第12話:チョコに込めた未完成の想い
二月。街はバレンタイン一色で、商店街も学校も甘い香りに包まれていた。
日曜日の午後。夏希と千夏は岬の家に集まり、義理チョコ作りに挑んでいた。キッチンに立つ三人は、エプロン姿で大奮闘。
「はい、味見して!」と岬の弟と妹に差し出すと、二人は顔をしかめたり笑ったり。
「なんか苦い!」「でも美味しいよ!」と正直すぎる感想に、三人は大爆笑した。
「これで颯太と律には十分だよね」
岬が満足そうに頷くと、夏希も千夏も笑い合った。
※
しかし翌日。夏希はどうしても落ち着かず、台所に立った。
(千夏ちゃんに渡すのは、あれだけじゃ足りない気がする)
思わず唐辛子を入れてしまった。仕上がったのは、ピリ辛チョコ。
一方、千夏も同じ頃、家で追加チョコをこしらえていた。
(ナッキーには特別なものを渡したい)
爽やかなミントを加え、清涼感のあるチョコを作った。
二人とも「義理」とは別に、心の奥から生まれた“本命”を抱えていた。
※
バレンタイン当日。教室は女子たちの笑い声であふれていた。
「どの先輩に渡す?」
「こっちは義理でしょ!」
華やかなやりとりを横目に、夏希は机に突っ伏していた。
(あたしは……義理じゃなくて、本命を渡したいんだよ)
放課後の部室。軽音部の仲間たちに夏希、千夏、岬が三人で手作りチョコを渡すと、颯太が「おー、やっぱ俺たちモテてる!」と騒ぎ、律が「はいはい、ギリ義理ね」と冷静に突っ込む。
岬は「お返しは、私によろしく」とにやり。
場が笑いに包まれる中、夏希の鞄の奥には、まだ小さな箱が眠っていた。
※
二人きりになったのはその日の夕暮れ。
「ちょっと寄り道しない?」
夏希に誘われ、二人が向かったのは町外れの神社。夕暮れに赤い鳥居が浮かび、境内は静まり返っていた。
石段を上り、ベンチに腰を下ろすと、夏希は意を決して小箱を差し出した。
「千夏ちゃん、これ……本命だから!」
「……本命?」
驚きと照れが混じった声。夏希は顔を真っ赤にしながら続けた。
「昨日ね、家で一人で作ったら、こんなのになっちゃった」
千夏が口に入れると、ピリリと辛さが広がった。
「……辛っ!」
「ごめん! 寂しくなって、唐辛子入れちゃったんだ」
夏希の必死な顔に、千夏は笑みをこぼした。
「じゃあ、私も……」
千夏は自分の包みを差し出した。
「昨日、一人で作ってみたら、爽やかになっちゃった。ナッキー専用」
夏希が一口食べると、すっと清涼感が広がる。
「うん、美味しい! なんか夏みたい」
二人は笑い合いながらチョコを交換した。
※
そのとき、頬に冷たい滴が落ちた。
「あ、雨……」
やがて細かな雨粒が降り出し、夏希は慌てて赤い傘を広げた。その下に千夏が滑り込む。
肩が触れ、鼓動が高鳴る。
(近すぎて……息ができない)
千夏もまた(ナッキーといるだけで、どうしてこんなに温かいんだろう)と胸を押さえた。
境内を出るとき、千夏が口を開いた。
「ナッキー、義理でも本命でも……どっちでもいいかも。だって、私にとっては——」
そこで言葉は止まり、小さく笑って空を見上げた。
(まだ言えない。でも、きっといつか)
二人は並んで歩き、赤い傘を差したまま、赤い鳥居をくぐった。
傘の内側で重なった沈黙は、告白よりも確かなものだった。




