紙呪〜shisyu〜 その4
*** はなちるさと・大波 武 ***
警戒するように物体を見ていた武だが、礼の手から最後の欠片のようなモノが落ち、そのまま蒸発するように消えていく様子を見て、大きく息を吐き出した。
「よかったっす。にしても、なんで突然こんなものが出てきたんすか?」
脱力したままの武が、礼に顔を向けて問う。
「この女が運んできたんだろう。タイミングが悪い事に若月の結界が弱まっている。さっきの封印が原因だろうが、偶然か?」
今度は礼が若月に顔を向けて問う。それを受けた若月はガラス玉を取り出して頭上に掲げる。
「偶然だと思いたいわね。さっき封印したのはここに現れたんだもの。湊さんから聞いていたモノかもしれないと思って封印したのよ」
聞き慣れない言葉に、武は若月に顔を向けて質問した。
「湊さん?」
しかし武の疑問に答えたのは若月ではなく、礼だった。
「オレの親父」
「え!」
驚いている武を無視して、礼は若月に近寄った。
「ちょっとそれ見せて」
ガラス玉を若月から受け取り、陽に翳したり、下に向けて覗き見たりして調べている礼。武は若月に顔を向けて、食い入る様に質問した。
「聞いてたモノってなんすか?」
「礼の家に代々引き継いできた呪いについてよ。解呪のヒントになればいいんだけど、なかなか上手くいかないものね」
「えぇ!礼さん呪われてんすか」
ガラス玉から目を離し、武を一瞥した礼。
「悪いか」
そう言うと、若月にガラス玉を返し、首を横に振った。
「いや、悪くないんすけど……なんか意外っす」
武はそう言って若月を見た。
「呪われるとどうなるんすか?」
「それは呪いの種類にもよるけど……礼のは早世の呪いね。今はあたしの保護で留めているけど、解呪は一族の悲願でしょう」
「一族?礼さんだけが呪われているんじゃなくて、家族ごとっすか?」
武の疑問に答える礼。
「代々、呪いは当主に引き継がれる」
当主という言葉に、武はゴクリと唾を飲んだ。先ほどの呟きにも、傍流とか本家とか、武からすれば壮大な響きが混じっていた。
「礼さんって、何者なんすか」
若月は片手を優雅に持ち上げて礼に向け、厳かな雰囲気を出して武に言った。
「神宝十家門主要4家の1。安堂寺家の現当主よ」
「ええ!なんか凄いっすね!」
嫌そうな顔で若月を見た礼は、武に顔を向けて言う。
「家出中だけどな。若月だって当主みたいなもんだろ」
「え!オーナーも?」
「あたしは当主じゃないわよ。父が現役で頑張っているもの」
礼が呆れた声で言う。
「一番デカい派閥の次期当主だろ」
「継がない選択のために、ここにいるのよ。神宝嫌ぁい。コーヒー入れ直してくるわ」
手を振って立ち上がる若月。
2人のやりとりを見ていた武は、ふと首を傾げてポツリと呟く。
「礼さんが当主って事は、お父さんは引退してるっすか?」
「……死んでる。オレが11の時に。先代が亡くなった事によって、オレに呪いが移った」
なんとなくで聞いた武は、自分の言葉に項垂れる。
「なんか、すんません」
「気にすんな。もう7年も前の話だ」
気にするなと言われたが、武は二の句を継げなかった。
そうか、7年前に死んだのか。11歳なんて子供だし、当主なんて言われても困っただろうなと、心の中で考えていて、ふと年齢に思い至る。
「え?」
「ん?」
「ええぇ!」
「なんだ」
「礼さん、今、18っすか?」
ちょうど戻ってきた若月が、今更とでも言いたげな顔で言う。
「あら、知らなかったの?礼は現役の大学生よ。この春からね。だからここも土日がメインでしょ」
(4つも年下に敬語で話してたんだ。しかも、何回も奢ってもらってる)
冷や汗が出そうな心境の武。気まずさから、周囲に視線を彷徨わせた。
ふと、目に止まったのは倒れたままの女。
「あ、忘れてたっす!」
女に駆け寄ったものの、触れても良いものか判断できず若月を見た。
「この人、どうしましょ。これって、気絶っすか?」
「意図的に放置していたんだが、演技で倒れているようでもないな」
礼も女のそばに近寄る。女を見下ろし、自分の顎に手を当ててじっと観察しているようだ。
「よし、起こしていいぞ」
「はいっす!」
ほとんど条件反射のように元気よく返事した武。その場でしゃがんで女の腕を力強く揺する。女に声をかけながら、礼への態度が改まることはなさそうだと思い知った。
「大丈夫っすか〜」
「オレが言うのも何だが、お前、雑だな」
「そうすか?」
不思議そうな顔で見上げる武の横まで来た礼は、片膝をついて女の肩下に手を差し込み、半身を抱き起こして声をかける。
「そろそろ起きろ。怨霊は取ったが、呪いは進行中だぞ」
「こ、この人、呪われてんすか!」
武がざっと距離を取る。
「呪いは怨霊みたいに簡単に取り除けない。原因が分からないとどうしようもないから、さっさと起きて話せ」
礼はそういいながら、女の額に人差し指を当てる。すっと下に引きおろすと、女の目が静かに開いた。
「大丈夫か」
「……」
ぼんやりと礼を見る目は、まだ自分の状況が飲み込めていないようだった。距離が近すぎて戸惑っているのかもしれない。状況把握にしばしの時が必要だろう。
「今度はあたしが優しく聞いてあげる。まずはゆっくりコーヒーでも飲んで」
