表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/22

紙呪〜shisyu〜 その3

*** はなちるさと・大波 武 ***


「じゃあ、始めようか」

(れい)は先に椅子へ座ると、もう一方を女に(ゆび)差して座るように目で合図し、手紙に視線を落として読み始めた。

(たける)は礼の後ろに控えるように立ち、おずおずと入ってくる女に、どうぞどうぞと(なご)かに手招いている。

女は礼の正面に座ると不安そうな顔を向けた。

「あれ?その制服って……」

武は女の制服が、昼食中に見たものと酷似している事に気がついた。白いシャツの襟元(えりもと)から覗く素肌に、金のネックレスチェーンがチラリと見え、隠れたオシャレのようでドキドキした。

うどんを(すす)っていた女性は綺麗系だったが、こっちの人は可愛いらしいな。そんな事を考えていると、顔がにやけてくる。世間話でもして、話を広げてみようかと思ったが、礼が手紙から目を離したのでやめた。

武は2人の表情が見えるように少し離れ、テーブルの中ほどに移動する。そこから改めて礼の顔を見ると、目を細めて女を見ている事に気がついた。

(あれ?礼さんって目が悪かったっけ?)

少しだけ首を傾げた武。ややして、礼が静かに口を開く。

「で、お前はここをどうやって調べて、何で辿り着いた?物部(ものべ)さんからお前のような存在は聞いたことがないんだが」

礼の口調は静かで怒りは感じなかったが、冷たい響きを隠そうともしない。びくりと肩を(すく)める女。そのまま下を向いてしまったので、礼が再び口を開く。

「封はされていたが、何が書かれているのか自分では読んだのか?」

少しだけ顔を上げた女が、か細い声で言う。

「い、いえ。勝手に開けて読むわけにはいきませんので。でも、内容は怪異についてでは?」

礼はこめかみをトントン指で叩きながら、じっと女を観察する。武はピリッと部屋の空気が張り詰めたように感じた。

「本当は誰の差金だ?」

「え、あ、あの……」

泣きそうな顔の女を見て、武が助け船を出す。

「礼さん、それじゃ尋問っすよ。もっと優しくヒアリングしましょう」

武の方は全く見ないまま、礼は片肘をついた手に顎を乗せた。放り投げるようにして手紙を女の前に置き、冷たい声色で言う。

「読んでみるんだな」

女は震える手で紙を持ち上げ、読み始めた。

静かな店内にかそけく響く紙の音。

それはやがて、かさかさと鳴り小刻みに震える音に変わった。

「……これって」

赤面した顔の女は、手紙をテーブルに落として、両手で顔を覆って震えている。

泣いているのか、羞恥に震えているのかはわからなかったが、武は驚いて2人を交互に見て、手紙を上から覗き込んだ。

「読んでいいぞ」

武は言われるまま手紙を取って読む。

そこには、怪奇現象に困っている女を行かせる事と、その経費はすべて物部家が負担すること、そしてその女こそが礼の婚約者である事が記載されている。

「婚約者さん、なんすか?」

武は盛大に首を捻って、礼に手紙を渡しながらそう言った。

「そんな訳ないだろう。顔も名前も知らない女と婚約するほど困ってねえ」

礼は手紙をテーブルに投げる様に置いた。

「傍流が本家の婚姻に口を出せるはずもないんだが、この手紙は物部家からで間違いないだろう。何故こんなものを出したのか、裏が読めなくて気持ち悪い」

憮然とした表情で言う礼は、女に冷たい目を向けて言う。

「震えても泣いても答えにならない。経緯を詳しく話せ」

「あ、あの、私……こんな事が書いてあるなんて思ってもみなくて、その……」

「弁明はいい。知りたいのは経緯だ」

ぴしゃりと言い放つ礼の声色は、武が聞いていても肝が冷えるようだった。

女は声を殺して泣いている。とても話せる状態ではない。

「あぁ、やっぱりこうなるのね」

呆れたような若月の声を聞いた瞬間、武は救いを求める様に顔を向けた。張り詰めた空気も、若月が登場したおかげでずいぶん和らいだ気がする。

「ほんと、なんでこんな女にも容赦ない、冷たい奴がモテるのかしら。せめて愛想笑いくらい覚えなさいな」

トレーに乗せたコーヒーをテーブルに置いた若月は、呆れたように礼を見下ろす。

それを完全に無視した形で、礼は女に問う。

「いつ、物部の遠縁だと知った」

女はびくりと肩を震わせたが、顔を覆っていた手を下ろし、勇気を振り絞るように口を開いた。

「この、手紙を……もらう、直前です」

ぽたぽたと落ちる涙。しかし泣き崩れる事はなく、グッと手に力を入れて耐えているようだ。

「なら、周辺に異常が起きてからだな」

