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2 会議室のセキララ暴露

 時間は、その日の朝にさかのぼる。


 森を背景にそそり立つ、白い壮麗な石の城――トルリア王国の王城では、特殊な会議が開かれていた。

 生贄を決める会議、などと、王国の長い歴史でも初めてのことだった。


「『トルリア王国で最も高貴なる処女を生贄に捧げよ』……これが、獣公ランダの要求でございます」

 額の汗を拭きながら、外務大臣が報告する。

 会議室の長いテーブルに居並ぶ貴族たちは、ざわざわと顔を見合わせた。

「生贄、だと? 食うつもりか?」

「いくら獣人とはいえ、言うに事欠いて」

「これは停戦交渉ではなかったか?」

(本当に、どういう意味なの? この要求は)

 部屋の奥、一段高い場所にある椅子に座ったエリュアも、横にいる夫──ニキウスの顔を窺った。

 彼は不機嫌そうに、椅子の手すりに肘をついている。


 トルリア王国と、国境を接する都市国家マルディガルは、一年前から戦争をしている。

 きっかけを作ったのはトルリア王国側だ。


 最近、マルディガルはランダという人物が実権を握り、執政となった。その彼が「獣人」だというので、ニキウスは(あなど)ったのだ。

「獣人? 要は、人間の姿のくせに獣並の理性や知能しかない半端者だろう。そんな執政に(まつりごと)などできまい、代わりに古から続くトルリアが面倒を見てやろうというのだ」


 彼は一方的に関税を上げるなど、高圧的に出て支配しようとした。

 が、ランダ公は従わなかった。

 そこでニキウスは、

「国境沿いの町を一つ奪ってやれば思い知るだろう」

 などと言って、国境騎士団を送り攻撃をしかけた。


 ところが、思い知らされたのは王国側だった。

 ランダは、動物を自分に従わせる能力を持っていたのだ。

 騎士団の馬などはてきめんだった。ランダに従い、トルリア兵を振り落として、すべての馬が都市国家側に走り去ってしまった。


 何とかしようとやっきになったニキウスは、表向き停戦を申し出ておいて、密かに暗殺者を送り込んだ。

 ランダ公さえ亡き者にすれば、馬が操られることはない。


 しかし、停戦交渉の場に、ランダ公は無事な姿を見せた。暗殺は失敗したのだ。

 ということはおそらく、暗殺計画もバレている。

 冷や汗をかくトルリア側に、ランダ公は堂々と宣言した。

『これはマルディガルの望んだ戦いではない。浅い傷なら、そこに傷があったとわからぬように治るだろう。全てを元通りに。勢力範囲だの関税だの、交渉の必要すらない』

 大きな被害が出る前に戦争を終わらせれば、なかったことにする──以前のままに。

 寛容すぎる申し出に、トルリア側は一瞬、気を緩めた。

 そこに、ランダ公は付け加えた。牙をむきだし、恐ろしい形相だったという。

『ただし、暗殺などという卑劣な行為は許し難い。この件だけは詫びてもらうぞ。トルリア王国で最も高貴なる処女を、我が生贄に捧げよ!』


(今度こそ、怒ったのよ。そりゃそうよ)

 頭痛がして、エリュアはこめかみを押さえる。


 元々、トルリアの王侯貴族、特にニキウス王は、王国の古い歴史を背景に慢心しているところがあった。高貴な血筋なのだからと図に乗って、他を見下す。エリュアが(いさ)めても耳を貸さない。

 この戦争はこちらが仕掛けた侵略なのに、「新興国の分際で言うことを聞かないのが悪い」などという他責思考、歪んだ認識を持っている。

(今まで何度も言ったのに。他国を見下すのはやめるべきだって)


