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紙呪〜shisyu〜 その13

*** はなちるさと・大波 武 ***



「他に聞いておきたい事はある?」

香奈(かな)は首を横に振り、若月(わかつき)もそれに倣う。

都岡(とおか)さんは何かないの?」

「じゃあ、最後に1つだけ」

乃菊(のぎく)は目を閉じると、今までになく真剣な表情で言った。

海秋(うみあき)さんの好きな人を教えて」

驚いた顔の香奈。無表情の若月。少し嫌そうに眉を(しか)める(たける)

海秋とは、絵琉(える)が好きだと言っていた男だ。香奈と呪いの石を共同購入したという奴のことだ。武の中では、海秋こそが元凶で決定していた。

「動かないわね。好きな人がいないって事かしら」

若月はそう言うが、思い詰めたような顔でテーブルを見つめている乃菊。

香奈は少し首を傾げて何か言いたそうにしている。

ややして乃菊から大きな溜息。

「そろそろ終わりにしましょうか。あまり長時間降霊していると、気力が減ってしかたないもの」

「あら、ちょっと無理させてしまったようね。ごめんなさい。それじゃあ、終わりましょう」

若月がそう言うと、香奈は無言で頷いて同意を示す。

「それではヘラヴィーサ様、どうぞおかえりください」

乃菊がそう言うと、木の板がしゅっと鋭く動く。出口とかに移動したのだろう。

「もう手を離しても大丈夫?」

不安げに聞く若月に、乃菊がゆっくり大きく頷いた。それが合図だったのか、若月も香奈も同時に手を離した。若月は穏やかに微笑んでいたが、香奈はまだ緊張が解けないような顔だ。