そう言って若月は椅子に座り、礼は女を抱き起こしてその対面に座らせた。自らは壁に背を預け、足を交差させて立つ。腕まで組んで様子見の態勢だ。
武はどうしようかと店内を見回したが、何かあった時に守ってもらえそうだと判断し、礼の横に移動して立った。
直立不動の武に、壁にもたれて少し屈伸した礼の頭が横並びである。
「これね、原因は。ふうん、紙呪だなんて生意気」
テーブルに放置されていた手紙を掲げて礼に見せた若月。
「読まなきゃよかったよ」
礼がため息と共に言うのを聞きながら、若月は手紙を小さく畳んでガラスの箱に入れた。どこから取り出したのか、金の小さなシールの様なモノで封をすると、礼に向かって言う。
「2重の紙呪ね。封と手紙、それぞれに仕掛けられているわ。それに今回は先入観も邪魔したわね。結界内に怨霊は入って来れないって思ってたから」
礼は首を振りながら言う。
「結界張ってても融合してたら通すだろ?どのみち、紙呪が発動しなくても、呪いに隠れて見えなかったと思うぜ。狡猾だな」
「ちょ、ちょっと待ってください」
武は思わず叫んだ。
2人の理解が進むのは良い事だが、自分も女も置き去りだ。
「紙呪ってなんすか?封を切った時、何が起きたんすか」
両肩を竦めた若月が答える。
「呪いの一種よ。紙を媒介したもので効果は多種多様。今回のは軽い錯乱のようなものだったわ。いつもの行動が乱されたわね。あたしが話を聞くべきだったのに、何故か礼に託してしまったのよ」
「切ると同時に発動する厄介なやつだった。それまでは気配すらもなかったのに」
礼が付け加える。
「えっと、その人は呪われてんすよね。怨霊憑きでもあったってことっすか?」
女を見ると青ざめた顔で、自分の両腕を抱きしめるようにしていた。
「怨霊が呪いに隠れていたんだ。だがそれだけじゃない」
礼がそう言って、天井を指差す。
「本来、この場所は若月が建物ごと結界を張っている。若月自身の能力による結界と、護符による結界があったはずだ。どちらかでも活きていたら、融合もしてない憑いてるだけの怨霊が入って来れるはずないのに、オレ達は突然襲われた」
「結界、2つとも解いていたのよ。さっきの封印に絡んでね。今は屋上の護符も剥がしてあるの」
「屋上の…………」
礼の呟きに、視線を若月から移した武。しかし声が小さすぎて、屋上しか聞き取れなかった。
「大丈夫なのか?」
何が大丈夫なのだろう?
「短時間だから大丈夫よ。この後すぐに確認しに行くわ」
若月の言葉に頷いた礼。
「頼んだ。それにしても、見計らったようなタイミングだな」
礼の言葉に、肩を竦めながらヤダヤダと首を横に振る若月。
「加えて手紙に仕掛けられた紙呪か。こっちは封と違って、読むと発動するタイプだな。怨霊が見えなくなる仕組みだろう。何も憑いていないか見ようとしたが、見れなかった。武も襲われたのに見えてなかっただろう?」
確かにと、武は大きく頷いた。
「礼さんは途中から見えてたんすよね?」
「ああ。おかしいと思って視界を調整したからな」
「調整なんてできるんすね。凄いっす!」
「武もやってみれば?」
「今度チャレンジしてみるっす!」
どうやってと武は思ったが、先に別の疑問をぶつけるべく口を開いた。
「金のカード、どうして破ったんすか」
「武はカードの使い方、ちゃんと知らないんだな」
「持ってるだけじゃ駄目なんすか?」
なるほど、と礼は呟いて若月を見た。女にコーヒーを勧めていたので、目が合わない。諦めたように息をついて、武に顔を向けた。
「灯滅せんとして光を増すって事だな」
「と、とう?」
武は何のことか分からないと表情に出して礼を見る。
「あのカードの効果は?」
礼は武にそう問いかける。
「怨霊を寄せ付けない結界っす!」
「そう。ただし全身はカバーできないし、力の強い怨霊だと効果がないだろう?呪いも跳ねつけないしな」
「マジっすか……どれくらいの範囲なんすか?」
「半身が限界だな。尻にさすんなら今回はまぁ、ギリいけんだろ」
ホッと安堵の息をついた武に、礼はさらに説明を加える。
「蝋燭の火が消える時に、一瞬明かりが大きくなるって聞いた事ないか?それと同じだな。破くと短時間だが強力になる。座っていれば自分くらいはカバーできる」
「そんな使い方があったんすね」
感心したように言う武に、礼は説明を続ける。
「呪いはかなり進行している様に見えたから、呪いが魂を侵していないか、見ておこうと思って破いた」
親指で女を指す礼に、武は目を丸くして言った。
「魂?そ、そんな物、見れるんすか」
「まあね。ただし、これはオレだけの厄介な体質で、見るためには自分の霊体や魂を守っている保護を犠牲にしなきゃいけない」
礼は武にそう言うと、女に目を向けて続ける。
「完全に自分の保護を解いた時に違和感があった。見えている訳じゃないからただの勘だが。肌が危険を察知したんで保護を戻して視界を調整した。そうしたら、怨霊が若月に飛びかかろうとしていたって訳だ」
目を丸くした武が礼を見て、次いで若月に向かう。
「カードの守備範囲は、オーナーまで届かなかったって事っすよね?」
「そうだ。ま、事前に作り置きした道具だからな。思う様に動く訳ないか」
「今後の課題ね」
若月はそう言って溜息を零し、目の前の女に視線を向けて微笑んだ。