14 宣言
15話と同時投稿で完結です。
エリュアの父は、トルリア王宮に呼び出されていた。
扉が解放された謁見の間の、一段高い椅子に、ニキウスとウリーダが腰を下ろしている。エリュアの父は、国王と王妹に見下ろされて立っていた。
部屋のすぐ外、廊下には、ザクロが控えている。今日のやりとりを見届けるためだ。気配を消しているため、誰も気にしていないが。
エリュアの父の前に、横から内務大臣が進み出た。書類を突きつける。
「その方の娘エリュアは、トルリア王家を侮辱し、国に不利益をもたらした。家もその責任を免れない。よって、国王の名において爵位を剥奪──」
「お言葉ですが」
威厳に満ちた声を張り、エリュアの父は読み上げを遮った。
「我が娘エリュアは、トルリアに尽くしてきました。我が家もです。トルリアに不利益をもたらしたことなどございませんし、これからもございません」
「この期に及んで、言い訳か? 娘が娘なら父も父だな、見苦しい」
ニキウスは嘲り笑う。
「エリュアは王妃ではない。あいつは勝手に平和の使者とうそぶいて、ただ獣公と遊んでいるだけの尻軽だ。もっと早く気づけば良かった、エリュアが王妃面していることこそ元凶だったんだと」
隣の椅子でウリーダが妖艶に微笑んだ。
「結局、エリュアは『トルリアで最も高貴な』処女の生贄ではなかったんだから、獣公は騙されただけの間抜けね」
「その通りだ。あぁ、久々に心が軽い」
ニキウスは肘掛けにもたれ、目を細める。
「エリュアの父親として、何か言うことはあるか?」
「ございます」
エリュアの父は、まるで大臣に対抗するように、懐から書類を取り出した。
壇上に向けて広げてみせる。
「マルディガルの、鉱石の件ですが」
「何だ、突然」
「実は、トルリア王国ではなく我が家の名において、取り引きの権利を得ました」
この書類は、エリュアに託されてザクロが持ってきたものだ。
「何っ!?」
ニキウスは思わず、声を上げて反応する。
彼が欲しがっており、侵略して奪おうとした土地の、貴重な鉱石──宝石。それを、なぜかエリュアの実家だけが買い付けできるという。
すぐにニキウスは、ふん、と鼻で笑った。
「その宝石、私に売りつけようというのではないだろうな? マルディガルなど、次は獣公がいない時を狙って攻め込んでやる。鉱山の占領くらい造作もないだろう。わざわざお前を通しての取引などするものか。で? 宝石と尻軽女に何の関係が?」
そこへ、開けたままだった扉から騎士が飛び込んできた。
「陛下!」
「何だ、騒がしい」
苛立たしげなニキウスだったが、騎士は急いで続ける。
「都市国家マルディガルが、各国に向けて発表しました。西側の町と山地、一角獣の聖地と呼ばれる場所を、分離独立させると」
「独立……?」
「聖地を治めるのは、エリュア様です。エリュア女王が誕生なさいます!」
ニキウスとウリーダは、ぽかん、と口を開けた。
「……じょ!? じょ、女王っ!?」
「あの女がっ!?」
──国が国として世界に認められるためには、いくつかの条件があると言われている。
まず、明確な領域があること。
山地(聖地)は元々マルディガルの一部である。執政ランダと一角獣の長は協議の上、そこにきっちり国境を引いて分離独立させた上で、エリュア女王を立てた。
次に、永続的に暮らす住民がいること。
マルディガルでは獣人も民であり、山地では昔から獣人(一角獣)たちが暮らしている。ついでに言うなら、古来から独立性の高い土地だ。
また、政府があること。
エリュア女王一人では成り立たないが、獣人たちもいるしザクロもいる。
そして、他国と関係を取り結ぶ能力があること。
エリュア女王は各国の要人たちと以前から親交があり、聖地を荒らさない範囲で鉱石の交易も行うと明言した。
それらの情報を、マルディガルは文書にまとめて各国に届けたのだ。
マルディガルの会議で分離独立宣言が採択され、続いて今ここにある鉱石取引の文書──ザクロがエリュアの父に届けにきた──も、エリュア女王の名で効力を発揮したことになる。
エリュアの父は、書類を巻き直しながら微笑んだ。
「つまり今後、陛下が、エリュア女王から鉱石を入手なさりたい時は、我が家を通していただくことになります」
ニキウスは落ち着きなく視線を動かす。
「なっ……ふん! 別にそこまで欲しい鉱石でもなかったわ。欲しがると思ったら大間違いだ!」
エリュアを捨てた時のように、『最初からいらなかった』という体で自らの矜持を守ろうとするのは、ニキウスの常套手段だ。
そこへ、さらりと、エリュアの父は付け加えた。
「ああ、そうそう。実は鉱石には、こんな特徴がございまして……」
説明を聞いたニキウスとウリーダの顔色は、徐々に悪くなっていく。
エリュアの父は微笑んだ。
「我が家は不利益などもたらさない、と、申し上げたでしょう?」
ぽわっ、と、優しい光が、天幕の中に広がった。
エリュアとランダは、一つのクッションに肩を寄せ合って座っていた。ガラスの皿に鉱石が載せられ、二人を優しく照らしている。
「ランダ。お父様から手紙が届いたわ」
エリュアは嬉しそうだ。
「ずっと辛い目に遭わせて済まなかった、とおっしゃってた。爵位は、剥奪されずに済んだそうよ。他の貴族たちの目も変わったって」
「それはよかった。……マルディガルは当初、自国の利益のため、石がもたらす成果を独り占めするつもりだったんだ」
ランダは少し後ろめたそうに、説明する。
「だが研究は遅々として進まず、この石だけではどうにもならないのではないかと意見が出始めていたところでもあった」
ならば秘密を公開し、マルディガルの主導で、各国の知恵を求めた方がいい。
そこで、石を消費するのではなく研究用になら、売ろうということになった。乱獲を防ぎ、成果を皆で分かち合うために。
一角獣たちも、侵略への対策として、それに賛成した。
「以前、侵略された時は、俺が獣を操って守った。しかし、俺がいなかったらどうなっていたかと考えると……」
いずれはランダも老いるし、獣を操るランダ一人の能力に国が依存することにも、そもそも問題はあったのだ。
世界的に重要な土地になれば、トルリアがもしまた侵略しようとしても、各国が許さないだろう。
エリュアは石を見つめ、そしてランダを見上げて微笑む。
「石の分析が進んで、いつか人の力でこの光が作れるようになったら……革命が起きるわね。薪や石炭を大量に消費せずに、明かりを作れるんだもの。他国が先に成果を出したら、トルリアはそれを買わなくてはいけなくなる」
つまりトルリアは、エリュアの父を通して取引を開始しなければ、世界に乗り遅れてしまう。
エリュアは女王になることで、自身の立場と、実家と、一角獣たちを守ったのだ。
女王になったというよりも、起業した、という方が近いかもしれないが。
「各国の要人たちは、王妃時代からのエリュアをよく知っていて、信用している。一角獣たちもあなただからこそ、信用した」
ランダの言葉に、エリュアはくすっと笑う。
「洞窟を這ったことが、こんなに大ごとになるなんて」
「誠実な人物は、取引相手として相応しい。あなたはニキウス王の妻でいるより、女王になる方がずっと能力を発揮できる」
「光栄だわ。女王として、あの場所を守れるように頑張る」
そしてエリュアは、柔らかく首を傾げた。
「私、独り身になったわ。今なら……あなたの隣にも、相応しい?」




