表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/22

紙呪〜shisyu〜 その8

*** はなちるさと・大波 武 ***


玄関先で出迎えた(たける)若月(わかつき)

香奈(かな)は背後に、もう1人女性を連れていた。

柔らかい雰囲気の香奈と対照的な人物だった。目鼻立ちのしっかりした、仕事の出来そうな美人といった印象か。ピタッとした、体の線がよくわかる服を着ており、武は密かに鼻の下を伸ばした。

「昨日はお世話になりました。あの、今日は私ではなく、この子が相談したいって……」

香奈は店の奥をちらりと見た。(れい)を探しているのだろうか。

「とにかく入って。あ、スリッパでお願いね」





礼は3人で囲っていたテーブルを離れて壁際に移動し、武は3方向にあった椅子を奥に2つ並べて置くと、礼の横に移動した。

「あ……」

何かに気づいた武が小さく声を上げ、礼に耳打ちした。

「昨日、礼さんの後ろでうどん食べてた、話を聞いてた方の人っす」

武の言葉に頷いた礼は、腕を組みながら香奈に顔を向けた。

「呪いを連れてきたな」

恐ろしく端正な顔で静かに言う礼に、武は少し肩を竦める。

香奈は連れてきた女の肩を、そっと支える様に手を添えて礼を見る。

「やっぱりそうですか」

そう言うと女の肩を励ますように()で、椅子まで誘導した。

女は椅子に座ると、顔を覆って泣き始める。

「またこれか」

礼がうんざりした口調で小さく言った。

聞こえたんじゃないかとヒヤヒヤした武は、香奈に目を向けて様子を伺う。香奈は泣いている女の背を撫でながら、彼女に何か(ささや)いている。

励まして、慰めて、大丈夫だと繰り返しているようだ。

入ってきた時には、泣きそうな感じでもなかったので、少し驚いて様子を伺う。

香奈が何事か確認しているようで、女は泣きながらも頷き、それを受けてこちらに、というよりは、礼に顔が向く。

「彼女は同じ会社の同僚で佐間(さま)さんと言います。部署が違うので、顔と名前を知っている程度でしたが、お昼の休憩の時、石をデスクに出していて……私の持っていた石と似た様なデザインだなって、最初は通り過ぎたんですけど、少し気になったので声をかけてみたんです」

礼は無言で頷き、続きを促す様に香奈を見た。香奈はハンカチで包んだ石を、手で触れないようにしてテーブルに置く。

「保護の結界……」

礼の呟きが聞こえる。

そのハンカチが薄い保護膜で覆われている事をこの時、礼の視界は捉えていたらしい。その保護膜は、若月が作り出す結界術に近い色をしていたと、後に武は聞いた。

「自分で購入を決めた私と違って、これは……」

香奈は一瞬言い淀んで、泣いている女に声をかけてから説明を続ける。

「会社のこと知らない人達だから言うね。佐間さんが密かに好意を寄せている、営業部の男性から貰った物だそうです」

嫌そうな顔をした礼から、冷たい声が飛ぶ。

「男が石をプレゼントした?つきあってもない女に?」

「研修のお土産だと言ったようです。クレーム対応のお礼を兼ねてと」

「へぇ。その子が自分に好意ある事知ってたんなら、なかなかやる……ん、待てよ」

礼は顎を自分の手で掴んで考える。ふと香奈に顔を向けて問うた。

「その男、香奈と石を共同購入したって同僚だろ」

香奈は礼と視線を合わせる事なく、ただ静かに頷いた。

「え!女の人じゃなかったんすか」

恋愛関係の石なら、共同購入は女だろうと勝手に思っていた。もしかすると、礼に知られたくなかったから、あえて言わなかったのかと思い、香奈の様子を見る武。

「女の子みたいな外見の子なんです。だから、なんか同性みたいな感じで仲良くしてて……」

香奈はそう言い訳すると、説明を続けた。

「私達が購入した石には、小さなチャームが付いていて、その形状によって効果が変わると書いてありました。ハートは恋愛、ダイヤは金運、クローバーは勉強でした。それを肌身離さず付けて過ごすという、説明書があったんです」

