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らくだの梅さん、かんかん踊り~ぼくらは前期高齢少年団~

  一


「どうしたんや、喪服なんか着て。だれかの葬式か?」

 ベルサイユのドアを入った八郎ら三人は、ママが壁の鏡に姿を映しているのを見てたずねた。

「うん、来週の予定なんやけど、長いこと着る機会がなかったから、体が入るかどうか試してみてるんよ」

「予定?」

「葬式に予定なんかあるんか?」

「ああ、そうか。ものすごいえらい人で、密葬はすんだけど、どこかのホテルで改めて本葬をするというやつか」

 首をかしげて、彼らは聞いた。

「何言うてるねん。ウチにそんな知り合いおるかいな」

 パンパンに張った衣装の腰周りを、右に左にと両手で無理やり引き回しながら、彼女は答えた。

「ほら、ときどきここに来る梅子さん、あの長屋のおばさん。ちょっと、こぎれいな。あの人が、生前葬をやりたい、と言うてるねん」

「生前葬!」

 三人は、声をそろえた。

「そうやねん。普通は、今まで世話になった人にお礼をするため開くんやけど、あの子のは、ちょっと違うねん」

 あきれる男たちを前に、ママはいきさつを話した。

 梅子は、古い市街地の長屋、今風にいう連棟住宅に住んでいる。

最近、近所に住む高齢女性に、ある事件が起こった。

 彼女も一人暮らしで、もし何かあったときのため、親類に後事を頼んでいたのである。その女性が、昨年暮れから入退院を繰り返し、先日家で倒れたまま帰らぬ人となった。

 たまたま訪れた近所の人が虫の息だった彼女を見つけ、病院へ運んだ。それがなければ、彼女の死は長い間わからなかったに違いない。

 ところが、なぜか葬式は行わないという。知人たちの、自分たちでとり行うからやらせてほしいという申し出も断られたそうだ。  

 もしかすると、内輪だけで野辺送りをしたかったのではないかとも考えられたが、結局、細かなことはわからなかった。

「それを聞いた梅ちゃんが、いくらなんでも日ごろ付き合っている仲間たちとお別れをできないのはさみしい。自分も天涯孤独の身、いつ何どき同じようなことにならないとも限らんから、生きているうちにすませたいって、こう言うんよ」

 珍しくしんみりと、ママは語った。


  二


 初詣でに出かける善男善女を見ていると大変な数である。人気のある寺社の人出は、三が日で無慮数百万人とか。

 とはいえ、イベント感覚の者も少なくないように思える。有名神社の拝殿前で、新年を迎えるため集まった若者らがカウントダウン。それを、またテレビカメラが競うようにして撮っているのを見たこともある。

 本来の信心なら、自宅に神棚を飾るとか、日ごろから参詣を欠かさないものだろう。

 都合のいいときだけお参りして、家内安全無病息災悪霊退散厄難解消延命長寿から商売繁盛順風満帆千客万来交通安全環境浄化不況脱出汚職追放麻薬撲滅戦争反対家庭円満精力絶倫豊胸美尻明朗会計不倫成功赤字解消王将餃子蓬莱豚饅金満美食酒池肉林学業上達受験合格生活向上選挙当選滋養強壮婚活成就までを祈願するのは、ご利益目当て、かなわぬときの神頼み以外の何ものでもない。

