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薬と私

作者: 嶽 輝玄
掲載日:2025/10/20

何事もチャレンジと思い手を出してみました。が、あまりにも経験がないと自身の作品について自己評価も行えず困ったものですね。

  八月、夏の暑さは今年一番を記録していた。私は汗を全身から涙の様に流しながら通勤する人々の一部に飲み込まれ、存在を失いながら電車に押し込まれた。

 目的の駅に到着し、ようやく私は「私」を取り戻した。私の用事が仕事でないことに嬉しさと優越感を感じながら改札を抜ける。駅を出て道なりに歩いて右、右、左...そうやって路地をくねりとしてしばらくして階段を見つける。そこを降りれば目的地である。

 洋風、木製の一枚扉。白いペンキは半分程が剥がれており、建前だけの綺麗さがマナーとなった現代の感覚を持つ私に存在しないノスタルジーを感じさせる。手前にぶら下がっている電球はややくたびれ、扉の周りの植物を一層暗いものに感じさせている。

 ドアノブに手をかけ、時計回りに捻り、ギィと手前に引く。同時に店内の赤と黒が私の瞳を蹂躙する。この色に視界が侵される感覚が、私はとにかく好きだった。赤と黒に浸った目が次第に現実を手に入れ、ようやく私の両足は動き出した。

 カツカツ、カツカツ...規則正しく、やや急いだような足音が足元から聞こえてくる。

 しばらくの足音の後、店の奥の棚の前で体が止まった。木製の棚の形は本棚のようで腰のやや上のあたりから上に三つの段を持っている。目線を上下左右に泳がせ目的のものを見つける。それは黄色く丸い袋、黄色い薬の袋だった。

 袋に手を伸ばす。今週17度目である。今日は木曜日だった。

 「ねぇ、君。」

 「そろそろソレ、やめといたほうがいいんじゃない?」

 不意に話しかけられ、思わず薬から手を引き声の方へ体を向けた。声の主は私よりもやや背の低い、黒髪の女であった。年齢は私と同じくらいだろうか、20代前半に見えた。

 「ねぇ、聞いてる?その薬、やめた方がいいんじゃない?って言ってるんだけど」

 「何故?」と、問い返した。それから、女を注意深くのぞき込む。やはり、私はこの女を知らない。ほぼ間違いなく、少なくとも私からは初対面だ。

 「もしかして自覚ない?目、すっごくくぼんでるし虚ろ、体の動きもバラバラで...自分で自分を制御できてないみたい。その薬、結構短い間にたくさん使ったんでしょ。典型的な症状、出てるよ。」

 どうやら四日で十七回は使いすぎ、という判定のようだ。こいつで十八回目と言ったらこいつはどんな顔をするんだろうか。そう考えると、とても口を開く気にはなれず私は黙ってしまった。

 気まずい時間が流れだす覚悟をしたが、杞憂に終わった。私の鈍い反応に対して意外なことに彼女はさっぱりと口を開いた。

 「自覚はあるんだね。辞めるの協力してあげようか?」

 「お世話好きなんだな、必要ない。他をあたってくれ。」はっきり言って薬を辞める気はなく、薬の接種の邪魔をされている現状に窮屈を感じていた私は少し強く当たってみた。

 「生憎、私が止めたいのは君だけなんだ」

 強く当たった甲斐も虚しく、どうやら彼女はどうしても私の薬の服用をやめさせたいようだった。私が苦い顔をしているのに気付いたのだろう。

 「その薬、なんでそんなに使いたいの?それ、別に麻薬みたいな快楽物質とかじゃないって聞くけど。」

 「知らない。薬を飲んだって特に何が起きるというわけじゃない。ただ、使うだけだ。」そう。残念ながら私は彼女の問いかけへの答えを持ち合わせていなかった。一週間で三十個近く使っているこの薬をいつから使っているのか、なぜ使うのか、全く記憶にないのだ。考えてみれば異常な事態であった。なぜ、こんなことにすら気づかないのか。

 「『知らない』ねぇ...なおさら、使うのやめた方がいいと思うんだけどなぁ。」

 「そんなに気になるなら、あんたもやってみればいいんじゃないか?今は席を外してるようだが店長さんは、この棚にあるものは店を訪れるたびに一つまでタダでいいと言っている。」

 「はは、遠慮しておくよ。私が使うわけにはいかないからね。」

 のらりくらりとした会話をしていると。段々と薬を飲むことを阻止されているような気がしてきた。いや、阻止されているのだ。そう感じ始めるともう私は私の理性をもって体を制御できなくなっていた。両足は骨にまとわりつく筋肉のすべてを使って足以外の全てをのせて動き出す。両腕は棚から素早く薬を掠め取り袋の端に手をかける。口は思い出したかのように女に告げた。

 「あぁ、急いでいたんだった。お暇させてもらうよ。」

 「・・・。・・・・。」

 女の返事はもう耳に入らない。バラバラに動き出した私はもはや止め方もわからない。そうしているうちに薬の袋が破られた。黄色い、黄色い袋の中からは紫色の丸いものが。飴玉のようだった。新鮮味があった。十八回目か、百回目か、はたまた初めてなのか。あらゆる情報が、記憶が溶けていく。視界は何色にも染まらない。何もかもが映るように何もかもを映さない。

 ふと、口の中に丸いものが入った。袋から出てきた飴玉のような薬。見た目から想像されたイメージに反し、口の中で一瞬にして粘性の液体に変わったそれは喉の奥へ奥へとドロリと垂れていく。次第に、世界は色を、輪郭を手に入れたようだった。背後にはペンキの剥がれた扉。体は制御を取り戻したようで、ただ私の意志を伺っていた。

 「やるね。また失敗しちゃった。これで八回目だ。私も精進しなきゃね。」

 女のつぶやきが聞こえ、私は周りを見渡したがその姿はもうどこにも無かった。

お読みいただきありがとうございました。

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