第16話:観客と響き合うアンコール
轟く拍手と歓声が、真夏の青空に吸い込まれていった。
レッドサンライズステージからブルースカイステージへと駆け抜け、二人が全力で放った『アオノナツ』『アカノナツ』は、すでに観客の心をがっちりと掴んでいた。
控室から、肩で息をしながら夏希と千夏がステージ中央に戻って来た。背中には汗が張りつき、手のひらには弦の感触がまだ残っている。
「……アンコール、ありがとうございます!」
夏希がマイクを握り、満面の笑顔で叫ぶ。
照明が赤と青を交互に照らす。観客の手拍子がリズムになって重なり合い、まだ終わりたくないという気持ちを形にしていた。
「ここまで聴いてくれて、感謝します!」
千夏は胸の奥に熱いものを感じながら、マイクを握り直した。
(アンコールって……ただのわがままじゃないんだ。少しでも長く、大好きな音を聴いていたいから。もう一度、その瞬間を味わいたいから。だからみんな、こんなに必死で声を重ねるんだ)
横で夏希も、同じように歓声を見つめていた。
(わかる……わかるよ。その気持ち。私だって、もっと千夏ちゃんと音を合わせていたい。まだここで終わりたくない!)
二人は視線を交わし、無言で頷き合った。
(行こうか、千夏ちゃん)
(うん、最後に——やろう)
※
ギターを構えた瞬間、観客がどよめく。イントロのフレーズを夏希がかき鳴らしただけで、会場の熱気が一段と膨れ上がった。
——『赤と青』。
二人が出会い、始まりの一歩を刻んだ曲。
赤と青のスポットライトが二人を包み込み、歌声が夜空に届くように響いていく。マイクの前に立った夏希が、深く息を吸い込む。
千夏と視線を合わせるだけで、言葉はいらなかった。
(ここから始まったんだ)
(ナッキーと出会って、一年でここまで来たんだね)
二人同時に最初のコードをかき鳴らす。その瞬間、波打つ歓声が静まって、校庭で初めて歌ったあの日の空気が蘇る。
——春の病院の廊下。右足を引きずる自分と、左足を引きずる相手。
(あの時、声をかけなかったら……)
——剣道部を辞めて、心に穴が空いた日。
——バスケのコートを諦めて、未来が見えなかった日。
(でも、あの出会いがすべてを変えたんだ)
弦を弾くたびに、文化祭の教室がよみがえる。
ぎこちなくも必死に鳴らしたあの音が、今は観客の拍手に包まれている。
——仮装して笑い合ったハロウィン。
——雪の夜、寄り添ったクリスマス。
——ラジオで「十七歳の地図」を届けた大晦日。
そして、お互いに曲をぶつけ合った美凛浜BREEZE。
どの記憶も、この旋律と一緒に胸に刻まれていた。
(あの時、剣道を辞めて良かった。だって、千夏ちゃんに会えたから)
(あの怪我さえなかったら、ナッキーに出会えてなかった。今ならそう思える)
歌と声と拍手が渦を巻き、校庭よりも大きな世界に届けとばかりに響いていく。
最後のフレーズ。夏希と千夏は無意識のまま、ステージ中央で肩を寄せた。
(まだ、終わりたくない)
(もっと奏でたい。もっと聴いてほしい)
観客の「もう一曲!」という叫びが、ふたり自身の心の声とぴたり重なった。
観客はサビに入ると自然に歌い出し、大きな合唱が生まれた。
「赤と!」
「青が!」
「重なり合えば!」
大合唱が広がり、二人の声に重なる。ステージと観客が、ひとつの声になって揺れる。
※
ギターの弦を弾く指先が、汗で滑りそうになる。
けれど、夏希の胸はただ高鳴っていた。
(やっぱり千夏ちゃんとじゃなきゃ、この音は出せない! こんな景色は見られない!)
千夏も、震える声を必死に支えながら思った。
(ナッキーと重なると……どうしてこんなに、心が自由になるんだろう。赤と青でいる限り、私はどこまでも行ける!)
観客と二人の想いが響き合い、音楽そのものが巨大な波になって押し寄せる。
※
最後のフレーズを弾き切り、二人はギターを掲げた。
大歓声。鳴り止まない手拍子。
観客の「もっと!」という声と、二人の「もっと!」という気持ちが、完全に重なっていた。
千夏は胸に手を当てながら、静かに目を閉じる。
(少しでも長く、この声を聴いていたい。これが……アンコールの意味なんだね)
夏希は笑顔のまま、心の中で叫んでいた。
(私もだよ。千夏ちゃんと、もう少しだけ奏でたい! だから、まだ終われない!)
舞台中央で並んだ二人の姿が、巨大スクリーンに映し出される。
その笑顔は、観客にとっても演者にとっても、最高のアンコールだった。