「香奈ちゃん、大丈夫?」

若月が香奈の手を、自分の両手でそっと包み込む。武には、その手から柔らかな光が漏れているように見えた。錯覚かもしれないが、一瞬だけ、そう見えた。

「大丈夫、大丈夫」

武は既視感を覚えた。香奈に向けられたあの微笑みを、自分も向けられた事がある。

その微笑みで、今ここに立っているのだと、改めて思い出した。

香奈は小さく頷いて、ようやく緊張を解いた。無意識に入れていた力が抜けたのか、肩が少しだけ下がる。

「あら、仲野(なかの)さん大丈夫?敏感なのかもしれないわね。不安なら私のパワーストーンを貸してあげましょうか?」

乃菊がそう言って、上着のポケットからくしゃくしゃの布切れを取り出す。

「パワーストーン?」

香奈が聞き返すと、乃菊は布を開いて中身を2人に見せた。

「水晶ね」

若月が覗き込むようにして言うと、乃菊は得意げに頷き説明を始める。

「月の力が宿った石なんです。私が特別にお清めして、パワーを込めたものなので、強い効果を発揮すると思います」

「あら、凄いのね。どんな効果があるの?」

「この石は、疲れをとって元気になれる効果ですね」

乃菊が説明をしている途中で、礼が戻ってきて壁にもたれる。

「それはどうやって使うのかしら?」

「ぎゅっと握って、祈ればいいの。仲野さん、今やってみる?」

香奈はちらりと若月を見る。若月が頷いたので、乃菊から石を受け取った。

「祈るって、どうしたらいいの?何か心の中で唱えたらいいのかな」

「そうよ。しっかり握ったら手ごと額にあてて、力をくださいって3回、心の中で唱えるのよ」

言われるまま実践する香奈。

「ん、それでいいわ。もう石はパワーを失ったから、また私が月の力をチャージしておくわね」

「ありがとう、返すね」

香奈が乃菊に水晶を渡すと、若月から質問が飛ぶ。

「乃菊さんは月の力をよく使うの?」

「ええ、よくお世話になっているわ。じつは私の実力なんてたいした事ないのよきっと。でも、月の力を借りてなんとか形にしているって感じ」

「ふうん」

相槌は礼から。武は礼に目を向けた。同時に乃菊の顔も礼に向けられる。

「興味ありそうね」

いい女風の仕草でそう言った乃菊は、じっと礼の反応を待っている。しかし礼は何も言わない。場の空気に耐えられなくなったのは武だった。

「つ、月の光ってどんな力があるんすか」

「気力を分けてもらえるし、石に備わった力を強化させる力があるわ。邪気だって祓うのよ」

月にそんな力があったとは初耳だ。それでは太陽との関係はどう認識しているのだろうと考えていると、思わず質問が口から出ていた。

「日の光じゃダメっすか?」

「ダメよ!日の光に邪気を祓う力なんかないもの。月の清浄な光にしか、宿らない力があるのよ」

「おぉ、詳しいっすね!」

そう言った武に気を良くしたのか、礼が無視した事は気にせずにいてくれたようだ。

「あ、私もう帰らなきゃいけない時間だわ。乃菊さん残る?それとも一緒に帰る?」

突然そう言った香奈に目を向けた乃菊。礼をちらりと見る。しかし目が合わないことを確認すると、諦めたように息を吐いてから言った。

「一緒に帰りましょ」

その言葉を聞いた香奈は、自分が飲んだカップをソーサーごと持つと、乃菊の分も持とうとして若月に止められた。

「そのままでいいのよ。お客様ですもの」

「あ、すみません」

「仲野さん、余計な事しちゃったわね」

クスリと笑って乃菊が言う。少し気まずそうな顔をした香奈がソーサーを置き、愛想笑いを浮かべながら言った。

「それじゃあこのままで失礼しますね。ご馳走様でした」

玄関へと向かう2人を見送った武は、後を追うように動いた礼につられて壁から背を離す。

終始一貫興味なさそうにしていたのに、見送りはするのだろうか。

「香奈」

礼がその名を呼ぶと、2人が同時に振り返る。

「駅まで送っていく」

香奈の肩に置かれた礼の手。乃菊の目線がしっかりそれを捉えていた。

「もう暗いものね。いってらしゃい」

カップを片付け始めていた若月が、わずかに食器の音を立てながら言う。武はなんとなく礼についていこうとしたが、半分ほど玄関に向かったところで若月に止められた。

「武はこっち手伝って」

「あ、はい」

反射的に返事をした武。若月の方へ向かい、差し出された食器をトレーごと受け取ると、玄関が閉まる音が聞こえた。

食器を洗うためにキッチンへと向かい、5人分のカップを流しに置いた。そこへ、ひょこっと顔を出した若月。

「すぐに戻ってくるから、お湯も沸かしてくれる?」

武はパッと表情を明るくして返事する。

「そうなんすね!」

短時間で戻ってくるなら、進展はないだろうと考えつつ、上の棚に手を伸ばす。しかし少し奥に置かれたインスタントコーヒーの容器に手が届かない。それを見た若月がすっと武の横に立って、容器を取り出した。

「あざっす」

若月と礼の目線で収納されているため、武の身長では取り出すのが少しだけ大変だ。

あくまでも、少しだけ。

「嬉しそうね。香奈ちゃんが心配?」

洗い物の邪魔にならないように、インスタントコーヒーの瓶を脇へ置いた若月は、苦笑しながらそう言った。

「そそそ、そんなんじゃないっす……ところで、何がどうなってんすか」

動揺を誤魔化すように質問し、若月から顔を逸らしてスポンジに洗剤をつけた。

「犯人探しの途中なのよ」

「なんの犯人すか?」

スポンジを揉んで泡立てながら、なんとなく聞いた。

「この一連の出来事のよ」

「一連?」

少し首を捻って若月に目を向けた。

「香奈ちゃんを苦しめた古杣(ふるそま)から始まって、これまでの怨霊や呪いについてね」

すっと細められた目。それを見てギョッとした。

「ひょっとして、怒ってますか?」

「もちろんよ。利益抜きで経費マイナスになっても、徹底的に調べてやるわ」

にこりと笑って言う若月。目だけが全く笑っていない。

「なんでそこまで怒ってるっすか……?」

色々考えられるが、思いのほか強い瞋恚(しんい)で、ごくりと喉を鳴らした。

「そうね……」

貼り付けただけの笑みがたちどころに消える。若月の人差し指が1本立つ。

「まず最初に、あたしに喧嘩を売った。紙呪(ししゅう)を使って錯乱させ、偶然とはいえ弱っていた結界を突破。礼が気が付かなければ、あたしは怨霊に憑かれていたかもしれない」