武はテーブルに少し顔を近づけて石を覗き見る。そこにはスペードのチャームがついていた。

「スペードっすね。これはどんな効果があるっすか」

香奈は少し言いにくそうにしていたが、泣いている佐間から顔を遠ざける様にして、武に向かって小声で言った。

「私の持っていた説明書によると……これは呪いたい相手に送ると書いてありました。スペードは死を意味しています」

ますます激しく泣く佐間。聞こえない訳ないかと武は思いながら、その背中を必死にさすって大丈夫かと聞いている香奈を見ていた。

「確認するが、石を購入したのは、男の方だな」

礼の問いかけに、こちらを振り向かずに頷く香奈。

仲の良い男性社員がいると、礼に知られた気まずさからだろうか。泣いている佐間に集中している風を装っているように、武には見えた。

そんな様子を、欠片も気にする素振りのない礼が口を開く。

「その広告を見せて来たのも、その男だろ?共同購入と見せかけて、そいつが用意した呪いの道具かもしれないな」

海秋(うみあき)さんはそんな人じゃありません!」

佐間はそう叫ぶと、わっと伏してまた泣き始める。あまりの剣幕に、背中をさする香奈の手が離れる。しかし礼の質問は香奈に向けられたものだ。そのまま思い出そうとしているのか、少し俯いて目を彷徨(さまよ)わせる。ややして首を振ると、やっと顔を礼に向けて言った。

「広告を見せたのはむしろ私の方です。……ただ、誰かにさりげなく見せられていた可能性はあります。資料に紛れていた雑誌に付箋が貼ってあったり、休憩室にチラシが落ちていたり。何度も目にしたので、流行っているものなんだろうな、とは思っていました」

紙呪(ししゅう)がそこにも使われていた可能性があるわね」

来客用のコーヒーを持ってきた若月がそう言い、礼はそれに頷いた。

「作意を感じるな。その海秋って奴が元凶なのか、そいつも利用されているだけかは分からないが……どんな奴か興味あるな」

その言葉に若月は頷き、礼は嫌そうに眉根を寄せた。

「海秋さんがそんな事をする理由が分かりませんし、彼にそのような嗜虐的(しぎゃくてき)な性格が隠れているようには見えません。小柄で可愛らしい容姿の人で、愛想が良くて、人当たりも良いので、社内ではかなりの人気者です。それに、この石は純粋に利害の一致で購入したんです」

「小柄で可愛らしい?」

礼の呟き。

「利害の一致?」

若月からは疑問が飛ぶ。香奈は先に礼を見て頷くように 言う。

「同期で仲良しですが、彼を男性だと意識した事はありません」

そして若月に向かって続ける。

「私は、その……ハートのチャームの石が欲しかったし、海秋さんは金運のダイヤと、何かの資格を取ろうとしているようで、勉強のクローバーが欲しいと言っていました。単品購入より、セット購入のほうが単価が半分くらいになるので、かなりお得だって盛り上がったんです」

「じゃあ香奈ちゃんがハートを、残りを海秋って彼が持ってるのよね?」

「それは、そうなんですけど……購入した時、言ってたんです。スペードはあっても仕方ないけど、どう処分したら罰があたらないかなって。本当に心配していた様子だったので、それを使ったなんて考えられません」

「実際使われてんだろ、スペード」

礼から呆れたような声。さらに若月も同調する。

「そうよね。フェイクでそう言ったのかも。でも、それを自然に出来て、相手に信じ込ませるなんてヤバい奴よ。アイテムに込めた呪いの精度は高いし、なかなかの実力者だわ」

「だから、海秋さんじゃないわ!」

突然顔を上げて叫ぶように言う佐間に、若月と礼は顔を見合わす。言い終わると佐間は再び泣き伏した。

香奈はそんな2人の様子を見ながら、その場の空気を変えるように口を開いた。

「私には呪いがどんなものか分かりません」

だから、と言い置いて香奈は続ける。

「私みたいに音の怪異がないか聞きました。そうすると同じ様な怪異に悩んでいたんです。確認したら、佐間さんも香木をもらっていました。ただ、こっちは海秋さんにではなく、私と同じように別の女性同僚からです」

女性を強調するように言った香奈。

「その香木は?」

礼が香奈に聞く。

「家にあるそうです」

「行きましょう!」

張りきって言う武に、若月が確認する。

「今から?」

「早いほうがいいっすよね?」

「まあね。この石は、ここで砕いてもいいかしら?そんなに強いものでもないから、それで呪いは消えるけど」

香奈は若月に頷いてから質問した。

「怨霊は香木の方ですか?話を聞く限り、音の頻度は私より多いんです」

「怪異の始まりはいつ?」

「3ヶ月は前だと思います」

「そんなに長い間、辛かったっすね」

武が言うと、佐間は一瞬顔を上げて周りを見た。ただでさえ濡れてる瞳にみるみる涙を溜めると、さらに声を出して泣き始める。

「わ、ど、ど、どうしましょう、オーナー!」

若月に助けを求めるもただ頷かれただけで、どうして良いのかわからず、慌てて礼を見た。

「放置か抱きしめるかの2択だろ」

「あわわわわ!」

礼の冷静な声に、武の慌てるような混乱したような声。

深いため息は若月から。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