第15話:赤い太陽、青い空
真夏の太陽が容赦なく照りつける。海辺の街・美凛浜は、年に一度の音楽フェスで人波に埋め尽くされていた。会場の至るところで歓声が上がり、ステージごとに異なる音楽が交差する。
その喧噪の一角、出演者専用の控室で、赤木夏希と青柳千夏は衣装に袖を通していた。
夏希は白地に赤いラインのノースリーブトップスに、動きやすいショートパンツ。太陽の光を浴びたときに赤がきらめくよう、スニーカーまで揃えてある。BREEZEのときとはまた違う、軽やかでスポーティーな装いだった。
一方の千夏は、深い青を基調にしたワンピース風トップスと黒のレギンスと青いスニーカー。海と空を思わせる落ち着いた青に、腰元のリボンがさりげなく揺れる。夏希が「太陽」なら、千夏は「海風」だった。
そのコントラストに、楽器隊の三人は感嘆のため息をついた。
「……うわ、完全に主役じゃん、赤と青」
颯太がベースケースを担ぎながら苦笑する。
「俺たち、裏方感丸出しじゃない?」
律と岬はお揃いのTシャツ姿。胸に赤と青のツインロゴをプリントした、シンプルなフェス仕様だ。
「いいのよ。背景があるから、二人が映えるんだし」
岬が眼鏡を押し上げて言う。
「俺らは音で舞台を支える。それが一番かっこいい」
律の低い声に、夏希が慌てて手を振った。
「ちょ、そんな言い方やめてよ! 一緒にやるから“赤と青”なんだから!」
その無邪気さに、千夏は思わず笑みをこぼす。
(……ナッキーは、やっぱり太陽だな。気づけば、いつも私を真ん中に引っ張ってくれる)
玲央が姿を現し、スケジュールを告げる。
「出番はレッドサンライズステージ、ちょうど正午だ。夏希の『アオノナツ』から行こう。空の下で熱をぶつけろ」
夏希は深呼吸して頷く。
(この歌は、あの夏を忘れないために作った。……千夏ちゃんと出会った夏を)
※
真っ赤な幕に覆われた「レッドサンライズステージ」。炎のような装飾の下、数百人の観客が詰めかけていた。
「次は——汐ヶ崎から来た高校生ユニット!『赤と青』!」
アナウンスと同時に大歓声。
ステージ中央に夏希と千夏が立つ。太陽に照らされた赤と青が、眩しいほどに映えた。
「行くよ、颯太!」
「任せとけ!」
カウントとともに、ドラムとベースが刻み出す。岬の鍵盤が厚みを加える。
そして夏希のギターが鳴り響いた。
——『アオノナツ』。
力強いコードを掻き鳴らすたびに、千夏の声は真夏の熱気に乗って観客を揺らす。
「うおおー!」
「高校生でこれかよ!」
観客が拳を突き上げ、会場は一気に熱狂した。
千夏は夏希の背中を見ながら、心臓が跳ねるのを感じていた。
(ナッキー……やっぱり、すごい。私の隣に立つべき人だ)
サビでは千夏もコーラスに入る。赤と青、二つの声がぶつかり合い、やがてひとつに重なる。その瞬間、客席から大きな合唱が巻き起こった。
「最高!」
「赤と青サイコー!」
夏希は汗に濡れた頬を赤らめ、千夏に視線を送る。
(千夏ちゃん……ありがとう。あなたがいたから、この歌ができた)
演奏を終えた瞬間、爆発のような拍手と歓声。
「すごい……」
「やばい、鳥肌立った」
夏希は胸の奥から熱いものがこみ上げ、涙が出そうになるのをこらえた。
※
続いて、青空の下に設けられた「ブルースカイステージ」へ。
ここでは千夏の番だった。『アカノナツ』。
「よろしくお願いします!」
千夏の第一声に、観客がどっと湧いた。
ギターをかき鳴らすと、青い空へ旋律が飛び出していく。爽快で疾走感あふれる曲調。
夏希が隣でコードを重ねる。観客は手を振りながら一体となり、サビでは自然に合唱が生まれていた。
「みんな!」
「一緒に歌おう!」
千夏はギターを掲げ、全力で歌い切る。
(この音が……私とナッキーの夏なんだ!)
夏希は汗に濡れた千夏の横顔を見つめ、胸が熱くなる。
(千夏ちゃん……まぶしいよ。追いかけてきて、よかった)
ラストのコードが響き渡り、演奏が終わる。
一瞬の静寂のあと、嵐のような歓声が二人を包み込んだ。
「赤と青ー!」
「最高だった!」
観客の声に、夏希と千夏は顔を見合わせ、同時に笑った。
太陽と空、赤と青。まるでフェス全体が二人を祝福しているようだった。
※
ステージ袖に戻ると、颯太がタオルを差し出しながら言った。
「お前ら、完全にメインアクトの顔だったぞ」
岬も「観客の声援、ほとんど二人宛だったね」と冷静に笑う。
律は一言だけ。「でも、まだ終わってない」
玲央が腕を組み、にやりと笑った。
「アンコールが来るぞ。準備しとけ」
その予感は的中する。ステージの外から、すでに「アンコール! アンコール!」の声が波のように押し寄せていた。
夏希と千夏は息を整えながら、再び視線を交わした。
(まだ歌える。いや、もっと歌いたい!)
(ナッキー……一緒に最後まで行こう)
二人の心拍数は、次の奇跡の前触れのように重なっていた。




