過去からの手紙
エルフは魔法を発動する際、詠唱はしない。エルフは幼いころから言葉を学ぶのと同じように、魔法の訓練を始めるため、どのように魔法を使っているのかを言葉で説明することは難しい。学校の魔法基礎理論の授業では、一般にエルフは以下のように魔法を発動させていると教えられた。
1. 魔力の集中:
魔力は自然界に満ちている。もちろんエルフの体内にも魔力はある。魔法を発動する最初のステップは、体内の魔力をコントロールし、一箇所に魔力を集めることだ。魔力は手のひらに集めることが多いが、杖の先や剣などの武器の先端に集めることもある。
2. 魔力を元素に変換:
一箇所に貯めた魔力を火、水、風、土、エーテルのいづれかの元素に変換する。エーテルとはエネルギーのようなもので、使い方によっては攻撃魔法や回復魔法に使用することができる。
魔法使いにはそれぞれ相性のよい元素があり、私の家系のエルフは土かエーテルと相性が良い魔法使いがおおい。
3. 魔法の発動:
「2」で変換した元素を自在に操ることで魔法が発動する。風を使って突風や竜巻を起こしたり、土を使って壁を作ったり、エルフは魔力で生み出した元素を操るのだ。
私の筆記魔法は、土魔法の一種と書物で読んだことがある。普段は意識しないが、私が筆記魔法を使うときは、[1]手のひらに魔力を集中させ、[2]土に変換し、[3]文字や図形として紙に固着させているのだろう。
一部のエルフは自然界にある魔力を体内に取り込み魔法の発動に利用する。体内の魔力だけを使う魔法より、より強力な魔法が使えるため非常に強力だ。
冒険者ギルドの自室で、私は定期市の露店で購入したニコラス・レヴァンドフスキの魔法教本を読み始めた。読み始めてすぐにこの本はエルフ以外の種族のために書かれた本だということが分かった。なぜなら、魔法は原則詠唱して発動するものだと記載されているのだ。
たしかにエルフの魔法の使い方は、言葉で伝えることがとても難しい。普段は文法を意識せずに話すように、エルフは無意識のうちに魔法を使う。
詠唱させることで、エルフがイメージの力で発動させる魔法を、より教えやすくしているのだろう。
エルフの間でも言葉で教えることが難しい魔法を、呪文の詠唱という方法を使って教えやすくしたニコラス・レヴァンドフスキは優れた教育者であることがすぐに分かった。
私も、魔法教本に記載されているいくつかの魔法の呪文を試してみたが、案の定、魔法を発動させることはできなかった。苦笑いしながら、ずいぶん高い買い物をしてしまったなと思い本を閉じようとしたとき、面白い記述が目に入ってきた。
魔法教本のあとがきに、彼は魔法陣を使用して魔法を発動させる方法を研究していると書いている。彼によると、今後さらなる研究が必要ではあるが、複雑な図形を正確に描画した魔法陣は、自然界の魔力を集め、魔法を発動させることが”理論上可能”であるそうだ。
ただし、非常に正確に魔法陣を描画する必要があるため、羊皮紙に羽ペンで描いた魔法陣では魔法を発動させることはほぼ不可能とのことだ。また、彼自身、魔法陣を使った、魔法の発動には数回しか成功したことがないそうだ。
魔法陣の例として、土の塊を高速で発射することができる魔法陣の書き方が説明されていた。せっかくなので、私は説明に従い、羊皮紙に筆記魔法で魔法陣を描いてみた。
書き終えると魔法陣が少し光り、先端のとがった土の塊が徐々に姿を現した。よく見てみようと少し顔を近づけたところ、突然土の塊が高速で飛び出した。
危うく死ぬところだった。
土の塊は天井に衝突し、砕けた破片が私に降ってくる。私の前髪も一部切り裂かれたようで、上から落ちてきた破片に交じってプラチナブロンドの髪が羊皮紙の上に落ちている。天井を見ると大きな穴がクレーターができていた。顔に直撃していたら即死だろう。
私は椅子に座ったまま心臓が激しく高鳴るのを感じていた。死にかけたことに動揺しているのではない。ほとんど魔法を使えない私が、強力な魔法を使うことができたことに興奮したのだ。
ニコラス・レヴァンドフスキ。私と同じ姓をもつ謎のエルフは、魔法陣を使って魔法を発動させる方法を研究していた。そして私は、たまたま露店で見つけた彼の著作を読んで、魔法陣を使った魔法の発動に成功した。
本当にこれは偶然なのだろうか。ニコラス・レヴァンドフスキは本当に他人なのだろうか。これは単なる偶然ではなく、運命のようなものを感じた。