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紙呪〜shisyu〜 その12

*** はなちるさと・大波 武 ***


折りたたみ式のテーブルは出しっぱなしだったのか、1週間前に(たける)が見たままだった。ただし今日は小さなサイドテーブルも横に用意されていた。

奥の椅子にゲスト2人を誘導し、定位置になりつつある壁に移動する。

(れい)はすでに壁際におり、軽く足を折ってクロスさせていた。壁にもたれ腕を組んで俯いている。横に並んでちらりと確認すると、礼は目を閉じてじっとしているようだ。

微動だにしないその様子は精巧に作られた人形のようで、そりゃ、チラ見したくもなるか、と乃菊(のぎく)に目を向けた。

乃菊は頻繁に礼をちらちら見ている。礼の態度はそれに対する拒否の姿勢だろうと、武は認識した。

その乃菊の様子が気になるのか、香奈(かな)は乃菊と礼を交互に見ている。

「あ、そうだ。これ武に。頭に残滓(ざんし)付けてきたし、しばらく必要だろ」

ふと顔を上げた礼。胸のポケットから金のカードと、模様の入った紐のようなものを取り出した。

「残滓ってなんすか?」

「鴨南蛮、食ってきただろ」

「な、なんで分かるんすか」

慌てて口の周りを拭った武。

「あの店で他のもの頼まねぇじゃん」

何も付いていなかったのに、なぜ店に行ったのが分かったのだろう。武はそう思いながらも渡された物を確認する。

「……綺麗な紐っすね。なんの紐っすか」

「組紐って分かるか?」

礼は少しだけ首を傾けてそう呟いたが、返答を待たずに続ける。

「ま、分かんなくていいか。要するにこれはまぁ……安堂寺のお守りだ。今、弱ってるだろ。とりあえず首にかけてな」

「あ、あざっす。これってどんな効……」

「後でな」

「あ、はい……」

武は金のカードを尻側のポケットに入れ、礼からもらった紐を首にかけ、ひと結びにする。

しばらくして、若月がトレーを持って現れた。

見たことのない、おしゃれなカップが2セットとマグカップが3つ乗っている。

「お待たせしました。簡単なもので申し訳ないわね」

お皿付きのカップは、深緑の縁取りがある陶磁器で、(つた)のような模様が(えが)かれていた。お皿も同じデザインのものだ。香奈と乃菊の分だろう。マグカップより高級である事は、武にも分かった。

若月が慎重な手つきで、2人の前へお皿に乗ったカップを乗せる。

「素敵なソーサーですね」

香奈がそう言い、カップを取って観察してから口をつける。

乃菊は香りを嗅ぐような動作の後、1口飲んでコメントする。

「ん〜、いい香り」

武はその後に『おいしゅうございますわ』と続きそうだな、と思った。そのような動作をわざとしているように見えたからだ。

若月はマグカップを1つテーブルに置き、2つをトレーごと、礼と武に差し出した。

それを受け取ったのは礼で、武に好きなほうのマグカップを選ばせると、残りを手に取り、トレーは脇に抱えた。

自己紹介などをしながら、しばしのコーヒータイムを過ごしたテーブルの3名。

武と礼はそれに参加しないで壁の花に徹した。乃菊はチラチラ見ていたが、礼とは目が合わないし、若月も紹介しようとしないので、なんとなくそのまま時が流れる。

「さ、それじゃ始めましょうか」

楽しげに言う若月は香奈と乃菊、それに自分のカップをサイドテーブルに置いた。何も無くなったテーブル上に白紙を広げ、その中心に十字を描く。武の位置からは見えなかったが、後で確認したところによると、左右に”Yes”、”No”、上下に”In”、”Out”と書いてあったようだ。

「?」

この時点では文字が見えない武は、若月達が何をやっているのか分からない。状況把握しきれないのは、自分の知識不足によるものか、1週間のブランクによるものかすら分からなかった。

ぎゅっと、礼に顔を向けて表情で訴えてみた。察した礼が小さい声で教えてくれる。

「海外版のこっくりさん、だと」

「え!なんでそんな……」

危うく声に出して言ってしまうところだった。礼の手が静止の意味だと分からなかったら、最後まで言っていたかもしれない。武は仕方なく心の中で呟く。

(なんでそんな怖い事やろうとしてるんだ?)

