第二話 突きつけられる現実、愚か者から死ぬ世界
岩井猛は、伝統大学付属高校の2年1組の担任教師である。
担当教科は保健体育であり、鍛え抜かれた肉体が自慢だった。
また、学生時代は「ヤンチャ」していたことがあり、腕っぷしには自信があった。
その彼が、立派に日焼けした肉体を地面に投げ出し、情けなく命乞いの言葉を発した。
「助けて、だれか、助けて・・・。」
恐らくそう言っているのだろうが、言葉と一緒に大量の血がゴボゴボとあふれ出すため非常に聞き取り辛い。
生徒から巻き上げた資金で店主が止めるのも聞かず、鉄の剣と、鉄の鎧に身を固め、取り巻きの生徒を引き連れてモンスター退治に出かけたものの、行くなと冒険者ギルドで引き留められた放棄された村の共同墓地にわざわざ出向き、この有様であった。
教会に見知らぬ者たちが居て騒いでいる、とでも通報を受けたのだろうか?
ああだこうだと騒いでいた転移者たちは、重装備した町の衛兵に囲まれ、両手を上げて降伏した。
衛兵の一人から、代表者かまとめ役はいるかと問われ、生徒をかき分けて前に出たのが担任教師の岩井だった。
物陰から見ていた誠は、岩井のこういう部分は真面目に凄いなと思った。
教会で騒いでいたから代表者は極刑、他は無期限労働とかこの世界の法律ではありうるのに、代表者として前に出られるのはデメリットを考えていないのか、そうはさせない弁舌の自信があるのか。
少なくとも自分には無理だなと誠は首を振った。
しかし、デメリットばかりではない。
代表者として前に出たことによって、他の生徒たちに有無を言わさず『代表者として名乗り出た』マウントを取ることができる。
俺はデメリットがあるのも承知で代表者として前に出た。
俺の言うことは『この集団』の総意だと強制できるのだ。
事実、それに気づいたクラスカースト上位の生徒が恨みがましい目つきで岩井を見ていた。
前に出てきた岩井に、衛兵はついてくるように告げる。
誠はここに至って、衛兵が話している言葉が『日本語』であることに気づいた。
それならば、調べないといけないことが一つ出てくる。
岩井が出席番号順に並んでついていくように言うと、まだ混乱しているであろう生徒は口々に何か言っていたが、まだ異世界に転移したなどという荒唐無稽な考えには至らないのだろう。
担任教師の指示に従い、教会を出て行った。
そのあと、クラスメートたちを先導していった衛兵以外は、教会を調べるでもなくさっさと解散して職場に戻っていったようだ。
物陰に隠れていた誠にはこれが非常にありがたかった。
少し探されれば見つかるに決まっていたからだ。
周りに人の気配がなくなった頃を見計らって、教会の外に出た。
そして、調べたいことをすぐに調べた。
そう、看板を見ること、である。
衛兵は日本語をしゃべっていた。
それなら、もしかして。
誠の直感は的中した。
町中の看板は全て日本語で書かれていた。
それを抑えた後、次の調べたいこと・・・、そう、クラスメートの生末を確認するため、道の遠くにちらりと見える集団の後を追った。
しばらくして、クラスメートが町中でも一際大きな建物に入っていった後、こっそりと中に入った。
建物の中は、ゲームでいわゆる『冒険者ギルド』のようなものだった。
依頼受け付けのカウンターがあり、どう見ても一線級の美人の受付嬢達が様々な装備をした冒険者たちに各種依頼を案内していた。
依頼受付カウンターの前には、いくつかテーブルと椅子が並べられ、依頼のための臨時パーティを組もうとするものや、遅刻しているパーティメンバーを待ちぼうけしているものなどが席を埋めていた。
誠はそれらのテーブルのうち、クラスメートたちが何やら話しているカウンターに近い席に座った。
この時、制服ではなく私服登校で本当に良かったと思った。
気を利かせた冒険者に、お前も混ざれよと言われずに済むからだ。
席に座って耳を澄ますと、クラスメートたちの話し声が聞こえてきた。
「日本とは何ですか?」
「マシロってどこだよ?」
「ボウケンシャ?何のこと??」
「旅人でしたか・・・。」
しばらくざわざわしていたが、クラスメートたちもここが日本ではないと分かってきたらしく、話が元の世界に戻れるかということに推移し始めた。
怒号が上がったり、それをなだめる声が上がったりしたものの、結局分かったことは次のようなことだった。
・ここは日本ではない
・戻り方は誰も知らない
