追放
私が住む屋敷の扉は、防犯のため微弱な魔力を流し込まなければ開かない仕組みになっている。魔力は指紋のように唯一無二で、登録された者だけが開閉できる。私は魔法がほとんど使えないとはいえ、扉を開ける程度の魔力は持っていた。
ある時、私の家族はエルフの優れた魔法使いが集まる会議に参加するために、3週間ほど家を空けることになった。もちろん魔法が使えない私は留守番だ。私は一日中、屋敷の書庫に籠って好きなだけ本を読むことができると思い、心躍るような気持だった。
家族が去って一週間後、私はある人間の行商人が書いた本に夢中になっていた。各地の特産品、安全な交易路、定期市の情報、売買記録の方法、利益予測……その記述から商人の冒険心と人間の国の商売の活気が伝わってきた。エルフの国にはない商品や遠方の都市の様子が詳しく書かれ、ページをめくるだけで世界を旅しているような気分になった。
もし私が商人だったら、どの地域で何を仕入れ、どこで売り、どれほどの利益が得られるのか...想像が止まらなくなった。筆記魔法でメモを取り、取引のシミュレーションを重ねるうちに、まるで世界を渡り歩く商人になったかのような錯覚に陥っていた。
ふと窓の外を見ると、日は沈み、疲れが押し寄せてきた。自室に戻ろうと扉のドアノブに手をかけた。
開かない...
最初は扉の魔法に問題があるのかと思ったが、すぐに気づいた。魔力が尽きていたのだ。何時間も筆記魔法を使い続けた上、最近は食事もおろそかにしていた。焦れば焦るほど魔力は消耗し、やがて意識が途切れた。
どれくらい時間が経ったのか。目を開けた途端、強烈な頭痛が襲い、立ち上がることすらできなかった。屋敷に使用人はいない。家族が戻るのは二週間後——私は書庫に閉じ込められた。
私はまだ死にたくない。
十六歳で書庫に閉じ込められて死ぬエルフなど聞いたことがない。助かる方法を探さなければ。ふらふらと書庫をさまよううちに、燭台の明かりが目に入った。夜になると自動で火が灯る魔法がかかっている。
書庫には窓が少ないが、大きな炎が上がれば誰かが気づくだろう。私はテーブルのクロスを手に取り、燭台の火を移した。そして、それを窓際に放り投げる。
消えゆく意識の中で、炎がカーテンへ燃え移るのを見た。その後のことは、よく覚えていない。
通行人が炎に気づき、窓を破って侵入、火を消し、倒れていた私を自室のベッドへ運んでくれたらしい。
目を覚ますと、朝になっていた。何日くらい眠ったのだろうかと思った。
ふとベッドサイドに目をやると、そこには一通の手紙が置かれていた。封には、私の家系の紋章。
私は、読まなくても内容が分かるような気がした。エルフは魔法で遠距離通信ができる。私が魔力切れで閉じ込められ、火を放ったことはすでに家族に知られているはずだ。そして、手紙には短く、こう書かれていた。
エミーリエ
私たちが家に戻る前に、家を出なさい。
以上
弁明の余地はないだろう。私もエルフの国にもこの屋敷にも居場所がないことはわかっていた。もう思い残すことはない。早速支度をしてエルフの国がある大森林を離れようと決意した。
持ち出したのは、わずかな貨幣、数日分の食料、そして四歳の頃に両親が贈ってくれた魔法の杖。魔法が使えない私には無用の長物だった。
しかし、杖を持ち出したことが、今後の私の人生を大きく変えることになったのであった。