 だいたい、神に願い事ばかりをするのが信仰ではない。本来、この宇宙を支配する絶対的な力を敬い、理屈なくただおそれることにある。

 ――とまあ、近所の口うるさい年寄りがこぼしていたという話を前振りして、

「とはいえ、いざとなったら、神仏に頼るのが人間や。死んだらそのままでは、心細い。やっぱり葬式は出してほしいもんやろ」

 と、八郎は話を受けた。

「身寄りがうて、あとが心配やったら、自分で先にやっとくのもエエ」

 近ごろでは、葬儀会社でも扱うところが出てきた。還暦など人生の区切りに行う人もいるようだ。

「わしは、死んでからでエエ。大して世話になってる人もおらんし、先にケジメもつけとうない。面倒やったら、その辺にポイとほうっておいてくれてもエエ」

 と、吉造がつないだ。

「わしは、わからん。先にやるのは気持ちわるい」

 頼りなさげに言ったのは、勝である。

「それで、カフェ友の皆にも出てほしいって言うてるねん」

 喫茶トモダチの略である。ママが三人にも招待状が来ていることを伝えた。

「いつもにぎやかにしゃべりあう仲間やし、出席に異存はないけど。なあ、みんな」

 前期高齢少年団リーダー、八郎の問いに、残りの団員たちはうなずいた。

「そこで、必要な資材を調達してほしいんよ。祭壇とか、棺おけとか」

 で、お決まりの活動依頼である。

「本格的やなあ」

 彼らも感心した。


  三


 祭壇は、葬儀社で貸してくれるが、棺おけはどうだろうか。

 新品は何万、何十万もしそうだし、いざというときのために買っておいても、保管する場所がない。

 リサイクル品は、まず望めないだろう。ネットで「棺おけのレンタル」をググってみても、ほとんど出てこない。

 飾りと一緒に貸してもらえるかもしれないという話も聞いたが、知り合いの大工さんに頼んで、簡単なのを作ってもらうことにした。

 使い終わったら、棚板をつけてラックに再利用する計画である。もし、数日のうち必要になれば、そのまま使ってもいい。

 ということで、準備は着々と進み、当日三人で設営をすませた。

 近所の人たちには一応説明して参加者を募ったが、みなに遠慮され、本番の時には必ずかけつけるという確約を得ただけだった。

 玄関とっつきの間と奥の居間を分けているふすまを外し、祭壇を飾ってその前にひつぎを安置した。両わきに座布団を並べ、中央を広くとる。これが、今回のメーンスペースとなる。

 梅子は大の落語ファンで、好みの演目が「らくだ」である。この中に出てくる「かんかん踊り」を葬儀でやりたいというのだ。

 ここで、知らない方に「らくだ」のあらすじを紹介しておこう。


 長屋に「らくだ」というあだ名の男が住んでいた。ふぐを食べ、ふぐ死んでしまう ^^’

 兄貴分の男がそうれん、つまり葬儀の費用を工面しようと、表を通る屑屋を引っずり込み、家にあるガラクタを買わせようとするが、値打ちのあるものなどはなく困らせる。

 揚げ句のはて、屑屋を大家のところへ行かせ、酒と肴を出すよう要求させる。だが、家賃も払わぬ厄介者に追い銭まで払う気はないと、すげなく追い払われて帰ってくる。

 そこで、兄貴分は、再度彼を向かわせ、酒を出さなければ、死人を連れて行きかんかん踊りをさせると脅す。口だけと思った大家は、またもや拒否するが、彼は死人を屑屋にかつがせて運んで行くと、本当にかんかん踊りを見せ、酒と肴をせしめる。

 巻き上げた酒を二人で飲んでいるうち、あごで使われていた屑屋が酔っ払って反対に強くなり、兄貴分と立場が上下入れ替わるという展開になる。


 このかんかん踊りを、はなしのように後ろから抱えて梅子に踊らせてほしいというのが、今回の重要な依頼なのである。

 これは、昔のはやり歌、かんかんのうにあわせて舞うもので、唐人踊りともいう。

 正確な節や踊りはわからないが、ネットなどで入手できる歌詞や動画などから適当に歌って振り付ければいいということになった。

 最後に、玄関の軒先に忌中の札をぶらさげて、準備は万端整った。

「ほんなら、ウチちょっとお風呂へ行ってきます。式の前にちゃんと湯灌ゆかんしとかんと」

 と、笑いながら梅子は出ていった。

 残ったのは、留守番の勝だけ。その彼も、退屈した揚げ句、ちょっとパチンコにと出かけてしまい家は空に。

 これが、騒動の元になった。


  四


 ここへやってきましたのが、シニア夫婦の二人連れ。夫婦やから、もちろん二人連れですな。あまり三人連れとか四人連れの夫婦とかいうのは聞いたことおまへん、イスラムではないんですから。

夫「たしか、この辺やったんや。あいつの家は」

妻「そやから、地図を送ってもろうたらよかったのに。あんたが、行ったことがあるって言うもんやから」

夫「同じような小さな家がぎょうさん並んでて、わからへんがな。困ったなあ」

妻「こっちやない? あんたの言うてたような細い路地がおまっせ」

夫「どこ、どこ?」

 何か、家さがしをしてる様子です。そのとき、二人のわきに黒塗りのワゴン車がスーッと来て止まりよった。

「すんません。ここらあたりに浪花野松子さんといわれる方のお宅はないでしょうか」

 運転席から顔を出した男が、たんねました。

夫「ええっ! ちょうどわしらも探してまんねん。このあたりのはずなんでっけど……。オイっ子の義理の母親が死んで、奈良から葬式に出て来ましてん。ところが、久しぶりなもんで迷子になってしもうて」

