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第11話:一月十一日、歌詞ノートの贈り物

 年が明け、街にはまだ門松やしめ縄が残っていた。

 冷たい風が吹く放課後、赤木夏希は部室の窓際で腕を組み、深刻そうに唸っていた。


「うーん……どうしよう……」

「何が?」と机に肘をついていた葵岬が顔を上げる。


「千夏ちゃんの誕生日。プレゼント、何にすればいいかなって」

 夏希は頭をかきむしった。十一日、つまりもうすぐだ。文化祭のときに千夏からもらった赤いピックは、いつも首に下げている。だからこそ、同じものを返すだけじゃ足りない気がした。


「青いピックでいいじゃん。お揃いで可愛いし」岬はあっさりと言う。

「うーん……でも、それだけだと普通すぎない? 千夏ちゃん、特別だから」


「ふ〜ん?」岬がニヤリと笑った。


「な、なによその顔!」

「いや、特別とか言っちゃうんだなって。赤木さん、わかりやすい」


「ち、ちがっ……!」(やば、口に出てた!?)

 岬はからかうだけからかって、またノートに目を落とした。夏希の胸は妙に熱く、落ち着かない。



 その週末、夏希は町の楽器店に出向いた。青いピックはすぐに見つかった。だが、手に取った瞬間に「これだけじゃ足りない」と思ってしまう。


(千夏ちゃんに渡すなら……もっと“今の私たち”が伝わるものがいい)


 楽器屋を出た足は自然と文房具店へ向かっていた。棚に並ぶノートの数々。カラフルな表紙、シンプルな無地、革風の装丁。どれも真新しい白紙を抱えている。


 夏希は一冊のシンプルな紺色のノートを手に取った。

(ここに、私が書いてきた歌詞とか、思いついたフレーズとか……千夏ちゃんがそばにいてくれたから浮かんだ言葉を、ちゃんと残して渡したら……)


 そう考えた途端、胸が高鳴る。

「よし、これだ!」


 レジでノートを受け取ったとき、夏希は心の中でつぶやいていた。

(千夏ちゃん。あたし、もっと見てほしいんだ。曲を書いてるときの自分も、ぜんぶ)



 一月十一日。冬の空は高く澄み、吐く息が白く漂う。放課後の部室に呼び出された千夏は、少し不思議そうにドアを開けた。

「ナッキー? どうしたの?」


「えっと、その……誕生日おめでとう、千夏ちゃん!」

 差し出された小さな袋。千夏が開けると、中から青いピックのネックレスがころりと現れた。


「わぁ……赤に続いて、今度は青なんだね。お揃い、嬉しい」

 千夏が微笑む。その様子に、夏希は胸をなで下ろした。


 けれど本命はここからだ。夏希はもう一つ、四角い包みを差し出す。

「それと……もう一つ、こっちが本当のプレゼント」


「えっ……?」


 千夏はリボンを解き、ノートを開いた。最初のページには、ぎこちない字で「For Chinatsu」と書かれている。めくると、そこには文化祭前に書いた歌詞の断片、夏祭りのときに交わした会話の走り書き、病院の廊下を思い出して書き出した小さなメロディのメモまで。


「これ……ナッキーが全部?」


「うん。いちばん大切なものって考えたら、やっぱりこれだった。あたし、千夏ちゃんと出会ってから曲が書けるようになったんだよ。だから見てほしいなって」


(ナッキー……私にとっても、同じだったのに)


 千夏の視界がじんわり滲む。ページをめくるごとに、あの日の記憶がよみがえる。

 ——病院の白い廊下。

 ——夏祭りで並んで見上げた花火。

 ——ハロウィンで笑い合った仮装姿。

 ——文化祭の教室ステージで響かせた「赤と青」。


 どれも全部、夏希と一緒にいた景色。気づけば頬を涙が伝っていた。


「千夏ちゃん!?」


「ごめん……違うの。嬉しすぎて……。私たち、あのとき病院で出会わなければ、こんなこと絶対なかったのにって……」


 ノートを胸に抱きしめながら、千夏は泣き笑いを浮かべた。

(どうしてこんなに、心がいっぱいになるんだろう)


「……ありがと、ナッキー。大切にする」


「うん……渡して良かった」


 不意に静寂が訪れる。お互い顔を赤くして、視線を合わせては逸らす。夏希は内心で苦笑して、目線を天井に向けた。


(ラブレターより重いかな、これ)


 すると千夏が、不意にカバンから自分のノートを取り出した。

「じゃあ……私も、ナッキーにこれ渡す」


「えっ、ちょ、なにそれ?」


「私が書いてる練習メモとか、歌詞の端切れとか。交換したら面白いかなって」


 夏希は一瞬ぽかんとしてから、大きな声で笑った。

「なにそれ、ただの交換日記じゃん!」


「そうかもね」千夏も吹き出し、二人で声を立てて笑った。


 外に出ると、夜空には星が瞬き、吐く息が白く溶けていった。

 二冊のノートを抱え、肩を並べて帰る二人。


「ねえ、千夏ちゃん」


「なに?」


「これからも、いっぱい曲書こうね」


「……うん、絶対」


 笑い声が冬の街に溶けていく。

 ノートのページはまだ真っ白だ。そこにどんな言葉を綴るのか、きっと二人だけが知っている。

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