決意
私たちのギルドにはオークの襲撃よりももっと重要な問題があった。収支が赤字なのだ。
商会やギルドは年に一度の決算を行うことが一般的だ。在庫や金庫内の資産を棚卸し、出資者に対して、資産を出資比率に応じて分配するのだ。もちろん家族経営の商会や個人で経営しているような零細業者は決算を行わないこともあるが、血縁関係のない複数人が出資している商会やギルドは定期的な決算を行い、資産の分配を行う。
私たちのギルドも年次で決算をするのだが、前回の決算から半年が経過した時点で、資産を棚卸をしようということになった。複数の商品を扱う商人の資産の棚卸は複雑だが、冒険者ギルドの資産はほとんど貨幣であるため、比較的棚卸が容易だ。
冒険者ギルドの経験が長いアントーニオさんとアンナさん、ルチアーノさんの予想の通り、やはり去年よりも赤字幅が拡大していた。
出資した時点の資産は帝国金貨2,100枚だったが、今や帝国金貨は1,900枚ほどだ。その他の貨幣も合わせても、両替比率にもよるがせいぜい帝国金貨2,000枚ほどの価値にしかならない。
赤字幅が拡大している理由は、オークとの戦いで負傷して解散してしまった冒険者パーティーがいくつかあり、依頼を斡旋できないケース増え、手数料が減っているからだ。また、オークの襲撃により経済的な打撃を受けた商人が、支出を減らすために、緊急性の低い依頼を減らしていることも、ギルドの赤字が増えている原因だ。
オークの討伐に成功したところで、すぐに冒険者が戻ってくるとは思えない。また、商人の懐事情もすぐには改善しないだろう。何かしらの対策をしなければ、今年も赤字決算は確実だ。
オーク討伐のための資金集めの交渉が続く中、ギルドマスターのアントーニオさんは、ギルドの業務終了後、ギルドの出資者を集めこう切り出した。
「すでに話した通り、このまま何も手を打たなければ、今年も冒険者ギルドは赤字になるだろう。そこで、みんなに今後のギルドの収支改善の案を考えてほしいんだ。赤字が続けば、将来的には出資者がいなくなり冒険者ギルドの存続が危うくなるかもしれない。」
私たちは、3日後までにギルドの収支改善の案を各自考え、持ち寄ることになった。
私たち出資者は、血縁関係もなく友達でもない。私たちは金でつながっている関係だ。私たち出資者は、一定の利益があることを見込んで、冒険者ギルドに出資し、一緒にギルドを運営している。赤字が続けば、だれも冒険者ギルドには出資しようとは思わないだろう。
金でつながっていると聞くと、淡白で冷淡な印象を受けるかもしれないが、私は、金でのつながりであることに安心感を感じていた。
エルフは、各々が持つ技術や知見、経験を軸につながりを作る。魔法、歌や詩、数学、哲学、武術など長命の種族である我々は、生涯をかけて技術を磨く。エルフは技術を高めあい、切磋琢磨するために他のエルフとつながりを持つ。
エルフの結婚は、人間社会で見られるような政略結婚や恋愛による結婚は非常にまれで、相手の魔法や優れた研究、技術への尊敬から結婚することがほとんどだ。そのため、代々魔法使いを輩出する家系、数学者を輩出する家系等々が出来上がるのだ。
恋愛感情のような不安定で不確かな繋がりでは、100年、200年と長い月日を一緒に過ごすことは難しいだろう。互いのもつ魔法や技術を尊敬し合い、高めあうことで長い時間を共に過ごすのである。
エルフの家族は、人間世界でいう研究機関のようなものだと思う。エルフが子供へ愛情を持つ理由は、子供に両親から受け継いだ才能があるからだ。子供は血が繋がっているから愛情が注がれるのではなく、才能ある弟子、そして将来ともに技術を磨きあう求道者として愛されるのである。
私に魔法の才能がないことを悟った母は、早々に私への関心を失った。代々優れた魔法使いに生まれた母は、魔法の才能のない子供など、赤の他人以下の存在なのだろう。
エルフが他種族に関心があまりないのも同様の理由だ。他種族は短命で、彼らがもつ知識や技術は、エルフから見れば無いに等しいのだろう。エルフは他種族から学ぶことなどほとんどないと考えている。
このようなエルフ社会に比べると、人間には多種多様なつながりがあると思う。友情、血縁、地縁、恋愛感情、利害関係などなど様々なつながりがある。
私たち冒険者ギルドの出資者は、利害関係でつながっている。利益さえ出ていれば、出資者のつながりは続く。
なんの取り柄もない私はエルフの社会では完全に無視される存在だ。家では空気のように扱われ、職も得られず、結婚など論外だ。そんな私でも、人間社会では、冒険者ギルドに出資し、利害を共にすることで、アントーニオさん、アンナさん、ルチアーノさんと一緒に過ごすことができるのだ。
私は、冒険者ギルドに出資し、そこで仕事をすることで、生まれて初めて私の居場所といえる場所を見つけることができた。私の居場所を守るためにも、何としても冒険者ギルドの経営を改善し、赤字が続く今の現状を打破しようと決意した。