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一話

 ああもう! 人は好きなように言うけどね、私はそんな大層な人間じゃないのよ! 期待するのはいいけれど、どうせみんな私がこんな感じなのを知れば勝手にがっかりするんでしょ? そんなの理不尽よ、勝手よ!


 大体、私にだってちゃんと名前があるのよ。聡子、橘聡子っていう名前がね。それなのになんなのよ、「葉桜の君」って。褒めてるつもりなのかしら?


 私がこの家に生まれたのが十六年前で、今まで特に何かを頑張って生きてきた記憶はない。ただ本が好きだったから、お父様が用意してくれた本を片っ端から呼んでいたら、いつの間にか才女とか持ち上げられるようになっていた。


 でもそうなってくると注目を集めてしまう。私はいつまでもこのそこそこの広さの家に閉じこもってずっと本を読んでいられたらそれでいいっていうのに、目立ってしまうとそうもいかない。結婚の話は舞い込んでくるし、それにだっていちいちお断りの返事を書いてあげなくちゃいけない。


「ああ、もう面倒だわ。みんな私のことを放っておいてくれたらいいのに」


「そうはいかないさ。大体全部君自身がまいた種じゃないか?」


「そんな覚えはないのだけど」


 急に話しかけてくるこの女はモミジ、人間ではないらしい。


 彼女が急に私の家に居つくようになったのはつい先日のこと。起きたら枕元にいた。


 最初はまた貴公子の使いがやって来たのだと思ったからさほど驚かなかった。だけど話を聞くうちに全然違っていて、人間ではない存在であることもそこでようやくわかった。


「あなた、結局何なの?」


「君と同じ女さ」


「いやいや、そうじゃなくて。その……人間とか犬とか……そういう枠でいうとあなたは何なの?」


「うーん……キツネ? いや、あのアホな獣どもと一緒にされるのも御免だな。だとすればそうだなぁ、妖とでもいうべき存在かな?」


「アヤカシ?」


「そう。妖。知らない?」


「まったく」


「そう……私だけじゃなくて、いたるところにいるよ。今まで君には見えていなかったようだけどね」


「へ、へえ」


 正直モミジが何を言っているのか全く分かっていない。アヤカシ? 彼女はきっと適当なことを言って私のことをからかっているのだろう。でも見た目は確かにどう見ても人間じゃないんだよなぁ……。


 青白い肌をしているし、髪はさらに青い。それに獣の耳だってついている。もちろん、こんな見た目の人間がいるわけがない。もしかして彼女は本気なのかしら? でもねえ……


 この都のなかでも、あるいは外の世界でも、人にあらざる者は古い時代からある程度は信じられている。本のなかにも出てくるし、巷でもときどき噂になることがある。


 けれど、私はそんなに信じていなかった。バカなことを言っていると、まともにとらえてはいなかった。でも、それが今私の目の前にいるだなんて……


「ええええ!!!!」


 今更ながら、あまりの驚きではしたない声が出てしまったわ。


「どうなさいましたか、お嬢様!」


 奥から侍女が駆け付けてきた。私の叫び声が尋常じゃなかったのだろう。


 でも、いいタイミングだ。このモミジを見てもらおう。


「あ……あ……」


 言葉にならないけれど、必死にモミジを指さす。モミジはこの状況を楽しんでいるのだろうか? ニヤニヤと笑っている。


「はい? そこに何かがあるのでしょうか? 虫でも出ましたか? でもお嬢様、虫が苦手というわけでもないですもんね……」


 え? もしかして見えてないの?


「ほらそこに、いるじゃない!」


 ようやく言葉になって口から出てきた。でも侍女は笑った。


「あはは、お嬢様が人をからかうだなんて珍しい。でもダメですよ。私だって暇じゃないんですから。そんな悪戯でいちいちお呼びになっては困ります」


 違う、違うのに……!


 侍女は結局部屋から出て行ってしまった。


「アハハ、ほら見ただろう? 他の人は私のことなんか見えていないのさ。君だってほんのこの前までは私のことが見えていなかったじゃないか?」


「見えていなかった?」


「君は私がほんの数日前に来たと思っているようだけどね、私はずっと前からここにいるんだよ。君が子供のころから」


 え、そうなの? 


「ええ……怖っ。気持ち悪っ」


「ひどいじゃないか! ずっと君のことを見守っていたんだよ?」


「知らないうちに自分のことをずっと見られてみてごらんよ。すっごい気持ち悪いからさ」


 つい先日来たんじゃなかった、ずっとここにいて、見えるようになったのが最近だったんだ!


「でもまあ、だからこそ気にしないでいいんだよ。私は君のグウタラ具合をもう知ってるから」


 それもなんだか恥ずかしいな。


「さっきの話に戻るけどさ、この手紙の束。これこそ君の面倒くさがりが災いしてさらに面倒くさくなっちゃったんじゃないかい?」


「うっ、ぐうの音もでないわね……」


「ええと、どれどれ……」


 モミジは積み上がった求婚の手紙のうちの一枚をバサりと開いた。


 ふむふむと目を通していくモミジだったが、途中で眉をピクピクと動かすと、そこで読むのをやめてしまった。


「聡子、君はこれを読んだのかい?」


「いや、まだだけど?」


「また面倒くさがっちゃって。読んだみなよ」


 モミジから投げ渡された手紙を広げると、その内容は意外なものだった。


「私、朝廷のさる者でございます。身分は書面にて明かすわけにはいかないので悪しからず。葉桜の君、貴女の知恵にすがりたくこの手紙を送らせていただきましたーーー」


「…………はい?」

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