女はしばし間を置いて、ゆっくり頷いた。

「お前は呪われている可能性がある」

「え……」

女はそのまま固まる。

「呪われている?」

「え!呪いなんすか?」

若月と武はほとんど同時にそう言った。

目を見開いて礼を見る女。目に溜まった涙がぼろっと溢れたが、新たな涙ではなさそうだ。

「若月、(なぎ)に入るぞ。武、さっきのカード貸して」

礼はそう言って武を見て、金のカードを要求した。

武は慌てて尻から財布を抜いて、金のカードを出す。

受け取った礼は、それを躊躇(ためら)いもせず破いた。

「なんて事するんすか!さっきもらったばっ……」

慌てて声を上げる武に、礼は静止を求めるように手を挙げた。

黙った武は礼から目を離し、涙目で若月をじっと見つめる。その目を見た若月は仕方ないといった表情で頷くしかない。

礼は破れた金のカードをテーブルに置くと、じっと女を見つめる。

女は驚きすぎたのか、涙は止まっていた。

じっと見てくる男にどう反応していいのか分からず、頬を染めるだけで固まっている。

礼は視界を調整する様に目を大きく開けたり、細めたりしながら、じっと女を見ている。

赤面する女と、礼の様子を交互に見ながら武は思った。

(あんなにびびってたのに、見られて照れるんだな。やっぱ男前だから?)

(うらや)ましく思いながら礼に目を向けると、ピクリと動いたような気がした。

その直後……

「まずい!」

突然椅子から立ち上がった礼。背後の若月に飛び掛かると、そのまま押し倒した。

若月と礼が床に倒れて伏している中、何の反応もできずにいる武。落ちるマグカップがスローモーションで見え、茶色い液体が床に広がる。女も気づくと床に倒れていた。


「効果範囲が狭い!せめてこの3倍はないと使い勝手悪い」

両手を床について体を起こした礼は、その真下にいる若月に叫びながら訴えていた。そしてすぐ、はっと気が付いたように武へ目を向ける。

「しまった」

素早く立ち上がり、武に向かって手を振りかざすと、勢いよく振り下ろした。

しかしその手は何も掴まず、慌てて頭部を抱えながら避けた武によって宙を切る。

「なんすか!なんすか!」

必死に叫びながら言う武に、礼は盛大な舌打ちをした。

「避けるな」

「そ、そんな事言われても!」

武はそう抗議したが、再び礼の手が振り下ろされるのを確認すると、ぎゅっと目を閉じて覚悟した。

「?」

いつまでも来ない衝撃に、薄く目を開ける武。目の前に礼の手があり、それが小刻みに震えているのを見た。

「礼さん、何か掴んでます?」

「おう、ばっちりな。融合してないから()がしてやってもいいけど」

武の薄く開いていた目は、そう言われて全開になった。

「剥がすとどうなるっすか!」

「気絶するほど痛いが、寝込むほどではない……はず」

「はず!?」

目を()いて礼を見る武。そこに冷静な声が降る。

「個体差があるからそうとしか言えない。それが嫌なら気張って弾け」

「ど、ど、どうやって」

「自衛の結界は?」

「張れます!」

「すぐに実行」

「は、はい!」

武は即座に目を瞑って、胸元に力を入れる。ぷるぷると体を振るわせ集中している。

「顔の前になんか抵抗があります」

「鼻、吸われてるからな」

「ええぇぇえ!」

「いいから集中しろ」

「はいぃ」

すっと目を細めて様子を見ていた礼は、武のこめかみが無意識にピクリと動くと、待っていたとばかりに口を開く。

「弾け!」

「はい!」

グッと力を入れた武。バチっと大きな音がして、平手打ちされたような衝撃が走る。

「いってー!」

鼻を両手で覆い、床に膝をついた武が、片目だけを開けて礼を見上げる。

「痛いじゃないっすか!」

「痛くないとは言ってない。気絶はしなかっただろ?」

その手にぐったりした蛇のような黒い物体を持ちながら、武を見下ろしている礼。

「あ、見えた!それ、なんすか」

「ずいぶん変形しているが、ごく一般的な怨霊だな。若月、さっきのせいで結界弱まってないか?」

手に怨霊を持ったまま振り返った礼に、床を拭いていた若月は、さっと目を手で覆った。そして悲鳴に近い声で言う。

「やだ、そんな気持ち悪いもの、こっちに向けないで!」

「じゃあ、こいつは消してOK?」

「OKよ!」

礼は頷くと、手に持っているものを握りつぶした。

長く黒い物体が2つに分かれ、床へと落ちるのを見て、武は膝立ちのまま後退(あとじさ)る。何も聞こえなかったが、ボトボトと鈍い音が鳴っていそうな景色だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