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第5話:仮装の下に隠した素顔

 ハロウィン前で賑わう、週末の楽器店。

 夏希と千夏は並んで壁一面のギターを見上げていた。煌めくボディがライトを反射して、宝石のように輝いている。


「うわー、全部かっこいい!」

 夏希が目を輝かせる。


「でも……やっぱり、同じ型で揃えたいよね」

 千夏が指差したのは、シンプルだけど洗練されたストラトタイプ。色違いで赤と青が並んでいた。


「えっ、これ!?」夏希が身を乗り出す。


「赤と青じゃん!」


「うん。備品もありがたかったけど、これからは自分たちの音でやりたいから」

 千夏の静かな声に、夏希は胸が熱くなる。(そっか……千夏ちゃんも、ちゃんと覚悟してるんだ)


 二人は同時にギターを手に取り、試奏ブースに入った。コードを鳴らした瞬間、赤と青の音が重なり、店内に澄んだ響きが広がる。


「……やっぱり、これだ!」

 夏希が笑い、千夏も頷く。


 会計を済ませ、ケースを背負った二人は肩を並べて店を出た。

「次のハロウィンステージからは、この子たちだね」


「うん、“赤と青”の本当の始まり、かな」

 新品のギターは、まるでふたりの未来を照らすように輝いていた。



 十月の終わり、商店街は提灯とカボチャのランタンで彩られていた。子どもたちは思い思いの仮装をして駆け回り、屋台からは甘い焼き菓子の匂いが漂ってくる。


 軽音部の出番は、夕方のステージイベント。沙耶先生はいつもの調子で、腕を組んで笑った。

「せっかくだから仮装して出ましょう!」


「……えっ」夏希は目を丸くする。


「ギター買ったばかりで、衣装まで買えない……」千夏は困惑の笑みを浮かべた。


「大丈夫。私が用意しておきましたから! 新しいギターに絶対、似合うから」


(いや、先生……ノリが軽すぎるでしょ)と千夏は心の中で突っ込む。


 楽器隊の三人も、さっそく衣装を渡されていた。颯太はヴァンパイア、律は黒猫の耳カチューシャ、岬は魔女帽子。


「ほら夏希ちゃんには、巫女服!」


「え、ちょ、なんで!?」


「剣道やってたし、袴に慣れてるでしょ?」

(たしかにそうだけど!)夏希は赤い袴を手に呆然。


 一方千夏には、青を基調としたメイド服が渡された。

「……先生、なんでこれを」


「だって似合いそうでしょ? お淑やかで、清楚で」


「……っ」千夏は反論できず、顔を赤くした。


 着替えを終えて楽屋を出ると、すでに商店街の客や子どもたちがざわめいていた。

「うわ、巫女さんだ!」

「青いメイドさん、かわいいー!」


 夏希はぎこちなく手を振る。

「な、なんか恥ずかしいな……」


 千夏は視線を逸らしながら(ナッキー……普通に似合ってる。巫女服であんなに笑顔向けられたら……反則でしょ)と胸が騒ぐ。


 颯太がにやにや顔で寄ってきた。

「おーおー、二人とも完全に“赤と青”って感じじゃん!」


「やめてって!」夏希が真っ赤になる。


 律は冷静に腕を組む。「まあ、映えるのは事実だな」


 岬はスマホを握りしめて「このまま動画にすれば絶対伸びるって!」と興奮している。


 やがてステージの時間。提灯の光が二人を照らす。赤と青の衣装、赤と青の真新しいギター。観客がざわつき、カメラやスマホが一斉に向けられた。


 最初のコードを鳴らすと、ざわめきが一瞬静まる。夏希が笑顔で歌い出し、千夏がその声に合わせる。

(あ……やっぱり、ナッキーの声が好きだ)千夏は胸の奥で呟く。


夏希も(千夏ちゃん、青いメイドなんて反則だよね……集中できない)と焦りながら必死で指を動かす。


 観客の手拍子が加わり、曲は熱を帯びていった。

「赤と青——!」子どもたちが叫び、大人たちも手を振る。


 千夏は横目で夏希を見た。舞台のライトを浴びて笑う夏希の顔は、夏に二人で観たどんな花火よりも眩しい。


(ナッキー、ズルい……そんな笑顔、反則)


 演奏が終わると、商店街のステージは大きな拍手に包まれた。二人は肩で息をしながら視線を交わし、すぐに逸らす。


 後片付けの途中、夏希がぽつりとつぶやく。

「……仮装でも、楽しかったね」

「うん。……すごく」

 言葉にすると恥ずかしくなり、二人とも目を逸らした。



 その夜。部室に戻った岬が、早速パソコンを立ち上げた。

「はいはい! これは絶対アップしましょう!」


「え、あの仮装のまま!?」夏希は真っ青になる。


「当たり前じゃん! バズるに決まってる!」


 律が肩をすくめる。「まあ、宣伝にはなるな」


 颯太も「俺、タイトル考えた! “赤と青が赤い巫女と青いメイドでハロウィンライブしてみた!”」とニヤリ。


「やめてー!」夏希が抗議する間に、岬はもう動画をアップロードしていた。


(ついに顔出し……ま、仮装だからわからないか)


 数時間後。コメント欄は熱気を帯びていた。

<仮装でギター弾く女子高生、レベル高すぎ!>

<赤い巫女×青メイド=神と悪魔? 最高かよ>

<てか普通に歌うまいんだけど!?>

<この二人、前に“赤と青”って呼ばれてた子たち?>

<尊い。付き合ってるの?(笑)>


 再生数は瞬く間に二万を超えた。岬が大はしゃぎする。

「ほら見て! コメント伸びてる! これ、文化祭前に絶対人気出るって!」


「……本当に?」千夏はまだ信じられないように画面を覗き込む。


 夏希は照れ笑いを浮かべながら、ふと胸の奥で思った。

(尊い、か……なんか、いいな)


 千夏も同じ画面を見つめ、静かに心で呟く。

(きっと、私とナッキーのことだね)


 二人の顔が、夜のモニターの光に淡く照らされていた。

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