい、と言いたかったランダである。

 しかし、

「ああ、こちらの女性はそうでしたね」

 エリュアにはイマイチ伝わっていない。

 マルディガルの女性は、特別な時にちょっとした化粧をする程度だ。しかしトルリアの女性は普段から化粧をするし、しないのは失礼にあたる。文化の違いで、二人の会話は少々行き違ったのだった。


 彼女は少し考えて、再び微笑む。

「どうかエリュアとお呼び下さい。ふふ、ウリーダが自滅して、生贄は必要なくなったということですね」

「そうだ、うん」

 だんだん照れ臭くなってきたランダは、天幕の外に視線をやった。

 いつの間にか、外の林は柔らかな夕陽に染められていた。ランダが自ら、天幕の中のランタンを灯す。


 一方、エリュアはまた、考えていた。

(生贄が要らなくなった、ということは……これから、どうしよう)

 ランタンの明かりが揺れる。

(要らない生贄なら、ここにいてはご迷惑だし。たぶん、返却されるのが筋よね)

 正直な気持ちとしては、今、トルリアには戻りたくない。けれど着の身着のままで出てきてしまったので、このままでは生きていけない。


 居住まいを正し、口を開く。

「ランダ様。図々しいお願いですが、国境まで送っていただくことは可能でしょうか」

「国境?」

「はい。一人で帰ろうと思えば、この耳飾りでも売ってお金を作れば帰れるのでしょうが……私の身分がバレて騒ぎになると、かえってご迷惑になりますし。国境まで行けば、あとはトルリアから迎えを」

「いやいや、待ってくれ。それなら!」

 ランダは片手を上げた。心なしか、顔を上気させている。

「しばらく、この公邸で暮らしては、どうだろうかっ⁉」


「暮らす……というと?」

 単に確認で、エリュアは聞いた。

 執政公邸なら客室くらいはあるだろうから、滞在させてもらえるのはありがたい。

 王族である彼女は、変に遠慮して我を通すよりも、もてなしを感謝して相手の言う通りにする方がいいと知っている。

(でも、『泊まる』ではなく『暮らす』? どのくらいの長さを想定してらっしゃるのかしら)


 一方、ランダはハッとした。

 ここは、トルリア王城などよりもずっと小さな公邸だ。独身男である彼の家に女性を囲うような言い方だったかと、焦ったのだ。

「狭いところだが不自由はさせないようにする! ここには情報が集まるので! 少し、トルリアの出方を見てもいいのではないかと思い!」

「出方……ニキウスの……」

「早く帰りたい、というわけでは、ないのだろう⁉」

「…………」

 エリュアはうつむいた。

 帰ればまた、針のむしろの生活が待っているだろう。

「……あそこにいると……どんどん、醜くなるのです」

 膝の上で、両手を握りしめる。

「夫がぶつけてくる言葉に、言い返さずにはいられない。そうすると、頭の中が怒りで真っ赤に満ちて、言葉が汚くなって。自分まで醜くなって」

「エリュア!」

 握っていた拳が、ふわりと温かくなった。

 はっと顔を上げれば、ランダの大きな右手が、エリュアの両手をすっぽり包んでいる。

「あなたは醜くなどない」

 真摯な瞳が、彼女を綺麗に映していた。

「まずはここで、心の傷を癒すことだ」

「……ランダ、様」

「ランダでいい。そうしてしばらく経って、帰りたいと思ったら帰ればよい」

 犬歯をのぞかせて、大きな口でランダは笑った。


 目元が熱くなるのを感じながら、エリュアは思わず尋ねる。

「どうして、そんなに優しくして下さるの?」

「えっ」

 突然、彼はしどろもどろになった。

「どーしてって……だからさっきも言ったが、あなたは美しくて素晴らしい人で、あの時、俺に敬意を払ってくれて」

(ああ)

 エリュアは納得する。

(私と同じように、尊厳を傷つけられてきたんだものね。きっと、仲間のように思って下さってるんだわ)


 その時、ぐぅ、と、お腹が鳴った。


 エリュアはまたもや、赤面する。

「私ったら……まだ恥をかきたりないみたい……ごめんなさい……」

「こっちこそ悪かった! 腹が減ったに決まっているな! すぐに食事を用意させる!」

 ランダはパッと手を離し、天幕から顔を出して使用人を呼んだ。

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