 と、先ほどヨメさんが言っていた路地をのぞき込みますと、三軒目の軒先に忌中の張り紙がしてある。

夫「あ、やっぱりここですワ。あの忌中の札がかかってるとこ」

運転手「あ、ここや、ここや。ほんなら、こちらへ運ばせていただこう」

 車中の者に声をかけましてな。車を路肩に止め、仲間といっしょに車を降りて、

運「ありがとうございます。実は病院から仏様をお送りしてまいった者でございます」

 と、丁寧にあいさつしよりました。

夫「そうでっか。いまお帰りに。それは、それは」

 夫婦は車に向かって両手を合わせ、念仏を唱えました。

 ということで、係員たちがご遺体を梅ちゃんの自宅へ運び込んで行きますと、だれもおらず、中央に棺おけだけが用意してある。

 他人の家とは知らず仏様を安置、祭壇へ線香を上げて拝んだあと、男たちは帰ってしまいよりました。

 残ったのは、例の夫婦。所在なげに座布団に座りました。

夫「だれもおらへんなあ。どこへ行ったんやろ」

妻「ほんまや。玄関も開けっぱなしで、用心悪いわ」

 二人がキョロキョロ室内を見回していると、梅ちゃんの女友達三人がにぎやかに入ってきよった。

 ヒョウ柄のブラウス、黒のレギンス、真っ赤なコートに光りもんのアクセサリーをつけるといった、それぞれ派手なスタイル。これが葬式衣装かいな、というような出で立ちで、通りから家の中までまったく境界なしの大声をあげて登場ですワ。

おばさんA「いやあ、もう用意できてる」

おばさんB「ちゃんとお棺にも入って」

おばさんC「ほな、始めよか」

 大阪のオバちゃんは、SKY、つまりすぐに空気を読めまんねん。商店街で、TVカメラを向けられたら、何も言われんでも、いっぺんに視聴者参加、カメラ目線、希望応答即対応型にスタンバイしよるようなもんですワ。

