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第13話:初恋レゾナンス、春の校庭で

 四月。春の風が校庭に花びらを舞わせ、新入生のざわめきが広がっていた。

 その中央に簡易ステージが設営され、軽音部の横断幕が掲げられている。


 ステージ裏では、赤木夏希がギターを背負って深呼吸を繰り返していた。


「おーいナッキー、そんなに緊張してどうすんだよ」

 颯太が笑いながら肩を叩く。


「緊張してないし!」と夏希は強がるが、手のひらは汗でじっとり。


 律が苦笑して「指板滑るぞ、ちゃんと拭いとけ」とタオルを差し出す。


 岬は眼鏡を押し上げ、「大丈夫。私たちが後ろで支えるから、二人は前を向いて歌えばいいの」と静かに言った。


 夏希はうなずき、隣の千夏をちらりと見た。


 千夏は落ち着いた顔をしているが、指先が小さく震えているのを夏希は見逃さなかった。

(千夏ちゃんだって、緊張してるんだ……じゃあ、私がしっかりしないと!)


 やがて司会の放送部員がマイクを握り、校庭に声が響いた。

「続いては、軽音部によるライブ演奏です! 去年の文化祭や動画で話題になった、赤と青の二人も出演します!」


 歓声とどよめきが校庭を包む。

「え、動画の子たち?」

「あの赤い子と青い子でしょ!」

「去年見た! めっちゃ盛り上がってたやつ!」


 新入生たちは最前列に詰めかけ、スマホを掲げる子もちらほら。あっという間に校庭がライブ会場のようになった。

「あれ、ハロウィン動画の子たちじゃない?」

「ほんとだ、巫女とメイドの!」


 小さなざわめきが波のように広がっていき、夏希の心臓の鼓動と重なる。


 ステージに上がると、春の陽光がギターの弦をきらめかせた。

 夏希がマイクを握り、元気よく声を放つ。

「こんにちは! 軽音部です! 今日は、新曲を持ってきました!」


 観客のざわめきがさらに大きくなる。

「タイトルは『初恋レゾナンス』。みんなへの想いを込めた曲です!」


 そう紹介した瞬間、千夏が横目で夏希を見た。

(みんなへの想い……? でも、きっと——)


 イントロが始まり、颯太のベースと律のドラムが土台を作る。岬のキーボードが春風のように流れ、二人のギターが重なった。インストで一緒に練習していたが、そういえば「歌詞は当日まで秘密ね」と夏希が言っていた。


 夏希の歌声が校庭に響き渡る。



【初恋レゾナンス】 作詞・作曲:赤木夏希 編曲:赤と青


発車のベルだけ 追いかけてきた日々

心はいつも 無音だったのに

君の笑顔が 鳴らしたコード

知らない響きが 胸で揺れてる


触れあうたびに 震えるのは

運命よりも 近い周波数


初恋レゾナンス 君と出会って

私の心が 跳ね返ってくる

赤い鼓動が 青に響いて

ひとつの旋律になる

Resonance, Resonance…

君とだから 生まれた奇跡


汗にまみれた 体育館の午後より

君と過ごした 放課後の窓辺

ふいに交わした 視線の中で

世界のリズムが 変わりはじめた


Can you feel? Yes, I feel!

重なる声が 未来を呼ぶ


怖いくらいに 素直な自分

でも君となら それを抱きしめられる


初恋レゾナンス 止まらないから

心の奥で 共振している

赤い衝動と 青い願いが

永遠のメロディになる

Resonance, Resonance…

君がいてくれてよかった


共鳴して 溶けあって

孤独の壁を 壊してゆく


初恋レゾナンス 二人の声が

世界中に 響きわたるよ

どんな地図にも 描けない道を

一緒に奏でていこう

Resonance, Resonance…

君が 私の 初恋


ありがとう…出会ってくれて

響いてくれて…初恋レゾナンス



 千夏の胸がぎゅっと締めつけられた。

(ナッキー……やっぱり、これは私への歌……)


 声を合わせると、観客には爽やかな友情ソングに聞こえる。

 だが千夏には、真っ直ぐな告白のように突き刺さっていた。


 サビで夏希が叫ぶように歌う。

「君が——わたしの初恋!」


 その瞬間、千夏の目から涙があふれそうになる。

(初恋……ナッキーの、初恋が……私?)


 必死で堪えながらも、声を重ねる。二人のハーモニーが校庭に広がり、観客から自然に手拍子が起こった。校庭の桜の枝から花びらがひとひら舞い落ちる。


 春風に運ばれ、ふたりの歌声に合わせるように観客の視線が一斉に空を仰いだ。


 その一瞬、校庭全体が音楽に飲み込まれたようだった。


 歌いながら夏希は心の中で叫んでいた。

(そうだ、私の初恋は……千夏ちゃんなんだ! 勉強じゃなくて、部活じゃなくて、千夏ちゃんと出会ったから、今の私がいるんだ!)


 演奏が終わると、しばしの静寂。

 次の瞬間、校庭を揺らすような大歓声と拍手が巻き起こった。

「すごい!」

「鳥肌立った!」

「やばい泣きそう!」

「入部したい!」

「青春すぎる!」

「赤と青、最高!」


 新入生たちが一斉に声を上げ、在校生までも興奮していた。校庭は割れんばかりの拍手と叫びに包まれた。


 ステージ袖で見ていた沙耶先生が小さくつぶやいた。

「……ただのファンじゃないの、あの二人」


 誰にともなく漏らした言葉に、岬がにやりと笑う。岬もまた鍵盤の上で指を休め、「やっぱり、赤と青はまぶしいな」と胸を熱くした。



 ステージを降りた夏希と千夏は、まだ鼓動が収まらなかった。

 校庭の中央を歩きながら、観客の歓声を背に並んで笑う。


 表向きは爽やかに。けれど二人の内心は、ドキドキと熱でいっぱいだった。

(ナッキーの初恋が、私……? そんなの、ずるいよ……)

(千夏ちゃん、やっと言えたよ……でも、直接はまだ無理だから、歌で伝えたんだ)


 春風に髪が揺れ、二人の影が校庭の真ん中で重なった。

 その姿は、新しい一年の始まりを告げる鐘の音のように、まぶしく響いていた。

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