・時々別の世界から来たというものが居て、それらを旅人と呼んでいる
・クラスメートたちは久しぶりの旅人であり、以前の旅人はとっくの昔に寿命で死亡している
地球ではない世界に来てしまったことをいまだに信じていないクラスメートもいたが、取り合えずこの世界で生きることを考えなければならない。
この世界で性産業や販売業などは居住権を持つものができる上級の仕事であるらしく、身寄りのないクラスメートたちは冒険者になるしかないようだった。
それなら先立つものが必要だよなと岩井が口にすると、受付嬢は受け付けカウンターの右端にある買取・販売カウンターを紹介し、そこで換金できるものを換金すると良いと教えた。
カウンターに移動した後、岩井がとんでもないことを言い出した。
「皆、すまん。俺、換金できそうなもの持ってないんだわ。お前たちのために先頭で戦いたいから、カンパしてくれないか?」
クラスメートたちに動揺が広がる。
クラスメートたちもろくなものを持っているわけではない。
ただ、教師である岩井は財布すら職員室に置いてきてしまっていたが、生徒たちはスマホや財布などを所持していた。
結局、生徒たちの硬貨や紙幣を換金してそれらで得た資金で装備を整えた。
販売・買取カウンターの店員は、装備の中ではお高めの鉄装備を購入しようとする岩井に、鉄装備は重すぎるからやめた方が良いといったが、岩井は鍛えた自分なら大丈夫と話を聞かず、受付嬢の元に戻ってしまった。
そして、そこでも受付嬢の止める言葉も聞かず、取り巻き(主に女生徒)を連れて廃村に出向いてしまった。
残ったほかの生徒たちは、岩井に渡さなかった紙幣などを換金して身の丈に合った装備を整え、受付嬢の進める狩場へ出かけて行った。
こんなチャンスめったにないよな。
岩井は心の中で思う。
頭は軽いが、体は最高のJKを味わいたくてたまらなかった。
目端の利く生徒は付いてこず、その中に密かに狙っていた女子陸上部の夏木美香が含まれていたことに軽く失望したが、付いてきたパパ活やってそうなチャラいJKでも上々の獲物だ。
そもそも、元居た日本で手を出せば、それだけで犯罪なのだ。
そんなJKが8人もついてきてくれたうえ、もともとのクラスメートに不細工が居ないのも今となっては神に感謝したいくらいだ。
担任に任じられたときは、これを前にお預けしろってのかよとブチ切れたものだったが、それを今は感謝したい。
人間都合のいいもんだよなとニヤニヤ笑い、ガキどもから巻き上げた金で購入した装備を見る。
鉄製の防具はずっしりと重いが、その分革製などとは比べ物にならないほど広範囲を守ってくれている。
この俺に皮防具など進めやがって!
心の中で毒づき、鉄製の小手をぎゅっと握り込む。
「センセ、着いたみたいだよ!」
取り巻きの一人があげた声で、自分が廃村にたどり着いたことを知る。
冒険者ギルドから半ば奪ってきた地図をもとに換金性の高い敵が出てくるという墓地を探し、武器を構えた。
よたよたと立ち上がる出来の悪いゾンビみたいな化け物に、
「死にぞこないは寝てろよ!」
と叫びつつ鉄の剣で切りかかった。
岩井は優勢だった。
しばらくの間は。
時間がたつにつれ、重い鉄装備が体力を奪い、攻撃の鋭さが鈍っていった。
そもそもの話、現代人が敵モンスターを殺すことができるあたり、未だに岩井や取り巻き達には現実という認識が薄かったのかもしれない。
ゲームのように、それを扱う体ができていないにもかかわらず、訪れた村で最強装備を購入してしまう。
ゲームにはスタミナなんてまずない。
あったとしても、冒険していると常に減り続ける値なんて迷惑でしかないし、よほどうまく調整しないとゲームの面白さを殺してしまう。
そんなゲームだと面白さのために真っ先に切り捨てられるパラメタこそ、この世界では大事なのだ。
なぜなら現実だから。
リアルだから。
それを軽く見てしまった岩井は、ばて始めたころに、モンスター【蘇った屍】に麻痺毒を与えるひっかき攻撃を二の腕に食らい、しびれて動けなくなったところを【衛兵スケルトン】の銅の剣で腹を貫かれて冒頭に至るというわけだ。
ゴボゴボ血を吐きながら差し伸べた手に答える取り巻き達はいなかった。
岩井から預かっていた地図を手に、リーダー格がメンバーをまとめて逃げていく姿。
それに絶望しながら伸ばした手は二度三度うごめくと、それっきり動かなくなった。
岩井は死んだ。
転移者の中で初めの犠牲だった。