表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/22

紙呪〜shisyu〜 その14

*** はなちるさと・大波 武 ***


「小物に遭遇した」

戻ってきて早々、(れい)はそう言って(たける)を見た。

「?」

どうして見られているのか分からない。

「ま、いいや」

ため息混じりにそう言った礼は、さっきまでいた場所に戻ると壁にもたれた。香奈(かな)も先ほどと同じ椅子に座り、若月も座ると指を鳴らして言った。

「さて、考察の時間よ。どっちが先にやる?」

「あ、大波さんからどうぞ。1週間分の疑問があると思いますので」

香奈はそう言って、武に話を譲る。しかし当の本人は、難しい顔で首を傾げた。

「疑問……疑問っすね。いや、何がなんだかっす。1日、寝てただけって感じで……」

ゆえに何を聞けばいいのか思い付かない。武はそう思って頭を掻き、一堂を見渡す。

「えっと、直近のことでもいいっすか」

若月の頷きを確認すると、さっそく質問に入る。

「なんで降霊みたいな危ないことやってたんすか」

武の言葉に香奈が目を丸くして言った。

「え、危ないんですか?」

当然のように頷いた武がそれに答える。

「そりゃそうっすよ。降霊するって事は、自分を依代(よりしろ)にするって事っすから。めちゃくちゃリスキーな手法っすよ。何が楽しくて、自分から怨霊に体差し出すんすか」

「そ、そうだったんですね。私、()かれるって事がまだよく分かってなくて……」

香奈の溢した言葉に、若月(わかつき)が答える。

「状態が同じなのよ。意図的に降ろそうが、無意識で憑かれようが、気力負けしたらじわじわ霊体が侵されていくわ。自我のある怨霊ってのは、常に生きている人の魂を狙っているのよ。魂は霊体が保護しているから、そう簡単にはいかないものだけど、融合が始まるとちょっと面倒よね」

武もうんうんと頷いて口を開く。

「古杣だって怨霊っすからね。変なきっかけで木から離れて、香奈さんに取り憑いたかもしれない。だからすぐに家まで行ったんすよ」

「そうだったんですね。私は無自覚でしたが、あの時すでに他の怨霊に憑かれていたんですよね。さらに取り憑かれていたらと思うと……怖いですね」

香奈はそう言ったが、武は首を横に振って言う。

「追加はないっすよ。あの蛇みたいなのが憑いてたら、他の奴は憑けないんす。でもこの店に来た時祓ってしまったから、家のヤツにもチャンス到来っすよ」

「1人に継続して憑く事だって簡単ではないんだけど、武のような事もあるから油断できないわね」

若月から補足が入る。武が病院に運び込まれた経緯を聞いて知っていた香奈は、改めて自分の身に迫っていた危険を知ったのか、胸元でぎゅっと手を握っている。ややして顔を若月に向けて言った。

「おかげで、こうして無事でいられたんですね。もし、取り憑かれていたら、今こうしていないかもしれないって事ですよね?」

「最悪の場合はね。通常はそこまで急激な変化はないのよ。年月をかけてジワジワ侵されていくのが普通ね。それに取り憑かれて日が浅ければ、少ないリスクで取り除く事もできるわ」

「でも、取る時めちゃくちゃ痛いっすよ」

武がそう補足すると、若月は肩をすくめて言った。

「融合してなければそこまで痛くないわよ。鼻(かじ)られた時でしょ?武の体験した痛みなんて、瞬間的なものだもの」

「あぁ、それでさっきも痛いって」

香奈は納得したように頷く。

「さっきってなんすか?」

「1階で合流した時、頭に黒く揺らめくモノを付けていたので、てっきり古杣が憑いているのかと思いました。1週間寝込んでいたと聞いたので、大丈夫なのかなって」

「あ、頭に?はっ、まさかあの店の……」

困惑したような声の武に、礼が呆れ顔で言う。

「なんだ、気づいてなかったのか」

「鴨南蛮に夢中でした」

反省の意を込めて俯く武。香奈は首を傾げて言う。

「ここに戻ってくる時に見た小物って、大波さんに憑いていたモノですか?」

確認のため、香奈の顔が礼に向かう。

「そうだろうな。残滓(ざんし)と同じ色してたし。武は今、弱ってて憑かれやすからな。さっきのやつ、こっちには寄って来るが、同僚には気づかなかっただろ。能力がないと見つかりにくいって利点もある。だが武は今、見つかりやすく、憑かれやすい」

