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第12話:チョコに込めた未完成の想い

 二月。街はバレンタイン一色で、商店街も学校も甘い香りに包まれていた。

 日曜日の午後。夏希と千夏は岬の家に集まり、義理チョコ作りに挑んでいた。キッチンに立つ三人は、エプロン姿で大奮闘。


「はい、味見して!」と岬の弟と妹に差し出すと、二人は顔をしかめたり笑ったり。


「なんか苦い!」「でも美味しいよ!」と正直すぎる感想に、三人は大爆笑した。


「これで颯太と律には十分だよね」


 岬が満足そうに頷くと、夏希も千夏も笑い合った。



 しかし翌日。夏希はどうしても落ち着かず、台所に立った。

(千夏ちゃんに渡すのは、あれだけじゃ足りない気がする)

 思わず唐辛子を入れてしまった。仕上がったのは、ピリ辛チョコ。


 一方、千夏も同じ頃、家で追加チョコをこしらえていた。

(ナッキーには特別なものを渡したい)

 爽やかなミントを加え、清涼感のあるチョコを作った。


 二人とも「義理」とは別に、心の奥から生まれた“本命”を抱えていた。



 バレンタイン当日。教室は女子たちの笑い声であふれていた。

「どの先輩に渡す?」

「こっちは義理でしょ!」


 華やかなやりとりを横目に、夏希は机に突っ伏していた。

(あたしは……義理じゃなくて、本命を渡したいんだよ)


 放課後の部室。軽音部の仲間たちに夏希、千夏、岬が三人で手作りチョコを渡すと、颯太が「おー、やっぱ俺たちモテてる!」と騒ぎ、律が「はいはい、ギリ義理ね」と冷静に突っ込む。

 岬は「お返しは、私によろしく」とにやり。


 場が笑いに包まれる中、夏希の鞄の奥には、まだ小さな箱が眠っていた。



 二人きりになったのはその日の夕暮れ。


「ちょっと寄り道しない?」

 夏希に誘われ、二人が向かったのは町外れの神社。夕暮れに赤い鳥居が浮かび、境内は静まり返っていた。


 石段を上り、ベンチに腰を下ろすと、夏希は意を決して小箱を差し出した。


「千夏ちゃん、これ……本命だから!」


「……本命?」


 驚きと照れが混じった声。夏希は顔を真っ赤にしながら続けた。


「昨日ね、家で一人で作ったら、こんなのになっちゃった」

 千夏が口に入れると、ピリリと辛さが広がった。


「……辛っ!」


「ごめん! 寂しくなって、唐辛子入れちゃったんだ」


 夏希の必死な顔に、千夏は笑みをこぼした。


「じゃあ、私も……」

 千夏は自分の包みを差し出した。


「昨日、一人で作ってみたら、爽やかになっちゃった。ナッキー専用」

 夏希が一口食べると、すっと清涼感が広がる。


「うん、美味しい! なんか夏みたい」


 二人は笑い合いながらチョコを交換した。



 そのとき、頬に冷たい滴が落ちた。


「あ、雨……」


 やがて細かな雨粒が降り出し、夏希は慌てて赤い傘を広げた。その下に千夏が滑り込む。


 肩が触れ、鼓動が高鳴る。

(近すぎて……息ができない)


 千夏もまた(ナッキーといるだけで、どうしてこんなに温かいんだろう)と胸を押さえた。


 境内を出るとき、千夏が口を開いた。

「ナッキー、義理でも本命でも……どっちでもいいかも。だって、私にとっては——」


 そこで言葉は止まり、小さく笑って空を見上げた。

(まだ言えない。でも、きっといつか)


 二人は並んで歩き、赤い傘を差したまま、赤い鳥居をくぐった。

 傘の内側で重なった沈黙は、告白よりも確かなものだった。

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