 その場の状況を見た三人はすぐさまチェンジ、お葬儀モードに入りまして。

おA「かわいそうに、死んだら顔が変わってしもうて」

おB「ちいさいときから幸せ薄い子やった」

おC「エエとこ行くんやでぇ」

おA「子供のときは継母にいじめられてなぁ、この子。グスッ」

おB「何言うてるの。お母さんは実の母親やがな。お父さんが義理で……」

おC「違いまんがな、養女やから二人とも血がつながってのうて……」

おA「とっちにしても大人になったら幸せな家庭を築きたいいうて、東京で結婚したのに」

おB「いや、嫁入りは大阪へ帰ってからや。ボケてきたんと違うか、あんた」

おC「その亭主が大酒飲みのDV男で、この子背中にえらい大きな傷跡こしらえて……」

おA「違う、違う! ここや、ここや、わき腹やがな」

おB「いや、胸に残ってるんや。忘れたんかいな」

おC「よっしゃ、そない言うんやったら、ここで調べてみよ!」

おA、おB「おう、ええがな、ええがな」

 まさに仏様をかつぎ出さんとする様子。あわてたオヤジが、

夫「何するんでっか!ご遺体を。罰当たりな」

 と、止めに入りました。そらあ、当然ですわ。死者の尊厳を冒涜ぼうとくする行為ですからな。

 ところが、相手は生前葬やと思うてるから、遠慮会釈なし。

おA「よろし、よろし。ウチらはもう家族みたいなもんなんやから。なあ」

おB「そやそや。温泉で背中流し合うた仲やし、裸を見るくらい何でもあらへん」

おC「別にこの子も恥ずかしがらへんから大丈夫」

夫「そんな話やおまへんがな」

 と、もめ出したところへ、八郎、吉造、勝の三人とママが入って来よりました。


  五


八「このたびは、ご愁傷さまで。あ、もう始まってますか」

おA「エエ、この子、もうちゃんとおさまるとこへおさまって」

おB「そやから、始めさせてもろうてまんねや」

八「そうでっか。それでは、お念仏だけでも上げさせてもろうて」

吉「えー、このたびは、どうも」

勝「カネと太鼓は持って来ましたよって」

マ「ほな、いこかぁ」

おC「待ってたんや、この子、にぎやかなことが好きやよってに。早よ始めまひょ」

 と、勝が持ち込んだ鳴り物を取り出し、音を確かめ出した。

 チキチン――

 ドンドン――

 これを見て夫婦連れは目をまるくしよりましてな。

夫「えらいにぎやかなご宗派でんな、どちらの?」

勝「いや、かんかんのうですワ」

夫「えっ、カンカン宗の?」

勝「いいや、踊るんですワ、これから皆で」

夫「踊る宗教でっか?」

八「いいや、本人が式にはかんかん踊りをしてほしいと言うてまして。世間一般でやるようなしんきくさいのはいやや、にぎやかにやろという、たっての頼みで」

夫「カンカン踊り?なんだんねん、それは? スカートを広げて足を振り回すやつだっか」

八「いやいや、そんなしゃれたもんやおまへん。本人が落語好きで、『らくだ』という噺の中に出てくるかんかん踊りがしたい。それで送ってほしいというので」

夫「けったいな望みでんなあ」

八「ほんま、ほんま。ワシも、名前だけしか知らなんだんですワ。いろいろ調べたら、歌詞と節回しはだいたいわかったんでっけど、踊り方がわからん。まあ、落語のことやし、てきとうに振りつけて踊ったらエエやろということでカネと太鼓だけ持って来ましたんや」

夫「へぇー」

八「それで、おたくさんらにも入ってもらおうと思いまして」

夫「いやあ、わたしらは……、それに歌も踊りも知らんし」

八「いやいや、これからリハーサルしますし、覚えてもろうたら」

夫「リ、リハーサル! 葬式にリハーサルしまんのか。どうする、お前」

妻「いやだんがな。ウチ、学校出てから歌なんか歌うたことないし。それに、そんなケッタイな歌……」

八「いやいや、簡単な歌ですのや。かんかんのう~、きゅうのれす~」

 と、頭のてっぺんから声を出して歌い始めよった。ヨメはん、聞いてるだけで、さぶいぼが立ってきた。

妻「いややあ、あんなビリケンさんがひきつけ起こしてるような声。あんた一人でやってえな。あんたのオイやろ」

夫「いや、オイはわしの肉親やけど、ヨメはんの母親とは血のつながりもないし……」

八「そんなこと言わんと。せっかくの本人の頼みですし。お願いしますワ」

皆「お願いしま~す」

夫「しょがないなあ。ほな、ワシだけでも。えェー、かんかんのぅ~」

 と、これまた男と思えぬ黄色い声を張り上げた。

八「いや、ちがいます、ちがいます。かんかんのぅと下げるんやのうて、かんかんのうぉ~と上げまんねや。かんかんのうぉ~うぉ~」

夫「かんかんのほぉ~」

八「いや、後ろを上げまんねや。かんかんのうぉ~うぉ~うぉ~と」

夫「かんかんのほぉ~ほぉ~ほぉ~」

八「尻を持ち上げて、尻を、かんかんのうぉ~うぉ~。ほら、尻を、尻を……。何してまんねん?自分の尻を持ち上げてどないしまんねん。違いまんがな。歌の尻を持ち上げるんですがな」

妻「あんた、ウチよりオンチやなあ」

夫「そない言うたって。かんかんのほぉほぉ~、とほほほ」

 ヨメはんにまでばかにされてオヤジ、泣き声になってきよった。

 と、そこへ。


  六


男「ごめんください。すみません」

勝「玄関にだれか来はったで」

おA「だれやろか」

おB「あんた、ちょっと行ってみて」

夫「かんかんのほぉ~」

おC「どなたぁ?」

 一人が障子を開けますと。

男「裏の通りに住む浪花野と申します。実は……」

夫「かんかんのほぉ~」

男「あれ、おじさんなんでこんな所に?」

夫「ああ、やっと帰ってきたんか。早う上がり。早う上がって、お前も歌い」

男「早う上がりって、他人の家で何してるんですか。ケッタイな声を上げて」

夫「ええっ、ここ、お前の家とちがうんか」

男「ちがいますよ。うちはこの裏手です。いつまで待っても、病院の車は来ないし、葬式やいうのに、近所からにぎやかな歌い声が聞こえてきて。日ィが日ィやから、ちょっと静かにしてもらうように頼みに来たら、おじさんまで何してるんですか。一番大きな声張り上げて」