不安になって若月に目を向けると、五角形の中心に穴が空いた木の板を、紙の上に乗せているのが見える。”こっくりさん”なのだとしたら、紙の上には50音や数字が書かれているに違いない。

「じゃあ、まずはあたしからやってみるわね」

本当に降霊するつもりだったらどうしよう。

「あ、それで……」

思わず声が漏れて、慌てて口に手をあてた武。ポケットに入れた金のカードを指で確認し、礼からもらったお守りの紐をぎゅっと握りしめた。

何か起こった時のために、用意してくれたのだと分かって、礼に感謝すると共に、不安が大きくなるのを感じた。

ちらっと隣を確認すると、礼はテーブルについた3人を静かに観察している。

武の不安を他所(よそ)に、若月が木の板に指を乗せ、何かが始まろうとしていた。









Hellawes(ヘラヴィーサ) Hellawes(ヘラヴィーサ) Please(プリーズ) come(カム) here(ヒア)

(ヘ、ヘラ……?プリー、コヒア?ってなんだろ)

あまりに流暢で、武は何と言ったか聞き取れなかった。

怪しげな雰囲気で始まった降霊界。

しかし紙上にある木の板に置かれた若月の手は、ピクリとも動かない。

「やだ。全然動かないのね」

しばらくして、若月が残念そうに言った。

「乃菊さんがやったら来てくれるかしら」

武は乃菊に目を向けた。礼も同じように見ている。

「出来るかしら。今までは成功してきたけど、今日もうまく行くとは限らないわ。ほら、こういった力って不安定でしょ」

乃菊の言葉を受けて、若月は頬に手を当てて溜息をついた。

「そうなのね。あたしは才能ないみたい。何度やってもダメだったのよ。乃菊さんが近くにいてくれたら、ひょっとして、とは思ったんだけど」

そう言いながら盛大に溜息をついた若月に、乃菊は笑顔で首を横に振る。

なんとなく得意げな顔に見えた。同意を求めるように礼を見たが、その表情からは何も読み取れない。

「それでは、少しやってみましょうか」

すっと木の板に手を置いた乃菊は、目を閉じて深呼吸した。まるで精神統一でもしているかのようだ。

「ヘラヴィーサ ヘラヴィーサ プリーズ カム ヒア」

(あ、ヘラヴィーサって人を呼んでたのか)

カタカナで聞こえたので、武はようやく意味を理解した。

(本当にコックリさんみたいだな。ヘラヴィーサって知らないけど、コックリさんに該当するんだろうな)

