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30.君は特別


「それじゃあ、ゲルダが勧めてくれた店に行こうか」


 通りに降り立ち、リアムがこちらを眺めおろしてそう言った。


 彼の手はオリヴィアの背に優しく添えられている。それだけでオリヴィアは彼に護られていると感じた。


 やはり大都会の下町ということで、とにかく人が多い。ふたりは行き先がまだ決まっていないので、邪魔にならないよう端っこに避けていたのだが、止まっている状態で町を眺めてみると、皆足が速いなと感じた。


 向こうから歩いてくる人、背後から追い越していく人、どこかの店に入る人――周囲の様子が目まぐるしく変化していく。


 オリヴィアは庶民生活が長かったので、こういった雑然とした空気にも慣れているはずなのに、やはり見知らぬ土地ということで勝手が違うのか、少し緊張していた。


 オリヴィアは長身の彼を見上げ、『人混みだと声が届かないかしら』と考え、少し背伸びをして話しかけた。バランスを取るため、両手を持ち上げて胸に当てながら。


「あの、どうして私がゲルダさんにお店を訊いたことを知っているのですか?」


 質問が終わり、踵を地面に着ける。


 するとリアムが小首を傾げ、なんともいえない微妙な表情を浮かべた。――たぶんこれはネガティブな感情ではないけれど、彼はほんの少し困っているように見えた。目元に朱が差しているようでもある。


「子リスさん……」


 よく分からないことを彼が呟く。


「え?」


 オリヴィアは目を瞠った。返答に困って、気の利いた言葉も出てこず、ただ生真面目に返した。


「あの、私の名前はオリヴィアですよ?」


「うん」


「子リスさん、というのは、私のあだ名ですか?」


「あだ名じゃないよ。ただなんて言うか……子リスのような君を肩に乗せておきたいな、と思って」


 彼の説明はまったく説明になっていない。のらりくらりとしていて、たぶん彼はふざけていると思うのだが、その優しい口調がこそばゆく感じる。


 オリヴィアは子リスのように小っちゃくなった自分が、彼の肩に乗っている場面を想像し、零れるような笑みを浮かべた。


「私、うっかりしていると肩から滑り落ちちゃうわ。そうね――じゃあ、あなたの結んだ髪に掴まらせてくれる?」


「いいよ、君は特別だ」


 彼の口角が上がっているのを見上げ、オリヴィアはこらえ切れずに噴き出してしまう。


 リアムが気まぐれのように話を戻した。


「僕は下町には数回しか来たことがなくて、あまり詳しくないから、ゲルダから情報を仕入れておこうと思ったんだ。――『ご婦人の服を買うなら、どこがいいかな?』って、昨日の夜、彼女に尋ねてみた。ゲルダはその――君よりは大分年上だから、服の趣味は違うだろうけれど、かなりの情報通でなんでも知っている。そうしたらね――『もうオリヴィアさんにお店の地図を描いて渡しました』と言われて。それで話は終わった」


 聞いていたオリヴィアはなんだか嬉しく感じた。……彼って本当に優しいわ! と胸が温かくなる。


「ありがとうございます。気を遣ってくださって」


 リアムはオリヴィアの用に付き合うだけなのに、現地で困らないようにと、色々調べようとしてくれたのだ。ふたりが質問した先が、かぶってしまっただけで。


 オリヴィアはポケットから紙片を取り出し、両手で捧げ持つようにして、頬を赤らめながら彼に言った。


「――ここにゲルダさんからいだいた地図があります! なんだか楽しくなってきましたよ」


「そう、よかった」


 リアムの笑みは湖面に反射した陽光のように穏やかで、キラキラして見えた。


「……やっぱり君を肩に乗せたいなぁ」


「そうしたら私は歩かなくてすみますね。――リアムさん、次の通りを右ですよ、って言うだけで、目的地に着いちゃう」


「歩きたくないなら、人間サイズの君を、このまま抱っこして運んでもいいけれど」


「手が疲れちゃいますよ」


「たぶん大丈夫」


「絶対大丈夫じゃない」


 ふたりは並んで歩きながら、くすくすと笑い合った。




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― 新着の感想 ―
[良い点] もう、なんなのこのかわいい二人! じれじれは基本好きじゃないのですが、この二人は許します。 [気になる点] 純粋培養のようなオリヴィアですが、生い立ちは壮絶。 実家での扱い、悪役令嬢時代、…
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