資金
エルフは他種族と積極的には関わらず、森の奥深くに住まうが、かつて森には人間と交易をおこなうための道があった。だが、人間の帝国が崩壊するとその道は忘れ去られ、多くの商人が行き来した石畳の道も今では草木に覆われている。
私は、朽ち果てた交易路をたどり森を抜けた。やがて、小さな人間の村が見えてきた。人口はせいぜい50人ほど。活気は感じられず、どこか寂れた雰囲気が漂っていた。
ちょうど行商人が村を訪れていたのは幸運だった。私は少しばかりの金を払い、馬車に乗せてもらうことにした。目的地は、人間の都市――ピラソン。
人間の言葉は書庫にあった本で学んでいた。実際に会話をしたことはなかったが、特に支障なく意思疎通ができた。
ピラソンは製塩業が盛んな都市だと本で読んだことがある。海岸沿いに塩田が広がるのが見えてききて、もうすぐピラソンに到着することが分かった。
海を目にするのは初めてで、胸が高鳴った。波が陽の光を反射し、きらめいている。
エルフの国は息が詰まるようなうっそうとした森の中にある。ほほにあたる潮風を感じながら水平線を眺めていると自由になった気がする。故郷をはなれて一人になった心細さ以上に、そのとき私は自由を感じていた。
市壁を抜けると、目の前に広がるのは賑やかな市場だった。広場には無数の露店が並び、人々の声が飛び交っている。エルフの森とは別世界のような活気。混雑の中を進むのに精一杯で、自然と肩をすくめてしまう。
ピラソンは、海に突き出た半島に築かれた都市だ。帝国が栄えていたころは、交易と造船業で賑わい、エルフとも盛んに取引をしていたという。だが、今ではその面影は薄い。
かつて港湾地区、貴族の館が立ち並ぶ高台、商人たちの居住区に分かれていたが、今も人が住んでいるのは商人の地区だけだった。
帝国末期、オークや魔物の襲撃で交易が衰退し、港は放棄された。さらに、増大する軍事費に反発した市民が反乱を起こし、貴族の館がある地区を焼き払い、そこは廃墟と化した。
今も高台は、崩れかかった建物が広がる荒野のような状態となっている。
商人たちの地区は、かろうじて都市機能を維持していたが、それでも往時の繁栄とは比べものにならない。かつて商館や店が軒を連ね、城壁には精強な兵士が詰めていたが、今では多くの建物が閉ざされ、空き家には貧しい者たちが住み着いている。城壁や砦は管理されず、砦に住むものや城壁に寄り添うように家を建てているものもいるありさまだ。
私が訪れた日は、年に一度の定期市が開かれていた。本で読んだ帝国時代の活気を、わずかに思い起こさせる光景だった。街中に商人や旅人が溢れ、周辺の村からも多くの人々が集まっている。
まずは資金を確保しなければならない。私は魔法書や魔法道具を扱う露店が並ぶ一角へと向かった。エルフの杖を手放すことに抵抗はあったが、人間の世界で生きるにはまとまった資金が必要だった。
暇そうにしている店主を見つけ、声をかける。
「この杖を売りたいのだが、いくらくらいになるだろう?」
彼は怪訝な表情で私を見た。
「お前、エルフか?そんな杖、貴重すぎて俺みたいな弱小商人に買えるわけないだろ。だが、買える商人を紹介してやるからついてきな。」
そう言うと、彼は私を市場の中でもひときわ大きな露店へと案内した。
店主は壮年の男だった。私を一瞥すると、落ち着いた口調で言う。
「話は聞いたよ。わしはルイージ・ペランツォーニ。杖を見せてくれるか?」
「私は、エルフのエミーリエ・レヴァンドフスカ。」
私は杖を店主に手渡すと、彼は杖を調べ始めた。
「ほう……これは……。長年、魔法道具を扱ってきたが、これほどの杖は数度しか見たことがない。値をつけるなら、帝国金貨750枚といったところか。他の店でも聞いてみてもいいが、わしより多く出せる者はいないだろうよ。」
店の大きさから判断するに、この市場で彼が最も有力な商人なのは明らかだった。他の商人と交渉するのも面倒だし、これだけの大金が手に入るなら問題ない。私は、彼に杖を売ることにした。
「よし、契約成立だ。だが、少し金貨を集めるから店の中で少し待ってくれないか?」
少し金貨を集めるとはどういうことだろうかと思ったが、すぐに彼がどう集めるのか理解した。
なんと、彼はありとあらゆる店の商品を大幅に値引きして売り始めたのである。足りない金貨を商品を売ってかき集めるつもりだろう。
魔法道具の価値は商人仲間がよく知っている。彼の店には一般の客だけでなく、次々と同業者も押し寄せ、数時間後には品物がほぼ売り切れてしまった。
「あんたのおかげで、わざわざピラソンの定期市まで来た甲斐があったよ。」
やがて、彼は満足げに笑い、金貨を手渡した。こうして、私は当面の資金、彼は人間の世界では貴重な杖を手に入れたのであった。




