第10話:十七歳の声を電波に乗せて
大晦日。年の瀬の街は、冷たい空気とイルミネーションでざわめいていた。汐ヶ崎駅前に集合した軽音部の五人は、肩をすぼめながら息を白くしている。
「本当に俺らがラジオ出演って、すごくね?」
颯太がにやけた顔で言うと、律が淡々と返す。
「調子に乗るな。トチったら全国に恥さらすんだぞ」
「全国じゃなくて、ローカル局だよ」岬が笑い、眼鏡の奥で不安と期待を混ぜた瞳を光らせた。
夏希は、緊張で手をぎゅっと握りしめていた。
(やば……本番前なのに、手汗すごい。マイクの前で声、震えないかな……)
隣で千夏も静かに深呼吸していた。落ち着いて見えるけれど、その指先はわずかに震えている。
やがて局のスタッフに案内され、狭いスタジオに入る。ガラス越しの向こうで赤いランプが点滅している。
「ようこそ! 汐ヶ崎FMの年越し特番に来てくれました、軽音部のみんな!」
明るいパーソナリティーの声に押され、全員が緊張しながら椅子に腰を下ろした。
オープニングトークは颯太が勢いよく受け答えし、律が冷静にフォロー。岬は穏やかな調子で話題をつないでいく。その間、夏希は無邪気な笑顔で部活のことを語り、千夏がさりげなく補足を入れる。
「動画を投稿してからコメントが増えて……」
「文化祭も予想以上に人が来てくれて、すごくびっくりしました」
スタジオに笑いが広がり、最初の緊張が少しずつほぐれていく。
「でさ、将来はプロデビューとか?」
パーソナリティーが笑顔で問いかける。
「えっ、えーと……」夏希が目をぱちくりさせた。
「ぜ、全然考えてません!」
「まだ学生ですし……」千夏も困ったように笑い、肩をすくめる。
スタジオの全員が笑いに包まれた。
(……でも。千夏ちゃんは、きっと考えてるんじゃないの? 将来のこと。私は……どうなんだろう)
夏希の胸に、ふと不安が小さく棘のように刺さった。
やがて転換の合図が出て、演奏パートに入る。
「それではここで新曲を披露してもらいましょう。タイトルは?」
「『十七歳の地図』です」千夏がマイクの前で答える。その声はまっすぐで、少し震えていた。
律のカウントが響き、颯太のベースが地を支え、岬の鍵盤が柔らかに旋律を重ねる。
夏希と千夏のギターが重なった瞬間、狭いスタジオはまるで小さなライブハウスのように熱を帯びた。
歌詞には、地図を広げるような旋律があり、まだ見ぬ未来を探す言葉が並んでいた。十七歳という年齢の不安と希望を、真っすぐに刻んでいく。
♪
【十七歳の地図】 作詞・作曲:青柳千夏 編曲:赤と青
誰もが笑顔で “がんばれ”と書くけど
その裏側に ほくそ笑む影が見える
ケガした足首 画面越しのエール
大丈夫じゃないのに 強がって返すよ
心のざわめき 消せないまま
それでも前を向くしかないんだ
This is my seventeen’s map
書かれた線をなぞるだけじゃない
Rewrite, break the wall, and draw a way
未来は 私が描くんだ
SNSの海に 沈む孤独も
通知の光で ほんの少し紛れるけど
見失いそうな 自分の声が
まだ胸の奥で 叫び続けてる
Don’t tell me it’s already planned
青い春が決まってるなんて嘘
行き止まりでも 道を作る
リアルを導くのは スマホじゃない 私
悔しさを燃やして 涙で磨いて
一歩ずつの奇跡が コンパスになる
誰かの言葉に 縛られはしない
答えはいつだって ここにある
This is our seventeen’s map
すれ違っても また出会えるように
Re-draw, step by step, and find a way
未来は 私が描くんだ
挫折したって 失敗したって
その痛みが 道標になる
This is my seventeen’s map
書き換え続けて 走り出すんだ
Don’t stop, break the wall, and find a way
未来は 私が描くんだ
十七歳の地図を 持つのは 誰でもない
私なんだ
♪
ガラス越しに見えるスタッフが、思わず手拍子をしている。
(千夏ちゃん……やっぱりすごい。まっすぐで、強くて……。私も負けたくない)
(ナッキーの声があるから、わたしは進める。だから、この歌を届けたい)
曲が終わると同時に、パーソナリティーが大きく拍手した。
「いやー、まっすぐでいい! 十七歳の地図、素敵でした!」
その頃、SNSには実況コメントが流れ込んでいた。
<汐ヶ崎FM聴いてる! 赤と青だ!>
<この声、動画で聴いたのと同じだ!>
<十七歳の地図、トレンド入りしてる!>
スマホを覗いていた岬が、スタジオの外で目を丸くして親指を立てた。
収録が終わり、全員で局を出ると、冬の夜空が広がっていた。
沙耶先生が「お疲れさま! 打ち上げ行くよ!」と元気に声をかけ、ファミレスで軽く食事をとる。にぎやかに笑い合いながらも、どこか名残惜しい時間だった。
散会後、二人は公園に寄り道した。冬の星座が瞬き、空気は透き通っている。
「ねえ、千夏ちゃんって……将来、ちゃんと音楽続けるの?」
夏希が不意に口にした。
「え?」
「さっきラジオで聞かれたとき、ちょっとドキッとした。千夏ちゃんって頭いいし……大学とか、そっちに行っちゃいそうで」
(……わたしは、どうなるんだろう。千夏ちゃんがいなくなったら、歌えないよ)
千夏は驚いたように夏希を見つめ、そしてふっと微笑んだ。
「ナッキー、わたし……」
「ん?」
一拍の沈黙。けれど千夏は言葉を飲み込み、代わりに夜空を見上げた。
「……ううん、なんでもない」
(言えなかった。でも、いつか——必ず伝えるから)
二人は並んで空を仰いだ。
「もうすぐだね、十七歳」
「うん。来年も、一緒に歌おうね」
凍える空気の中、二人の声が重なった。
夜空には星々がきらめき、まだ見ぬ未来を指し示すように瞬いていた。




