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4.彼の弟と結婚しなくてはならない


 初めはソファに腰かけていたオリヴィアであったが、どうしても落ち着くことができずに、立ち上がって窓際に寄ってみた。


「……うわぁ、なんてこと」


 こんなに美しい庭園は見たことがない。故郷のバンクス帝国では、庭は左右対称にきっちり作り込むのが流行りだった。それはそれで綺麗だけれど、イーデンス帝国流の庭はまた趣向が違うようだ。


 手を入れるところは入れてあるが、自然もそのまま残してある。端正であるけれど、同時に、おおらかで自由でもあった。


 こんなふうに相反するものを調和させるのは、技術的にすごく難しいのではないかしら。職人さんの腕がいいのね……。


 しばらくぼうっと外を見て過ごしていたら、後ろのほうで扉がノックされる音が響いた。


 ……え、もう?


 オリヴィアはハッとして振り返った。ビクビクして肩は縮こまり、両手の指を胸の前できゅうっと握り合わせた状態で固まってしまう。




   * * *




 ――偽装結婚のお相手が事故で亡くなったとオリヴィアが聞かされたのは、昨日のことである。


 昨夜は一泊した近くの町で、食堂で弁護士のホリーと久々に面会した際、その事実を知らされた。


「お相手が亡くなってしまったなら、私はここで引き返すようね」


 気が抜けてそう呟きを漏らすと、ホリーは、


「それはだめ」


 と手のひらを突き出し、制止をかけてきた。ホリーは四十手前の女性弁護士で、ものすごく押しが強い。眠そうな感じのする重い二重だけれど、その下の鋭い瞳や、尖った顎のラインは、対峙している相手をほんの少し緊張させる。


「え、どうして?」


「契約は継続されるからよ。あなたは彼の弟と結婚しなくてはならない」


「……は?」


「あなたは、彼の弟と、結婚しなくてはならない」


 ゆっくりと繰り返された。じわじわと恐ろしさが実感され、オリヴィアの目が限界までまん丸く見開かれる。


「そ、そんな馬鹿な!」


 オリヴィアは声をひっくり返しながら抗議した。


 けれど交わした契約書には『セントクレア公爵家の嫡男と入籍する』と定められているので、オリヴィアはどうあっても跡取りとなる人と結婚しないといけない。


 兄が亡くなって、弟が繰り上がって公爵家を継ぐことになったから、オリヴィアは弟と結ばれる。


 それって契約書の不備じゃない? オリヴィアはそう思った。思ったし、口にも出した。ホリーにそう問いただしてみたのだけれど、『今更そんなことを言っても仕方ないでしょ。サインしたのは、あなた自身』と冷たくあしらわれてしまった。


 ――おお、神様! オリヴィアはひどく混乱していたが、新たに指名された相手のほうが、どう考えてもダメージが大きいことに気づく。十九歳という若さで、八つも年上の、しかも評判最悪な女と結婚させられるのだ。彼は気の毒な犠牲者でしかない。


 でも待って、そうだわ……冷や汗をかきながら、オリヴィアは現実逃避ぎみに考えを巡らせる。


 もしかしたら弟さんのほうも案外、偽装結婚に抵抗がないかもしれないじゃない? たとえばまだすぐには結婚するつもりがなくて、数年のあいだなら、時間稼ぎに偽装結婚してみてもいいかなぁ? みたいな。


 イーデンス帝国には未成年者――二十歳未満の者を保護する取り決めがあり、本人が最短で五年経過後に『未成年時に成立してしまった契約を、どうしても解除したい』と願い出れば、それがたとえ家同士で取り纏められた話であっても、本人の希望を尊重して強制解除してもらえる場合があるらしいのだ。


 ただ、これには複雑な条件がいくつも絡んでくるので、現時点ではどうなるか分からない、とのこと。でも上手くいけば、五年後に偽装結婚は解除される。


 五年後――彼は今十九歳だから、二十四歳――『二十四で偽装結婚が終わるなら、うーん……まぁいいか』と思ってもらえるかもよ? そのあいだにゆっくり本命のお相手を探そうとか、前向きに考えてくれるかも。オリヴィアはそんなふうに都合の良い夢を見ることにした。


 ――おやまぁお馬鹿さん、そんなわけないでしょ! もうひとりの意地悪な自分がそう囁きかけてくるけれど、その意見は無視することにする。


 だって契約上の問題なら、逃げようがないもの。どちらにせよオリヴィアのほうからこの話を反故にすることはできない。そんなことをすれば莫大な違約金が発生するし、それは実家のワイズ伯爵家がかぶることになるからだ。


 父はまぁ……善人とは言いがたい人だけれど、一応血が繋がった家族である。彼を地獄に突き落とすのは忍びない。それに腹違いの妹クラリッサは、オリヴィアにとっては特別な存在だった。


 ――やっぱりこの件で、ワイズ伯爵家に迷惑はかけられない。


 そんな訳で、いまだ混乱したまま、オリヴィアはセントクレア公爵邸を訪ねていたのだ。




   * * *




 ――執事のハーバート氏から『あるじのリアム・セントクレア様を呼んでまいりますので、ここでお待ちください』と言われていたオリヴィア。


 窓際に佇んでいた彼女はドアをノックする音を聞いて振り返り――結婚相手となるリアムと対面することになる。


 そして衝撃を受けたのだった。



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