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第14話:波打ち際の衝突と約束

 真夏の日差しが海辺の町を白く照らしていた。

 汐ヶ崎高校軽音部の夏合宿。今年は、海辺の民宿を貸し切っての二泊三日。去年は赤と青だけで精一杯だったが、今は違う。春に入った一年生が十二人。部室には収まりきらないほどの賑やかさになっていた。


「十二人って……倍どころか、三倍じゃん!」

 浜風に髪を揺らしながら、夏希は驚きの声をあげた。


 体育館ほどの広さの練習場には、ずらりと後輩たちが並んでいる。

 新入生たちは「動画見てきました!」「文化祭すごかったです!」と口々に言い、目を輝かせていた。


 沙耶先生がニコニコしながら両手を叩く。

「はいはい、先輩たち! お手本見せてあげてね。あなたたちのファンなんだから!」

「ファンって……」

 千夏が苦笑する横で、夏希は「よっしゃ、任せて!」と胸を張った。



 基礎練習から始めることになった。

「まずはチューニング。必ず毎回、耳でも確認して」

 千夏が真剣な顔で指導する。姿勢も丁寧で、音の出し方一つ一つをチェックする。


 一方、夏希はギターを鳴らしながら笑顔で声をかける。

「難しいこと考えなくていいよ! ガーンって鳴らして、音を楽しんで!」

 後輩たちは戸惑いながらも頷いたが、徐々に空気に温度差が生まれていった。


 練習が終わった休憩中、千夏が小さく息をつく。

「ナッキー、ちょっと……軽すぎないかな。基礎を疎かにすると、必ずあとで壁にぶつかるよ」


「え? でもさ、せっかく軽音部に入ったんだし、まずは楽しんでもらった方が……。部活ってガチにやるだけじゃなくてさ」


 夏希の笑顔はまだ明るい。だが千夏の表情は曇っていた。

「楽しさだけじゃ、続けられないこともある」


「え……?」



 その日の午後、練習が佳境に入ったときだった。

 後輩の一人がコードを間違え、場が止まる。千夏がすかさず「ここはCメジャー。もう一度」と冷静に指摘する。


 夏希は慌てて「大丈夫! 間違っても勢いでカバーだ!」と声を上げた。

 後輩はきょとんとし、空気が張りつめる。


「勢いじゃなくて、正しく弾けるようにしないと」

「でもさ、楽しさがなくなったら音楽じゃない!」

 ふたりの声が重なった。


 ついに夏希が言ってしまう。

「恋みたいに大事にしなくたって!」


 はっとした顔の千夏が、口を震わせる。

「……私にとっては恋より大事なの!」


 その言葉は場を切り裂き、後輩たちは息をのんだ。


 千夏はギターを置き、練習場を出ていってしまう。


「ちょ、千夏ちゃん!」


 呼び止める声もむなしく、背中は振り返らなかった。


 結局その日の練習は気まずいまま終わった。夜、夕食後の自由時間。民宿の外に出た夏希は、ギターを抱えて砂浜に腰を下ろす。



 波の音に混じって、ぽろん、と弦の音が夜気に溶けた。

(なんで、あんなに言い合いになったんだろ……)


 胸の奥に重たい後悔が広がる。


 一方その頃、少し離れた堤防の上で千夏はひとり鼻歌を口ずさんでいた。自然と出てきたのは「赤と青」の旋律。夏希と一緒に何度も合わせてきたフレーズ。


 不思議なことに、その音は波を越えて夏希の耳に届いた。夏希も同じフレーズを弾いていたのだ。

 ギターと鼻歌。別々の場所で奏でられた音が、偶然に重なった。


(……やっぱり、合わせたいんだ、千夏ちゃんと)


 夏希の胸に熱が戻る。千夏もまた、同じ旋律がぴたりと合った瞬間に微笑んでいた。


 砂を蹴って駆け寄った夏希が、息を切らしながら立ち止まる。

「千夏ちゃん……ごめん。あたし、言いすぎた」


「私の方こそ。ちゃんと話せばよかったのに、意地張っちゃった」

 二人は一瞬黙り込む。だが、波音が背中を押すように響いた。


 夏希が差し出した手が、月明かりに照らされる。

「じゃあ……もう一回、一緒にやろうね」


 その言葉は、仲直りの証であり、再び重ねたいという願いだった。


 千夏が小さく頷き、そっと手を伸ばす。だが一歩踏み出した瞬間、砂に足を取られた。

「わっ!」

「千夏ちゃんっ!」

 夏希が慌てて抱きとめる。そのまま二人は倒れこむように抱き合った。


 距離はゼロ。互いの心臓の鼓動が、耳元で重なる。


(……近い。やば、千夏ちゃん近すぎ!)


(ナッキーの腕、温かい……離れたくない)


 時間が止まったかのような一瞬。

「ちょ、ちょっと!」


 夏希が慌てて体を起こすと、千夏は顔を赤くしながら笑った。

「……ありがとう、ナッキー」


「な、何が!」

 お互い照れ隠しの声を出すが、その瞳はまっすぐに向き合っていた。


 二人の影が、月明かりの砂浜に寄り添うように映っていた。

「最後まで、続けよう。音楽も……赤と青も」


「うん。最後まで、一緒に」


 夜の海に響いた約束は、波に溶けながら未来へと運ばれていった。


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