武は驚いて目を丸くし、若月は2本目の指を立てた。

「次に友人を呪いの餌食にしようとした。神宝の名前や安堂寺傍流の名前まで出してきて、礼を2重に呪おうとしたのよ」

3本目の指が上がる。

「そして最も許せない事に、うちの従業員を殺しかけた。礼やあたしが()かれたり呪われてもすぐに対処できるけど、武を狙うなんて……」

そう言うと一度口を閉ざし、低い声で呟く。

「絶対に、許さない」

ピリッと空気が震えたような気がした。畏怖に近い感情が武に芽生える。

強い能力者に感じるそれは、礼から発せられる事が多い。まさか、若月からも感じるとは思ってもいなかった。

守る力だと、言っていた事を思い出す。

だから攻撃的な力よりも、その能力が発揮される時には、温かな抱擁を思わせる雰囲気をよく感じていた。こんなに空気が震えるなんて、驚きを隠せない。

カシャンと電気ケトルのスイッチが切れた音。

「あら、沸騰するの早いわね」

ふっと力を抜いた若月に、武はほぅっと息を吐き出した。

それと同時に、自分のことで怒ってくれているのだと知って、少し嬉しいとも思う。

若月が出してくれたインスタントコーヒーの瓶に手を伸ばす。

「量ってよくわかんないんすけど、スプーン山盛り1杯くらいっすか?」

「あたしもあまりよく分かってないのよね。いつも適当にいれているけど、そんなもんじゃないの?」

頷いた武は下の引き出しからティースプーンを出すと、瓶の蓋をあけて置く。伏せていた洗い立てのマグカップ3つを上に向けると、カップとソーサーのセットに目が行った。

「こっちに入ってたのって、インスタントじゃないんすか?」

美味しそうに飲んでいた乃菊の様子を思い出しながら質問する。

「いいえ、マグカップと同じものよ。ただのインスタントコーヒー」

ゆっくり香りを堪能し、美味いとコメントした乃菊。てっきり、来客用に特別なコーヒーでも淹れたのだと思っていた。

武は感心したように頷いてから、しんみりしたように言う。

「じゃあ、それを美味しそうに飲んでくれたんすね。空気読める大人っすねぇ」

若月は苦笑したが何も言わなかった。代わりに、

「あ、もう1つね」

と言って、上の棚からマグカップを追加で出してきた。

「4つ?」

「そ、戻ってくるから。香奈ちゃんも」

ぱぁっと武の顔が明るくなる。

「ほんと、分かりやすいわねぇ」

自分の顎を持ち、少し微笑む若月。ふと、何かを思い出したように言う。

「彼女が落ち込んでいたら、それにつけ込む事なくちゃんと支えてあげてね。真摯に、誠実に」

武は無言で頷く。何があったと言われなくても、なんとなく理解している。この一連の出来事が収束すれば、香奈と礼の接点はなくなるのだ。

礼が香奈に心を砕かない限り、悲しい思いをするのは目に見えていた。

4つのマグカップにインスタントの粉を入れ、お湯を注ごうとして止まる。

「戻ってきてからの方がいいっすか」

「いえ、いいわ。遅かったらまた入れ直せばいいんだし」

若月の言葉に動きを再開させた武。熱湯を注ぐとトレーに乗せて、さっきまでいた部屋に若月と戻る。

トレーごとテーブルに置こうとして、コックリさんの残骸に気がついた。

「なるほど、西洋式っすね」

想像した通り、50音に、inとout、yesとnoが書いてある。

「やった事ないから知らないんすけど、これが標準っすか?」

若月はテーブルの上に乗ったままの紙を、五角形の木の板ごと片付けながら何かを言いかけた。しかしその瞬間、オートロックの呼び出し音が鳴る。

「あ、戻ってきたわね」

若月はそう言うと、こっくりさんを呼び出した紙ごと、まとめてガサっとゴミ箱に捨てた。

その様子を見て、そんな雑で大丈夫なのかと不安になる。

若月はモニター越しに会話し、解錠するとそのまま玄関に向かう。

場所ができたテーブルの上に飲み物を置いた武は、先ほど乃菊が座っていた椅子に座る。

先ほどまでの光景を思い出すと、少しだけ、居心地が悪かった。


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