1 生贄は一角獣に乗って
図体のデカい獣人が、優しいお妃様にはわわ~となるの、かわいいね
数日は連続更新します!
『獣公』ランダは天幕の中で、生贄の到着を待っていた。
彼は隣国に対し、
『最も高貴なる処女を生贄に捧げよ』
と要求したのだ。
しかし今、彼は後悔している。
真顔でわかりにくいが、内心、ちょっとだけ。
(やりすぎたー……)
すでに天幕の外、木々の合間を縫って生贄は運ばれ、彼の元に到着しようとしていた。
きっと女性は、恐怖に震えていることだろう。
やがて、声がした。
「……ランダ様。生贄として参りました」
(えっ⁉)
その声に、聞き覚えがあった。
◇ ◇ ◇
ランダは、獣人である。
獣を守護する神が、人と獣との橋渡しのために地上に遣わすとされている獣人は、とても珍しい存在だ。人の姿で生まれるが、成長すると鋼色の狼に変身でき、徐々に二足歩行と四足歩行の両方ができるようになっていく。
まあ幼い頃から、鋼色の豊かな髪を持っていたし犬歯も鋭かったので、狼っぽさしかなかったのだが。
彼が初めて変身した時、周囲の人々は「やっぱりね」的な反応だった。今から思うと、もうちょっと驚いてほしかった。
そんな彼が、都市国家マルディガルの執政になった。
ゴツい見た目に似合わず物静かで、しかも賢いランダは、リーダーに向いていた。彼が幼い頃から「この子は獣人」と見抜いていた両親の手柄だろう。「身体能力は神からの授かりもの、世のため人のために使え」「他国人から獣風情と侮られないよう、教養を身につけよ」と育てたのだ。
ランダはコミュニティで自然とまとめ役になり、どんどん人望を集め、やがてマルディガルのトップに押し上げられた。
しかし案の定、獣人が執政であることを侮る者もいた。
特に隣国、トルリア王国のニキウス王は、あからさまに態度に出した。
千年続く王国のニキウス王は、古い歴史を背景に『自分は高貴な血筋なのだ』と他を見下していた。マルディガルの実権をランダが握ると、「獣人に政などできるはずがない。トルリアに従え」と、様々な圧力をかけてきたのだ。
最初は経済的な圧力だったのが、マルディガルが応じないとみるとあの手この手、ついには国境を侵すようになった。
他にもチクチクチクチク、こう、陰険に。
思えば、執政になった時にランダからトルリアに挨拶に行ったのに、対応はひどいものだった。獣人の彼を、マルディガルの代表として丁重に待遇してくれたのは王妃のエリュアくらいで、ニキウス王など握手すら嫌がっているのが丸わかりだった。
その頃からの鬱憤が知らず知らずのうちに、ランダの中に貯まっていたのだろう。
ついうっかり、ちょっとだけ、キレてしまった。
ずっと隠していたのだが、獣人の彼は一部の動物を操る能力を持っている。生きとし生けるものの意志をねじ曲げてはならない、と考えてめったに使わないその力が、鬱憤晴らしに発揮された。
ランダは、トルリアの国境騎士団の馬を操り、ごっそり奪ったのだ。
馬から一斉に振り落とされ、呆然とする騎士たちに、彼は通告した。
『これまでのことを詫びてもらう。トルリア王国で最も高貴なる処女を、我が生贄に捧げよ!』
馬もない歩兵だけでは、トルリアは対マルディガルはおろか、他の国からも自国を守れない。
兵たちは這々の体で逃げ帰り、彼の要求を王に伝えた。
(いくら何でも『生贄』はヒドイ。『人質』とか『捕虜』とか、もうちょっと言いようがあったのに)
『生贄』を待ちながら、ランダはため息をつく。
獣、獣とバカにされてカッとなり、「ご想像通りの野獣らしく振る舞ってやろうじゃないか」と『処女の生贄』などというおどろおどろしい言葉を使ってしまった。
実は、ただの処女ではなく『高貴な処女』と指定したこと自体には訳があり、裏ではきっちり冷静な算段をしていたのだが、それにしても。
とにかく、言ってしまったものは仕方ない。
ランダは『生贄』の迎えとして、一角獣をトルリアに遣わした。
この一角獣も、実はランダと同じ獣人である。馬の姿が主なだけで人の言葉を話すし、清らかな女性神官(人間)にしか触れさせない。
ランダと仲のいい彼は快く、『生贄』を連れてくる役目を引き受けてくれた。