そんな事を考えて見ている武の目の前で、乃菊はぷるぷると瞼を痙攣させている。

じっと顔を見ていると、サッと紙が擦れる音。

木の板が紙の上部に移動していた。

「あら凄い。本当に動くのね」

若月が感心したように言い、乃菊は目を開けると一同を見渡した。

「ヘラヴィーサ様に、何か聞きたいことはありますか」

「礼の恋愛運を教えてほしいわ」

間髪入れず、若月がそう言った。

「おい、勝手に巻き込むな」

「あら、いいじゃない。真剣に好きになる相手が出てきたら、価値観変わるわよ」

不満げな溜息が壁際から漏れる。

「求めてない」

そんなやりとりの間、ヘラヴィーサさんは場の空気を読んで、きちんと待ってくれているようだ。

「礼さんっていうのね。ぜひ聞いてみましょう」

乃菊はそう言うと、礼の返答を待たずに続けた。

「ヘラヴィーサ様、ヘラヴィーサ様、礼さんの運命の出会いはいつ?」

しゅっと紙が動き、テーブルの3人は文字を追い、若月が代表するように読み上げる。

「す……で……に……で……あ……」

紙の擦れる音はまだ聞こえているが、若月は面倒になったのか口を閉ざした。纏めて言うつもりだろう。

「すでに出会っている、ですって」

「へぇ、いつ?」

皮肉っぽい口調の礼から質問が飛ぶと、紙が擦れる音はすぐに始まった。

「1ヶ月以内、だそうよ」

若月がそう言うと、礼は鼻で笑って答える。

「オレの認識では、そんな出会いはなったが」

武は香奈を素早く盗み見て、その表情が少し曇ったのを確認した。対して乃菊は目を閉じて、顔を天井に向けた。小刻みに顔を振るわせると口を開く。

「まだ気づいてないだけです。これから親交を深めていくと良いでしょう」

片眉を上げた礼が問う。

「それもヘラヴィーサが?」

はっと息を飲む乃菊。慌てたように首を振ったが、言葉では肯定していた。

「私を通して、直接語りかけられています」

若月が木に手を乗せたまま引き継ぐように言う。

「口寄せってやつね。あたし達、手を離した方がいいかしら?」

「いえ、大丈夫です。このまま」

乃菊はそう言って、ブルっと頭を振った。

「これで、木のボードにお戻りになりました」

今度は香奈が口を開く。

「私からも質問していい?」

「ええ、どうぞ」

右肩をちょこっと上げた乃菊が、(しな)をつくって頷く。

古杣(ふるそま)はまだ残っていますか?」

誰の手も動かない。香奈はしばらく待って別の質問をした。

「古杣について、何かご存知ですか?」

ビリっと紙が破られる音がして、武は隣の礼を見た。その手には裂けた金のカード。

カードを破いた礼の目線を辿ると、乃菊に向かっていた。

テーブルでは動きがあり、その手元を若月が目で追っている。ややして、こちらにも分かるように解説してくれた。

「いいえ、ですって」

「では、古杣が……あれに憑いていた事も知らないのですか?」

香奈は乃菊を見まいと頑張っているように見える。対して乃菊の方は少しイラついているようだ。

「さっきから何の話?誰もわからない事を聞いても楽しめないわ。1人でやっているならまだしも、この場はみんなが楽しめる話題にすべきじゃない?」

「ご、ごめんなさい」

慌てて謝る香奈を、若月がフォローするように言う。

「あら、あたしの事なら気にしなくていいわよ」

そう言うと、何かに気づいたように目を大きく見開いた若月が続ける。

「そうだわ。2人は同じ会社なんだし、共通の知人についてなんてどう?」

すると乃菊は頷いて言った。

「それじゃフルソマなんて意味不明なモノの質問じゃなくて、他の話題にしましょ。何が盛り上がるかしら」

香奈が様子を伺うようにして言う。

佐間(さま)さんの好きな人、とか」

絵琉(える)のことなんて、みなさん知らなでしょう。それを聞くならあなたか私のほうが分かりやすいんじゃない?」

諭すように言う乃菊に対し、口を開いたのは香奈だ。

「佐間さんなら、みんな知っていますよ」

「なんで知ってるのよ。まさか、あの子もここに来た事あるの?」

若月と香奈が頷く。

「へえ、そう」

乃菊はそう言うと、ちらりと武と礼を見た。

なんだかぞくりとして肩を竦めた武と、微動だにしない礼。

武から見て、乃菊と礼の視線があったような気がした。

「!」

その瞬間、乃菊のほうから慌てたように逸らされる顔。

顔が赤くなっているので、照れているのだろうか。

「それじゃ、佐間さんの好きな人の名前を聞いちゃう?」

若月から仕切り直すような発言。

「いいですね、楽しそう」

乃菊がはしゃいだ声で答え、紙に向かった。

「ヘラヴィーサ様、ヘラヴィーサ様、絵琉の好きな人の名前を教えて」

さらさらと紙の擦れる音。それは意外にも短く切れる。

「武、ですって」

若月がそう言うと、乃菊は大げさとも言える動作で首を武に向けた。

「何があったのか聞きたいわ」

言ってから礼を見た乃菊は、その反応を確認するように、首を傾ける。

「若月、これ流しのトコでいいか?」

乃菊の視線を完全に無視するような形で、礼は盆を手に持って掲げる。若月の頷きを待って、壁際族2人分のマグカップを乗せると、その場をさっさと離れてしまった。

礼がいなくなると、乃菊は急激に興味を失ったのか、武のいる壁から目を逸らして若月と香奈を見た。


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