交渉材料
翌日、ルチアーノさん、アンナさん、私の3人でアントーニオさんにギルドの収支の改善案としてオークが拠点にしている荘園跡地を宿屋に改修して、宿屋の経営を行う案を説明した。アントーニオさん曰く、荘園があるピラソンの北方はいくつかの街道があるが、宿泊できるような村や宿屋はほとんどないため競合は少なく、また夜間オオカミや魔物の襲撃が多いため、野宿ではなく安全な宿屋を利用したいという需要もありそうとのことだった。
荘園の建物は最低限の改修を行い、当面は寝室・厩・倉庫等の宿屋としての最低限の設備だけを用意して経営を始め、宿屋の職員はオークの襲撃で負傷して引退した冒険者に声をかけることになった。また、宿屋の経営が安定するまでは、ルチアーノさんが宿屋に常駐することになった。
帝国がこの地方を支配していた時代に作られた荘園のつくりはおおむね似通っており、主に3つのエリアから構成されている。第一のエリアは、荘園の経営者が居住するエリア、第二のエリアは使用人の部屋、納屋、貯蔵庫、地下貯蔵庫、倉庫があるエリア、第三のエリアは農地である。帝国末期には治安の悪化から防衛機能を備える荘園も増え、石垣や塀で守りを固めているものの多い。
アントーニオさんは事前に冒険者パーティーにオークの拠点の偵察を依頼していたが、彼らによるとオークが拠点にしている荘園も同様のつくりであり、オークは小高い場所にあり石垣や塀で守られた荘園の経営者が居住するエリアのみに住んでいるとのことだった。
オークが住み着いていた場所を清掃するのはかなりの労力がかかるため、使用人の部屋や納屋などがある第二のエリアを宿屋に改修する方針となった。建物の状態は比較的よいため、内部の清掃や穴の開いた床や天井の補修のみで使える状態になるそうだ。
荘園が打ち捨てられてかなりの時間がたっており、農地エリアはほとんど林となってしまっているため、農地エリアの活用は当分難しいだろうという結論になった。ただし、アンナさんの提案で少しずつ農地や家畜の飼育を進め、将来的には食料の販売や飲食店の経営も始めることになった。
私たちは、オーク討伐の資金提供のための交渉に難航していたが、冒険者ギルドはオーク討伐後の荘園跡地の所有権を得る代わりに、依頼の受付料・手数料を一切取らないことを新たな交渉材料として用意したことで無事交渉をまとめることができたのである。