第三話 騒動の後始末
お昼ごろ、午前中の依頼ラッシュが終わり、人心地着いた冒険者ギルドにて。
「ねぇ、カナリア。朝の騒がしい人たち、帰ってくると思う?」
トントンと書類をまとめながら、栗色髪の女性が隣の窓口の金髪の女性に話しかける。
「いや、無いでしょ。」
バッサリと切って取ったカナリアと呼ばれた女性は、手元の資料にさっと目を通し、間違いがないことを確認すると”確認済み”のファイルにファイリングする。
「うう~ん・・・。だよねぇ。」
苦笑しつつ、手元でそろえていた書類をカナリアと同じようにファイリングする栗色髪の女性。
胸元の名札にはスズメとある。
「それにしても、何であの狩場に行ったんだろうね?カナリアがあんなに止めてたのに。」
”午後分”とあるファイルを手に取り、1、2、と枚数を数えていたカナリアは、
「さあね。3、4っと。お、ラッキー。午後は依頼少ないみたい。」
依頼が少ないことに喜んで顔を上げた。
「あー、うらやましー。あたしのとこ、10枚もあるんだよねぇ。」
口をとがらせてカナリアに訴えかけるスズメ。
口調とは裏腹に、目はにこにことしており、手に持っていた資料を所定の場所に戻すと、
「さ、食堂行こ♥」
遂にとがらせていた口さえもにこっと笑わせ、カナリアを昼食に誘う。
ふうっとため息をつき、スズメと同じように午後用の資料を所定の場所に戻すと、
「はいはい。今日はAランチだったっけ?」
椅子に掛けていた上着を取ってはおりなおす。
「そ!今日のAランチはデザート付きなのです♥」
二人そろってギルドの奥に向かった。
この都市、マシロが作られたのは1000年前と言われている。
テンセイシャと名乗る人物の一団が現れ、超常的な力で外敵を蹴散らし原住民をまとめ上げると、首都となるソウテンを作り上げたのが大体同じぐらいの1000年前、つまり、首都と同時期に作られたのがこのマシロとなる。
テンセイシャは様々な行政システムを作り上げ、それまで部族に分かれて争うことしかしていなかった原住民を、法律を守って生活し規律ある部隊を率いる”人間”に育て上げた。
製鉄技術、製紙技術などなど、テンセイシャがもたらしたものは原住民に飛躍をもたらしたが、この世界に神がいるならば神はテンセイシャに長い活躍を期待していなかったらしく、彼らは普通に老いていき死んでいった。
テンセイシャは神のごとき知識と力を持っていたが、神そのものではなかった。
幸いなことに、テンセイシャは原住民との間に子をなしており、その血縁が王族となり貴族となり、この世界の人間たちを導いている。
テンセイシャの残した規律ある軍は多くの人々を守ったが、住人に対して絶対数が少なすぎる上、ある程度数のある人の集団というのはどうしても柔軟性に欠けるため、今に続く”冒険者システム”が開発された。
このシステムを考え出した二代目(初代はテンセイシャのため、実質的に初代ともいえる)国王は屈指の名君として歴史書に名をはせている。
冒険者システムにより、モンスターは冒険者が狩ることとなり、軍は数の必要となる作戦にもっぱら使われるようになった。
例えば、僻地の村にモンスター被害が出た場合、派遣されるのは依頼を受けた冒険者となる。
ある程度の恩賞があれば腕利きが雇えるし、出撃にどうしても時間のかかる軍よりよほど早く対処ができる。
逆に、新しい人類の居留地を切り開く場合、冒険者ではなく一軍を差し向けることが多い。
多数のモンスターの生息が容易に想像できるし、いつまでという期限はないため入念に準備ができる。
冒険者に依頼があるとすれば、先行偵察などになるだろう。
冒険者の得た情報をもとに軍を準備し、安全を確保したのちに送り込む住人の選定などを時間をかけて行える。
こうなると重要になってくるのが冒険者をまとめるギルドだ。
必然的にギルドは国の管轄となり、その窓口担当となると中央の軍にスカウトされる冒険者に例えられるほど狭き門だ。
つまり、カナリアとスズメはエリートなのだ。
中央のギルド所属ほどではないが。
夕方になり、依頼を終えた冒険者のラッシュが一通り終わった頃、書類をまとめるカナリアにスズメが話しかけてきた。
「結局、帰ってこなかったねー。あのセンセイとかいう男性と取り巻きの子たち。」
スズメはすでに書類をまとめ終わったのか、手元には残書類がないようだ。
「そうね、って、スズメあんた流石ね。私より依頼の書類多かったのに。」
最後の残書類に間違いがないか目を通しつつ、完了印を押そうとしていたカナリア。
カナリアが押印を終わらせるのを見計らって、
「カナリアちゃんが対人スキルSなら、あたしは書類整理Sだからね。だから大目に割り振られてるんだろうし。適材適所でしょ。」
と笑顔を見せるスズメ。
カナリアはつられて笑顔になるのを感じつつ、
「じゃ、頑張ったスズメちゃんには晩ご飯をおごっちゃおうかな。」
窓口のネームプレートの部分を”引継ぎ中”に変更すると、席を立ってスズメを夕食に誘った。
「おお!ご馳走になりまーす!」
大仰に敬礼の姿勢を取り、同じように席を立つスズメ。
後は壁にある名前のプレートの下に、自分の名札をぶら下げれば夜勤への引継ぎ完了だ。
まさにその時。
バシーンと木材を思いっきり巨石にたたきつけたような激しい音が鳴り響き、
「助けてください!!」
先ほど話に挙がった取り巻きの子がギルドの入り口にいた。
「・・・最悪。」
もう少しで夜勤に引継ぎだったのにとカナリアは小声でつづけながら、
「晩御飯遅れそうだね。」
スズメにぼやいた。
スズメも複雑な表情をしつつ、
「そうだね・・。」
と小声で答えた。
件の少女は、待機しているギルドの警備に左右から支えられて窓口に近づいてきていた。
話は非常に単純だった。
調子に乗った男は死亡。取り巻きは全員生存。
最悪なのは、狩場には蘇った屍だけでなくスケルトンもいたということ。
”適応化”が進んでしまっている。
モンスターには環境に応じて周りの環境も巻き込んで自分自身を最適化していく能力があり、スケルトンなどのいわゆるアンデッドは、死体から幽体になっていくほど、つまり、肉体を失っていくほど強力な存在になっていく。
スケルトンは段階でいうと2段階目となる。
人間のアンデッドは全てのモンスターの中で一番厄介な存在で、生前の記憶を持っているため、積極的に徒党を組む傾向にある。
しかも幽体化するまで適応化が進んでしまうと、魔法や銀製の武器でしかダメージを与えられなくなってしまう。
カナリアは本日何度目になるか分からないため息をつくと、
「上級冒険者を呼ぶしかないわね。」
最適解を口にした。