仮面
冒険者とオークの戦いが終わった後、私たち冒険者ギルドのメンバーは荘園内の様子を見て回った。
荘園の中でもオークが拠点として使っていたエリアは倒されたオークが散乱し、焼け落ちたオークのテントが散らばっている。かつて荘園の経営者が住んでいたとみられる建物からも火が上がっており、崩れ落ちるのも時間の問題だろう。
一方、荘園の中でも使用人の部屋、納屋、貯蔵庫、地下貯蔵庫、倉庫等があるエリアは、オークがいなかったため、戦いによる影響はほとんどなかった。
「これなら、宿屋に改修するのはずいぶんと楽そうだな。」ルチアーノさんはワクワクしながら建物を見て回っている。
荘園を見て回った後、私たち冒険者ギルドのメンバーは、戦いの結果を報告するためにピラソンへの帰路についた。私は背が低く馬に乗れないので、アンナさんと一緒に馬に乗っている。荘園のほうを振り返ると、倒したオークを焼いているのだろう、煙が立ち上っているのが見える。
無事にオークを倒したというのに、アンナさんは先ほどから一言も話さない。アンナさんは、馬が少し疲れているようだと言って、ルチアーノさんに先に行くことを促し、私たちを二人きりにした。
アンナさんはなんの感情もこもっていない声で淡々と話しだした。
「私の実家 ブランシャール家を襲ったのはおそらく冒険者パーティーさまよえる黒狼のメンバーだわ。
彼らが使った発煙筒と陶器製の武器を覚えているでしょ?きれいに片づけたつもりだろうけど、襲撃を受けたブランシャール家の城にも同じ陶器の破片や発煙筒が残っていたの。」独り言なのか、私に話しかけているのか分からない不思議なトーンで話し始めた。
「ブランシャール家の一族は剣の名手で、私も子供のころから訓練を受けていたわ。そこら辺の冒険者パーティーなら負けるはずがない。魔法使いにだって十分通用する強さだわ。
でも、さまよえる黒狼の動きをみて納得したわ。あれだけ連携の取れた動きは見たことがない。彼らの突然の襲撃にすすべもなく殺されるブランシャール家の一族の姿が脳裏に浮かんだわ。」私には返す言葉が見つからなかった。
「冒険者でも雇って彼らを襲わせようかしら。まあ、無理よね。私の持っている資金では、汚い仕事を受けてくれる冒険者なんていないし、そもそもリーダー以外の素性も分からないのにどうやって依頼を出せばいいのかしら。」彼女は、不気味に一人で笑い出した。私がいることを忘れているかのようだ。
「私は、子供のころから剣の訓練を受けていて、おそらく1人が相手なら倒せる。でも、あれだけ連携の取れたパーティーを一人で相手することはできない。復讐のためには、彼らに関する情報と冒険者を雇うための金が必要だわ。彼らを全員とらえて、ブランシャール家を襲わせた雇い主を吐かせる。」普段のアンナさんからは想像できない怒りに震えた声だ。そもそも、アンナさんが幼少期から剣の訓練を受けていたことは初めて聞いた。一緒に働いているときに見せる、優しく朗らかな表情は、この世界を生きるための仮面なのだろうか。
しばらく沈黙が続いた後、ついに私の存在を思い出したのだろうか、私に向かって声をかけてきた。
「エミーリエさん、この世界ではね、力がないと生きていけないの。もちろん、剣が使える、魔法が使える、そういった個人の力もあるに越したことはない。でもね、本当に大事なものは、目に見える力ではない。
情報と金こそが本当の力だわ。
私たちは情報を集めて、オークの拠点を見つけ出した。
商人や製塩業者たちが資金を出しあったからオークを討伐できた。
もちろん、私一人でも2,3匹のオークなら倒せるわ。でも150匹近いオークの集団を倒すには、剣一本では足りない。オークに勝てたのは、私たちには情報と金があったからだわ。
私の家は貴族で、広い領地があったから金もあった。一族は全員剣の名手で、力もあった。でも情報はなかった。私たちを攻撃しようとしている他の貴族や冒険者パーティーがいるという情報を得られなかった。だから負けたの。
私、最近思うの。冒険者ギルドは、情報と金を集めるのに最適な組織だわ。
冒険者ギルドをもっと成長させて、情報と金を集める。そして一族の仇を討つ。
そのためには、筆記魔法がつかえるエミーリエさん、あなたの力が不可欠なの。」