少し青ざめた武。哀れみの表情をした香奈の視線が居心地悪い。

「つまり俺は鴨南蛮に感動中に、あのずっと動かなかった店の怨霊に取り憑かれたって事っすね。あれ?それがなんで急に消えたんすか?」

「弾かれただけだろ」

「?」

「いや、若月の結界内に入ったから」

あ、と声にだしたのは武も香奈も同時だった。今度は香奈が質問する。

「それで、まだ入口付近にいたんですね」

礼は頷いて武を見る。

「元々あまり動けないヤツだから、放置していたらあの場に留まっただろうな。武がなぜ放置しているのかと思ったが、気がついてなかったのか」

「痛みはあったんすけど……」

「小物だからな。そんなもんだろ」

ちょこんと上に乗っているだけではあの程度のなのかと、武は痛みを思い出しながら記憶に刻んだ。

「因みに、なんすけど。融合していると、どうなるっすか?」

「そうだな。融合具合にもよるが、無理に剥がしたら気絶はするな。体質によればしばらく寝込んだりもするし、下手すりゃ一生起き上がれない。ただしここには入って来れる」

武は知らなかった情報に引き攣った顔になった。その様子を見ていた香奈が不安げに言う。

「そんなに痛いんですね」

「ショック死する奴もいるからな」

さっと香奈の顔が青ざめる。怨霊憑きでここにきた時、気絶した事を思い出しているのだろう。

「ま、融合してたらな。そこまで警戒しなくていい」

礼の補足に、安心したような香奈の表情。

自分が寝ていたという1週間で、この2人の距離は縮まったのだろうかと考えてしまった。それを振り払うように首を振った武は質問を変えた。

「そういえば、ヘラヴィーサってなんすか?俺、初めて聞いたっす」

「円卓の騎士に出てくる魔女よ」

「エンタクノキシ?」

武の首が傾く。

「ま、なんでも良かったのよ。ジャンヌでもアビゲイルでも。ほどほどの知名度でそれっぽい名前を適当に出したってだけ」

若月がそう言うと、礼が気がついたように口を開いた。

「あぁ、ヘラヴィーサって……ランスロットに横恋慕する奴か。どこかで聞いたと思ったよ」

さらに新情報までやってきて、ますます頭を傾けた。

「ランス……なんとかにアビ……アビゲイル?」

「セイラムの魔女と言われて裁判にかけられた人物の名前だ」

礼が補足したが、武はきょとんとして若月を見ている。言っている事があまり理解できていない顔だ。それを見た若月から苦笑が漏れた。

「つまり、デタラメやってたって事」

「ええ!そうなんすか?」

武がようやく理解したようだ。香奈も密かに安堵の息を吐く。

「事前にやり方を聞いていたんですが、コックリさんの原型になった伝統的な降霊術だと思ってました。よかった、本当に霊が動かしているのだと思っていたので、少し不安だったんです」

香奈はそう言ったが、今度は武があれっと首を捻る。

「それなら、なんでカード破いて結界張ったんすか?」

礼に顔を向けた武。

「媒体がデタラメでも、能力あれば呼べるだろ。無知を装って隙を狙っていた可能性だってあるし、知らず利用されている可能性もある。香奈が怨霊と呪いを連れて来た事をもう忘れたのか」

「あ、そうか」

武は納得したが、今度は香奈がひっかかった。自分の指を見て、ぽつりと言う。

「でも、誰かが動かしているような感じはしませんでした。私はもちろんですが、みんなの腕が動くか、それとなく見ていたつもりです。もちろん、誰の腕も力が入った様子は、少しもありませんでした」

若月は首を横にふって説明する。

「勝手に動いたように感じたのは、脳の誤作動だと思っていいわ。有名なのは、不覚筋動ってやつね。原因は色々あるけど、霊的なものじゃないわ。無意識に人が動かしているものよ」

「そうだったんですね。雰囲気に飲まれて信じてしまうところでした」

安堵の息を吐いた香奈。武はなんとなく思っていた疑問を投げかける。

「色々答えてたのって、全部適当っすか?」

若月は頷いて答える。

「あたしと香奈ちゃんは、意識的に力を抜いていたから、主導して動かしていたのはあの子で間違いないわ。ま、前半の回答は願望で、後半は知っている事でしょ」

最初の質問。

『礼の恋愛運を教えて』

若月はそう言って、乃菊(のぎく)はすでに出会っていると答えた。しかも1ヶ月以内と。

この時香奈は、不思議な力による回答だと信じたかったのではないだろうか。しかし若月は”偶然”ではなく、”願望”だと言う。

「礼さんの恋愛運が、あの人の願望って事っすか」

「あれは、彼女自身の事を言いたかったのだと思うわ。ずっと礼を見ていたもの。色目も使っていたし、相当意識していたわよ。これから親交を深めよだなんて、いじらしいじゃない」

さっと香奈の表情が陰る。ライバルが増えたと思っているのだろうか。

礼は来るもの拒まずの雰囲気がある。乃菊が積極的に口説けば、1晩くらいは相手してもらえるかもしれない。しかし香奈からすれば、同じ会社の同僚と、そんな共通項ができるのは嫌だろう。礼が他の女性と肩を並べる事だって、きっと嬉しくないだろうし。

「途中で口寄せと言っていたのも、何も来ていなかったって事ですか?」

そんな武の想像を他所(よそ)に、香奈が若月に質問している。

「あたしは何も感じ取れなかったわ。礼もでしょ」

若月がそう言って礼に目を向ける。腕組みのまま、礼は頷いてから口を開く。

「色んな視界で試したが、何も降ろしてなかった。そもそも、今日は若月の結界もちゃんと2重だし、入ってこれるはずもないんだけどな」

そう言うと破かれた金のカードを、指の間に挟んでみんなに見せる。

「念のために魂も見たが、呪われていなかったし、輝きもなかった」

「輝き?」

香奈が疑問の声を上げる。礼が輝きがないと言うのなら、乃菊は非能力者だ。

「つまり、さっきの女は何も知らないってことだ。能力もないし、完全シロだよ。古杣(ふるそま)の件だけ誰かに利用されたんだろ」

「では、月の光の力を借りて、何かやっている、とか?」

香奈の質問に、ぷっと吹き出したのは若月だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