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第4話:コメント欄が名付けた私たち

 九月。夏の余韻が残る廊下を、二人の足音が並んで響いていた。


「……よし、行こうか」

 夏希が深呼吸すると、千夏は静かにうなずく。


 職員室前で二人が立ち止まると、扉が開き、沙耶先生が顔を出した。

「あら、赤木さんに青柳さん。どうしたの?」


「その……軽音部、正式に入部させてください!」

 夏希が勢いよく頭を下げると、千夏も慌てて続いた。


 沙耶はぱちぱちと瞬きをしてから、笑顔で手を打った。

「やっと言ってくれた! やっぱり2人がいないと盛り上がらないのよね、助かったわ」


「えっ、そんな状態だったんですか?」

 千夏が目を丸くする。


「そう。だから心強いわよ。これで文化祭、華やかになるわね。あ、そうそう。あの、ギターそのまま使って良いから! 備品扱いね」


 その言葉に、夏希と千夏は顔を見合わせ、少し照れながら笑った。


 放課後の部室。


 楽器隊の三人——颯太、律、岬も集まっていた。


「文化祭でやる曲、どうする?」律が腕を組む。

「ここはナッキーとチナの合作だろ!」颯太がすかさず茶々を入れる。


「え、ちょ、いきなり!?」夏希が慌てると、千夏は小さく笑った。

「でも……やってみたい。自分たちの色を、出してみたいな」

 ノートを開いた千夏が、メロディの断片を書きとめる。


「青い光とか、赤い想いとか……そんな言葉を並べてみたらどう?」

「いいね! それにコードをつけて——」

 夏希が赤いギターを手に取り、じゃらんと音を鳴らす。


 ぎこちなくても、二人の音は確かに重なった。

(あ、今の響き……悪くない)千夏は胸の奥が熱くなるのを感じた。

(千夏ちゃんの書いた言葉、歌にするとまっすぐ入ってくる)夏希は頬を赤らめながらも、指を止めなかった。


 曲名は自然に決まった。

「……『赤と青』、でどう?」


「うん。私たちらしい」



 週末。五人は電車で美凛浜へ向かった。

 ガラス張りのビルに入ると、スタジオの空気は汗と機材の匂いで満ちている。


「おおー、都会って感じ!」夏希がきょろきょろすると、颯太が笑った。

「お上りさんかよ」

「だってさぁ、初めてなんだもん」

 スタジオに入ると、防音の壁に音が反響する。


 律のドラムが鳴り、ベースとキーボードが続く。

 夏希と千夏のギターが重なると、部室では出せなかった迫力が生まれた。


「すごい……」夏希は思わず息を呑んだ。

(音って、こんなに身体に響くんだ……!)


 休憩中、律がさらりと言った。

「そういえば、この近くに“美凛浜BREEZE”ってライブハウスがあってさ。店長、兄貴の知り合いなんだ」


「え、ライブハウス!?」夏希の目が輝く。


 千夏も小さく息をのんだ。

「いつか、出てみたいね……」

 その「いつか」が、意外と早く訪れることを、このときはまだ知らなかった。



 練習を終えた帰り道。美凛浜BREEZEのマスター、藤堂玲央のもとへ挨拶しに向かう。

「ほう、これが律くんの言う、女子のツインギターか。こりゃ映えるね。文化祭前に一度、形に残してみたら?」と助言してくれた。


 律は、神妙な面持ちで、閃いた。

「動画、撮ってみるのもいいんじゃない?」


 その一言が、すべての始まりだった。


 翌日、夏希と千夏は放課後の教室に三脚を立て、スマホをセットする。

「な、なんか緊張するね」

「うん……カメラって、こんなに怖いんだ」


 二人は顔を見合わせて笑った。

「ねえ、顔ってどうする? 映すの?」


 夏希がカメラを覗き込みながら訊くと、千夏は少し考えて首を横に振った。

「……やめとこ。私たち、ただの高校生だし」


「でも顔が見えないと地味にならない?」


「大丈夫だよ。赤いギターと青いギター、並べばそれだけで絵になるよ」

 千夏の言葉に、夏希は目を丸くする。


 岬も眼鏡を押し上げて笑った。

「むしろその方が想像をかき立てるんだよ。“どこの制服? どんな子たち?”って、絶対話題になる!」


「なるほど……顔出しナシの方が、逆に気になるってことか」

 夏希はギターを握り直し、千夏と視線を合わせた。


「じゃ、下半分だけ映そう。うちらの正体は、ナイショのままで!」



【赤と青】作詞:青柳千夏 作曲:赤木夏希 編曲:赤と青


夏の光に 出会った瞬間

胸の奥まで 駆け抜けた風


一人きりでは 届かなかった

君が隣にいて 夢が生まれる


赤い想いと 青い願いが

Step by step, getting closer now


赤と青が 重なり合えば

未来の地図が ここに描ける

ひとりじゃ見えない 景色を抱いて

Singing together, forever harmony


言葉にすれば 消えそうだから

Turn it into sound, let it fly away


笑い合うたび 強くなれるよ

With your voice, I can move on today


Here with you!

Stay with me!

二人だから 響くメロディ


赤く染まった 夕暮れの中

青く広がる 明日の空へ


ありがとう なんて言えないけど

My heartbeat tells you everything

好きだよ ただそれだけで

赤と青が 永遠になる


Never apart, voice to voice

Even in dreams, we’ll make the choice


赤と青が ひとつになるとき

The world will shine so bright tonight

一緒に見たい 景色があるから

This song will draw our future light


赤と青… our harmony



 ぎこちないコード、震える声。けれど、途中から視線が合い、歌がひとつにまとまっていく。

 夕焼けに染まる窓辺で、『赤と青』は初めて形になった。


 数日後。投稿ボタンを押したその夜。

 スマホの画面にはコメントが流れ始めた。


〈赤と青のギターで制服って何者?〉


〈か、顔が見たい! 女子高生か?〉


〈ぎこちないけど、歌はイイね〉


〈バンド名、募集中だって〉


〈これは「赤と青」って曲名からコンビ名も「赤と青」で決まりでしょ!〉


「……見て、ナッキー!」千夏が声を上げる。

「ほんとだ、バンド名“赤と青”だって!」夏希は画面を覗き込み、思わず吹き出した。


(“赤と青”か……なんか、いいね)夏希の胸に、あたたかな響きが広がる。


(きっとこれは、私とナッキーのこと。私たちの名前だ)千夏の頬もほんのり赤く染まっていた。


 その夜、画面の向こうで誕生した「赤と青」という呼び名は、まだ小さな光にすぎなかった。

 けれどそれは、ふたりの未来を照らす最初のスポットライトになろうとしていた。

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