エピローグ:星を見上げて、空の向こうへ
秋の新学期が始まった。
教室では進路調査票が配られ、ざわめきが広がる。
——放課後の部室。
「うわー、進路調査とか、まだピンと来ないんだけど」
夏希はプリントを机に広げ、ため息をついた。
一方で千夏は真剣な顔でペンを走らせる。
「私は……とりあえず、書けることから書いておこうかな」
ふと夏希が千夏の手元を覗き込む。
「あっ」
そこには「美凛浜女子大学」の文字。
夏希は慌てて自分の用紙を裏返したが、千夏の目が鋭い。
「……ナッキーも同じとこ?」
「……まあ、なんとなく、ね」
二人は同時に顔を見合わせ、はにかみながら笑った。
(進路なんてまだぼんやりしてるけど……千夏ちゃんと一緒なら、それでいい)
※
しばらくして、颯太と律、岬、そして沙耶先生が部室に現れた。
「お、赤と青!」颯太が手を振る。
「大学でも弾き続けろよ! 俺たちもサポートするし!」
「結局お前ら中心だしな」律がぼそりと付け加える。
「ま、当たり前でしょ」岬は肩をすくめ、眼鏡の奥で微笑んだ。
沙耶先生は両手を腰に当て、胸を張った。
「ファン第一号は私だから! 大学でも“赤と青”を続けてね。アタシはそれを見届けたい」
二人は胸が熱くなった。仲間や大人たちに、こんなにも支えられてきたんだと気づかされる。
(私たちだけじゃなかった。みんながいて、赤と青があったんだ)
※
部室を後にした二人は、海へ続く坂道を並んで歩いた。
潮風が秋の香りを運び、ギターケースが背中で並んで揺れる。
夏希はふと、千夏の横顔を見つめる。
(未来なんてまだわかんないけど、千夏ちゃんと一緒なら大丈夫)
千夏もまた、夏希を横目で見ながら思う。
(“あなた次第”じゃない。これからは“わたし次第”で、隣に立つ)
坂の上で立ち止まり、夜空を仰ぐ。星がまたたき、二人の笑顔を照らしていた。
お互いの想いが重なる。
(赤と青がある限り、どこまでだって行ける)
(空の向こうへ——まだ見ぬ未来へ)
その声は重なり合い、夕暮れの海へと響いていった。
ギターケースが並んで揺れる。
夜空を仰いでしばらく黙っていた二人。
夏希が小さく笑い、千夏のほうを向いた。
「……これからも、一緒によろしく」
千夏も驚いたように目を瞬かせ、すぐに頬を赤らめてうなずく。
「うん。……ずっと、一緒に」
自然と、手と手が重なった。
夏希の指先に、千夏の温もりが触れる。
互いに驚き、けれどそのまま手を離さなかった。
ギターケースを背にした二人の影は、坂道を並んで遠ざかっていく。
赤と青のシルエットが、夜空と海の境界に溶けていった。
——高校生活は終わる。
けれど赤と青の青春と音楽は、まだ続いていく。
そう確信できる瞬間だった。




