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第6話:教室ステージの奇跡

 文化祭前日。軽音部の教室は、机と椅子がすっかり片付けられ、即席のステージに変貌していた。黒い布を張り、ライト代わりの投光器を取り付け、コードが床を走る。


「よっしゃー! 配線オッケー!」颯太が両手を挙げる。


「雑音は拾わせない。リハ、本気でやるよ」律は冷静にドラムのスティックを回した。


「幕の後ろ、映像も流せるように準備してあるから!」岬はノートPCを抱えて笑った。


 夏希と千夏は、ギターを抱えながら立ち位置を確認した。左に千夏、右に夏希。二人の間にスポットライトが落ちる。


「……ねぇ、ほんとに私たちで大丈夫かな」千夏が不安げに呟く。


 夏希はにっと笑って答えた。「何言ってんの。千夏ちゃんがいるなら大丈夫」


(ナッキーって、こういう時は迷わないんだよね……)


 楽器隊が輪を作るように集まり、律が真面目な声を出した。

「俺たちは赤木と青柳のおかげで軽音部を続けられてる。人数が減って、廃部寸前だった」

 颯太も頷き、「だからさ、“赤と青”が人気出てるのは全力でバックアップする。俺たちも一緒に弾くぜ!」

「もちろん、私も!」岬が拳を握る。


 夏希と千夏は顔を見合わせ、同時に笑った。わだかまりなど、ここにはなかった。



 文化祭当日。廊下まで人が溢れ、教室前は人だかりができていた。友人、先生、地域の人たちまでが詰めかけている。


「うわ、こんなに……」夏希の声が震える。


「緊張するね」千夏も深呼吸した。

(でも、この緊張すらナッキーと一緒なら乗り越えられる……)


 幕が上がり、観客から一斉に歓声があがった。


「動画の子たちだ!」


「赤と青って呼ばれてる二人だろ?」


「ハロウィン版も見たぜ!」


 教室はざわめきと期待でいっぱいになった。


 夏希がマイクに息を吹きかける。「……聴いてください。私たちの最初の曲、『赤と青』!」

 最初の声は震えていた。千夏も指が強張り、弦を押さえる手が微かに揺れる。

(ダメだ、緊張で音が硬い……)


 だが、客席の前列に手を叩く生徒が現れ、やがて拍手がリズムとなって広がっていく。


「がんばれー!」


「二人ならできる!」


 笑顔と手拍子に背中を押され、二人の声がだんだんと重なり、伸びていく。

 赤い音と青い音が、教室という小さな箱を染めた。


(楽しい……やっぱり千夏ちゃんと弾くのは楽しい!)夏希の胸が熱を帯びる。


(ナッキーの声に合わせてると、私も自由になれる……)千夏の指が滑らかに動いた。


 曲が終わった瞬間、拍手と歓声が爆発した。

「赤と青、最高ー!」


「文化祭で立ち見のライブとか!」


「やっぱ二人並ぶと映えるなー」


 夏希と千夏は汗を光らせながら、同時に深く頭を下げた。



 ライブ後。ステージを降りた二人を、客席の後方で待っていた人たちがいた。

「夏希!」

「あ、父さん、母さん!」夏希が駆け寄る。


「千夏!」

「……お父さん、お母さん」千夏も姿勢を正す。


 赤木家と青柳家の両親が、初めて顔を合わせた。

「いつも娘がお世話になっています」


「こちらこそ。夏希さんのこと、うちの娘からよく聞いています」


「うちもですよ。剣道を諦めて落ち込んでたんですけど……千夏ちゃんのおかげで、前よりずっと元気に」


「バスケができなくなって落ち込んでいたのは千夏も同じでした。でも、音楽に打ち込む姿を見られて……嬉しいです」


 親同士の笑顔が交わり、その場の空気が温かく満ちた。夏希と千夏は顔を見合わせて、少し照れながらも頬を緩める。



 演者のカーテンコールで、教室ステージに再度上がった二人が、再びマイクを握った。

「今日をきっかけに、私たちは正式に——」

「“赤と青”として活動していきます!」

 拍手と歓声が再び巻き起こる。


 夏希は胸の奥でそっと呟いた。

(これからも、千夏ちゃんと一緒に)


 千夏も心で応える。

(もう離れられないね、ナッキー)


 文化祭の教室は、奇跡のような熱気に包まれていた。


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