夫「いや、ちょっと事情わけがあって……、そやけど、お義母かあさん、こちらへ運んだで」

男「ええっ、うそでしょ。なぜお義母さんがここに」

夫「途中で病院の車に会うたから、お前の家がこちらやと思うて運んでもろうたんや」

妻「やっぱり間違いかいな。あわてもんやから、あんたは」

男「そしたら、このお棺にお義母さんが……」

 オイっ子とそのヨメはんが棺おけをのぞき込もうとしました。

おA「ちがいまんがな、この子はうちらの友達の梅ちゃんですがな。なあ、あんた」

おB「そやそや、間違いあらへん」

おC「その証拠に死んでなんかおらへん。ほら、ちゃんとウチの手をつかんでますがな」

 皆が見ますと、お棺の中から手がのびて横にいた女の手首をつかんでました。

 そして、か細い声で、

死「な~ん~や~、え~ら~い~や~か~ま~し~い~な~あ~。ゆっ~く~り~ね~て~ら~れ~へ~ん~が~な~」

 と、聞こえてきます。

 後ろにいて、これを聞いた男の妻、つまり仏さんの娘があわてて座敷へ跳びあがってきよった。

男の妻「お母さんの声や! いやあ、目を開いてはる。お母さん、お母さん。大丈夫?」

 このとき、

梅「ああ、ええ湯やった。すっきりしたわ。ほな、生前葬を始めよか」

 と帰って来よりましたんは、梅ちゃんです。

梅「えらいようけ集まってくれたんやなあ。あら、知らん人もいてるわ。あんたら、どこのどなたはん?」

 彼女が声をかけまっけど、死人の生き返ったのに驚いている皆は、この家のあるじが帰ってきたのに気づきまへん。

男の妻「どないしたんですか、お母さん。こんな安もんの棺おけの中になんか入って」

 これを聞いた梅ちゃん、カチンときよった。

梅「ちょっと、あんた!だれが安もんの棺おけや。ええ材料使うて大工さんにこしらえてもろうたのに。あんたとこと一緒にせんといて」

 せっかく用意したのを、安もんとケチをつけられては、怒るのが当たり前ですわなあ。

 しかし、最後のひと言がまずかった。相手も下町のヨメはんです、負けていよらん。

男の妻「ウチのは、三越であつらえた別注もんです。こんな冷凍マグロの入れモンみたいなのとわけがちがいます」

梅「れ、冷凍マグロの入れモンやて。このガキンチョ、もういっぺんぬかしてみぃ」

勝「三越で棺おけ売ってるんか」

吉「まあ百貨店やからなあ」

八「売り場であんまり見たことないで」

おA「そやけど、片方も負けとらんなぁ」

おB「ええ勝負しよるがな。どっちが強いやろ」

おC「そらあ何いうても、梅と松やから梅の方が……」

マ「花札と違うで」

皆「まあまあ」

 と、大騒ぎになりました。


 一夜明けまして。ここは、喫茶ベルサイユ。

マ「えらいこっちゃ、新聞に大きう出てるわ」

八「そらそうや。死亡診断書出て、家に連れて帰ってきたら生きてたんやから。病院の大失態や」

吉「院長駆けつけてきて、平謝りやったなあ。ひとつ間違うたら、まあ間違うてたんやけど、おばあさん、あのまま戻らなんだかもわからんでぇ」

勝「あのおじさんの金切り声とカネ、太鼓の音が刺激になったんや。かんかん踊りさまさまですワ」

マ「看護婦が最終処置をし忘れたらしいよ。そやから、息を吹き返すことができたんやて」

八「騒動で生前葬はお流れになってしもうたけど、またやり直すんか」

マ「いや、あのマグロの寝床……」

勝「冷凍マグロの入れモンや」

マ「どっちでもエエけど、ケチつけられていっぺんにやる気なくしたらしいわ。とりあえず、ぶっつけ本番でいくんやて」

八「そうか、まあおかげで命がよみがえった。やりがいがあったというもんや」

皆「マグロだけに、寿命がツナがってよかった、よかった」

 えー、おあとがよろしいようで。


                                     (おわり)



次の作品もよろしく。


●前期高齢少年団シリーズ 『必殺浮気人を消せ~帰ってきた前期高齢少年団』『ケータイ情話』『ミッション・インポシブルを決行せよ』『車消滅作戦、危機一髪』『秘密指令、目撃者を黙らせろ』『さよならは天使のパンツ大作戦』

●千鶴と美里の仲よし事件簿 『尿瓶も茶瓶も総動員、人質少女を救い出せ』『グルメの誘いは甘いワナ』『昔の彼は左利き』『美里の夏休み日記』『シャルトリューは美食の使い』

●超短編集 『早すぎた葬送』『化粧のなくなった日~近未来バーチャル・ドキュメント』『早すぎた火葬』『電車メーク』『美しい水車小屋の娘』『虹色のくも』『はだかの王さま』『森の熊さん』『うさぎとかめ』『アラジンと魔法のパンツ』『早すぎた埋葬』

●短編 『三つの贈り物~聖なる夜に~』『死刑囚からの手紙』

(上段もしくは、小説案内ページに戻り、小説情報を選んで、作品一覧からクリックしていただければ、お読みになれます)


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