一角獣がその背に乗せる女性なら、処女である証明になる。ごまかしはきかない。
(一番高貴な処女といったら国王の妹姫あたりだろうが、まあ来ないよな普通。しかし、我がマルディガルのためにもケジメは必要だ。何か代わりの要求を考えておくか……)
ランダが日和っていたその時、伝令が来た。
一角獣が、女性を乗せて到着したと。
(来た⁉ しかも、もう⁉)
彼は、もっとトルリア側がぐだぐだゴネると思っていたのだ。
心の準備をする間もなく──
開いたままだった天幕の入り口の外、木々を縫って一角獣が近づいてくるのが見えた。
木漏れ日に、白いシュミーズドレスが光る。誰かが乗っているが、入り口の布がドレープを作っていて、顔は見えない。
一角獣が足を止めた。
ドレスの人物がするりと降りる。一瞬見えた細い足首が、再びドレスの裾に隠れ、こちらに向き直ってまっすぐに立つ。
「……ランダ様。生贄として参りました」
(えっ⁉)
その声に、聞き覚えがあった。
女性がゆっくりと両膝をつき、手を組んだ。
顔が、視界に入る。
ランダは、がばっと立ち上がると、布をはねのけて天幕から飛び出した。
「エエエエエ、エリュア王妃っ⁉」
そこにいたのは、トルリアに行った時に唯一、彼を国の代表として扱ってくれた人。
朝焼けの薄紅色に染まる大地のような、優しい色の髪に、ベリーの瑞々しい紫を思わせる瞳の女性。確かまだ二十歳半ばの年頃だったはず。
ニキウス王の妃、エリュアだったのだ。
ランダは棒立ちになって、激しくうろたえた。
「な、ななな、何であなたがここに? 俺が……私が要求したのは」
「『処女の生贄』ですね」
強ばった表情で、エリュアは答える。
「『トルリア王国で最も高貴なる処女を生贄に捧げよ』……あなたの仰せに従い、参りました。それは、王妃の私、エリュアです」
「バカな! あなたはニキウス王の妻で……いや、つまり……」
ランダは青灰色の瞳で、まじまじと彼女を見た。
一角獣に乗ってきたのだ。
間違いない。
「つまり」
「そういうことです。夫とは、政略結婚で。嫌われておりましたので」
恥ずかしさ、悔しさ、そして怒りが、エリュアの目を熱く潤ませ、顔を紅潮させている。
彼女にそんな顔をさせているのが自分だと気づいたランダは、あまりの罪深さにその場で地面を転げ回って岩に頭を打ちつけたかったが、身体が動かない。
薄いドレスしかまとっていないエリュアは、組んだ両手に顔を伏せる。
「生贄というのがどんな意味かは存じませんが、この身を捧げます。煮るなり焼くなり、お好きになさって下さい。そして……無礼を働いたトルリアを、どうかお許し下さいませ!」
華奢な肩が、震えている。
「まっ、やっ、やめてくれ!」
ようやく金縛りが解け、駆け寄ったランダは、彼女のそばに片膝をついた。
(よりによってこの人を絶望させているなんて、俺が耐えられない!)
顔を上げさせたくて、細い手を自分の大きな手でそっと包む。伏せられた長いまつげまで、はっきりと見える距離だ。
エリュアは顔を上げない。耳が赤い。絞り出すような声が漏れる。
「み、見ないで下さい」
「わわわわかった、でも、とにかく天幕の中へ」
一国の王妃に膝をつかせたままにしておけるわけもなく、ランダはおっかなびっくり、彼女の肘のあたりを支えて立ち上がらせた。
「……もし、私を食べるのでしたら、どうぞ野外で。余計な場所を汚したくはありません」
静かに申し出るエリュアに、ランダはとっさに答える。
「俺があなたを傷つけるはずがないだろう!」
「……!」
思わずといった様子で、エリュアはランダを見上げた。
嘘ではないと示すため、ランダはその美しい顔から目を逸らさずに、じっと見つめ返した。
すると。
「……ふ……ふぇ……!」
不意にエリュアは顔をくしゃくしゃにして、涙を溢れさせた。両手に顔を埋める。
「ああああ、済まない、恐ろしい思いをさせて……俺が生贄なんて言葉を使ったから」
オロオロするランダに、エリュアはどういう意味なのか、首を横に振りながら泣き続ける。
一角獣は何やら「ヒヒ!」という妙な笑い声(?)をたてて、どこかへ駆け去っていった。




