夜中の作戦会議
アンナさんは、そっと椅子から立ちがると窓際に向かった。月明かりが彼女の白い肌を青白く照らし出し、彼女のオレンジ色の髪は怪しく輝いている。
アンナさんは、普段は明るく朗らかで誰にも丁寧で優しい人だが、時折少し悲しそうな表情をしたりや陰のある雰囲気を感じることもあった。先ほど見せた怒りの表情も不敵な笑みも、普段の明るい表情の裏に隠れた彼女の一面なのだろう。
「エミーリエさん、あなたがこの冒険者ギルドで働き始めてギルドの業務はずいぶん効率化されたわ。最初は、依頼主から依頼をヒアリングする際に使う質問表を筆記魔法で作ってもらったわよね。あれのおかげで、経験の浅いギルド職員でもヒアリングの漏れがなくなったし、私も受付料や報酬額の計算もしやすくなったわ。
ほかにも、新人のギルド職員向けのマニュアルを書いてもらったわね。今までは口頭ですべての業務を教えていたけど、マニュアルのおかげでずいぶん効率よく新人教育ができるようになったわ。ギルド職員からもあなたの作ったマニュアルは好評なのよ。ギルドの収支改善もあなたの筆記魔法を使ってできないかしらね。」そう、私は筆記魔法を使って冒険者ギルドの業務を改善・効率化してきた。ただ、今回に限っては、私の筆記魔法ではどうにもならない気がしていた。
「私の筆記魔法は業務の効率化、人件費などの費用の削減には使える。ただ一番の問題はギルドの収益が減っていることだと思う。人件費等の費用を削減する方法より、ギルドの収益を増やす方法を探さないと、根本的な解決にはつながらないと思う。
私が読んだ本の中には、酒場や宿屋を併設する冒険者ギルドがあった。」私は依頼の受付料、報酬から徴収する手数料以外の収益を模索する必要があると考えていた。
「そうね。依頼を受けられる冒険者の数が減っているうえに、経済的な打撃を受けた商人が緊急性が低い依頼を減らしている状況を考えれば、これ以上の効率化を目指しても、限界はあるわね。ただ、この街 ピラソンには酒場や宿屋はすでにあるわね。私たちが宿屋や酒場を始めても利益を出せるかはかなり怪しいと思うわ。」
たしかにアンナさんの言うとおりだ。ピラソンには塩の売買のために毎年多くの商人が訪れるため、他の都市に比べて酒場や宿屋が多いのだ。
「アンナさんは荘園を経営していたと聞いたが、オークの拠点となっている荘園を再生して、経営するのはどうだろう。」
「荘園の経営を始めて安定した利益が出るようにするには、土壌の改良や作物の育成に時間がかかるから7年から10年くらいはかかるわ。だから現実的ではないと思う。」アンナさんも困り顔だ。
お互い考え込んで無言になったところに、突然ルチアーノさんが現れた。
「すまない、立ち聞きするつもりはなかったんだが、ギルドの収支改善について話をしているのが聞こえてしまったんだ。俺もエミーリエの言う通り、新たな収入源を探す必要があると考えている。
二人の会話を聞いていて思いついたんだが、オークの拠点となっている荘園からオークを討伐した後、荘園の建物を宿屋に改修するのはどうだろう。あの場所は、主要な街道からも近いうえに、ちょうどピラソンから荷物を積んだ馬車で11時間から12時間くらいの場所にあるから、宿泊するにはぴったりの場所なんだ。あのあたりの街道を通る商人は、冒険者を見張りに立てて野営しているのだが、宿屋を作れば利用する商人はいるだろう。」
さすがは元冒険者のルチアーノさんだ。この辺りの地理や商人・冒険者の行動に詳しい。とてもいいアイデアだと思った。
「私も賛成よ。それに少しずつ土壌の改良や換金性の高い作物の作付けを始めれば、将来的には荘園としても収益が見込めるかもしれないわね。」アンナさんもルチアーノさん賛成のようだ。
「それじゃあ、ギルドの収益改善案は決まりだな。今夜はもう遅い。解散して寝よう。」ルチアーノさんはそう言ってアンナさんの執務室を出ていった。