 ハラハラするエリュアをよそに、貴族たちには緊張感がない。

「そのままの意味ではありますまい。いくらなんでも、処女の生贄などと」

「というと?」

「交渉役を若い女性にせよ、という程度の意味では?」

「おやおや」

 何人かが下卑(げび)た笑みを浮かべる。

 それを聞いて、外務大臣は提案した。

「では次の交渉は、王国全権代表としてウリーダ様を立ててはどうでしょうか」

 ニキウスの隣、エリュアとは反対側で、ピクッとウリーダが指先を動かした。


 ウリーダはニキウスの妹、十七歳で未婚の王女である。成年王族のため、この会議にも参加していた。

 金髪の巻き毛をいじりながら興味なさそうにしていたが、さすがに自分の名前が不穏な成り行きで出たため、反応したのだろう。

「私が……?」

「ご安心ください、実際の交渉は私が副代表として行います」

 外務大臣が軽く両手を広げる。

「屈強な騎士たちもつけてお守りしますし、そもそも交渉場所は中立地帯です」

「待ってよ。もし、本当の生贄って意味だったらどうするの?」

「はは、あの甘っちょろいランダ公のことだ、その時は『わかりにくくて誤解しました、再検討します』といって戻ってくればいいことです」


「待ちなさい!」

 エリュアは思わず声を上げた。

「ランダ公はマルディガルを治めるお方、トルリアの侵略に抗うのは当然のこと。逆襲の手段さえお持ちなのに、寛容なお心で今までは許してくださっていたのよ。それを甘っちょろいなどと」

「お前は口を挟むな」

 面倒くさそうにニキウスが彼女を睨む。彼は婚約時代から、二つ年上で口うるさいエリュアを疎んでいるのだ。

 けれど、さすがに黙ってはいられない。

「いいえ。戦争を終わらせるためにも、マルディガルを尊重するよう認識を改めるべきです。今度こそ誠意ある対応を」


 その時。


 会議室の扉がノックされ、一人の騎士が駆け込んできた。

「失礼します。マルディガルから使者が参りました!」

「使者? ははっ、バカバカしい要求をしたと後悔して、訂正の申し入れか?」

 笑いながら、ニキウスがマントをさばいて立ち上がる。

「謁見の間に通せ」

「それが……」

 騎士はためらい、しかし続けた。

「使者は、人間ではありません。一角獣です」

「何だと?」


 一角獣といえば、清らかな女性にしか身体に触れさせない、神話の時代から存在するという生き物だ。


「一角獣すら、獣公の言うことを聞くのか?」

 会議室の空気が、戸惑うものに変わった。

 普段、人の姿をしているランダが見下され、獣の姿をしている一角獣が神聖なものだと思われるのも、皮肉な話である。

「マルディガルの一角獣は、どんな様子なのだ」

「王宮前広場におり、王宮の中にまでは入ってくる様子はありません。金の鞍をつけていますが、誰も乗っておりませんでした。ただ、その……何かを待っているようです」


 誰かが、ぼそっと言った。

「迎えだ。処女の生贄を迎えにきたのだ」


 皆の視線が、ウリーダに集まった。


「いやよ!」

 ウリーダが叫んだ。

 えっ、と皆が驚く中、彼女はガタッと立ち上がる。

「生贄なんて、冗談じゃないわっ。だいたい『この国で最も高貴な処女』なら、私ではなくってよ!」

 皆が「は?」という顔をする中、エリュアとニキウスだけがギョッとした。

 ニキウスが腰を浮かせる。

「ウリーダ、ちょ待……」

 しかし時すでに遅く、ウリーダはエリュアに向かって指を突きつけていた。

「お義姉様は、いまだに清らかな身なんですってね? 王妃はこの国で最も高貴な女性ですもの、獣公の条件に合うのはお義姉様だわ!」


(言ったわね、この……!)


 一瞬だけ、言い訳をしようという考えが、エリュアの頭をかすめた。

 しかし。

 なけなしのプライドを繋ぎ止めていたものが、ぷつん! と勢いよく切れた。


 サッ、とエリュアは立ち上がり、一気に言った。


「確かにそうね、年上の妃として嫁ぎましたがニキウス様は私を口うるさいババア扱いで放置して何人もの愛妾に溺れておいでですからおかげさまで一点の曇りもない処女ですとも!」

次回、キャットファイト!

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