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26.僕を慌てさせたばかり


 封筒の宛名を自分の席で書こうと思い(中身ではなく宛名なので、リアムの自筆でなくてもいいだろう)、宛名リストをもらうため彼のすぐそばに近づいた。


 そうすると、斜め後ろから彼を見おろす形になり――結んだ髪が綺麗で、ちょっと見惚れてしまった。


 ……彼って太陽神の化身みたいだわ。


 リアムは書類にサインをした直後で、書面に着いたインクを乾かすため、デスクの端にそれを置こうとしていた。


 オリヴィアは自然に手を伸ばし、それを受け取った。彼も自然な態度で「ありがとう」と礼を言う。ふたりの醸し出す空気はしっくりと馴染んでいた。


 オリヴィアは手の中の書類を眺めおろし、次いでデスクのほうに視線を移した。


 ……十通あると言っていたから、スペースの関係で、なるべく遠くに置いたほうがいいわよね。


 オリヴィアはよいしょ、と身を乗り出し、デスクの左端にそれを置こうとした。大きなデスクなので、自然と爪先立ちになる。足のつけ根にデスクの角が当たった。


 するとリアムが斜め後方から早口で声をかけてきた。


「――オリヴィア、それはまずい」


「え?」


 びっくりして振り返ると、なぜかリアムが手のひらで目元を覆っている。――光線の加減だろうか、彼の耳が赤くなっているように見えた。


「リアムさん?」


「その……元の位置に戻って。直立の状態に」


「どうして?」


「アングルの破壊力が……いや、君の体勢がキツそうだから」


 別にキツくはない。けれど今は腰のあたりまでデスクに乗り上げているようなものなので、リアムの位置から見ると、窮屈そうに見えるのかもしれない。


「書類が重ならないようにバラけて並べれば、効率良く乾かせるでしょう?」


 手近なところに置いてしまうと、三通くらいしか並べることができない。オリヴィアがやろうとしているこの方法なら、十通いっぺんに乾かせる。


「――いや、ゆっくりやろう、オリヴィア」そう言いながら彼が席を立つ。「効率よりも、君の体を労わらなければ」


「別に苦しくないですよ」


「こちらが苦しい。忍耐力を試されているようでつらい。……またパンケーキを鼻先で見せびらかされて、焦らされている気分だ」


「?」


「あのね、そう――女性が極端に前かがみになると、盲腸のリスクが六十パーセント高まると聞いたことがあるよ。ローマス博士が発表した論文に、確かそう書かれていた」


「え、嘘でしょ」


「まぁそれは嘘だけれど。……とにかくね、君のイスをここに持ってくるから」


 彼はオリヴィアの返事も訊かず、隣席まで歩いていって彼女のイスを持ち上げ、こちらに運んできた。しっかりした作りの重そうなイスであるが、軽々とスマートに運ぶものである。


 彼はそれをオリヴィアの後ろに設置し、


「――さぁどうぞ、マイレディ」


 と悪戯めかした口調で着席を促した。


 マイレディは使用人がお嬢様や奥様に呼びかける時に使われることが多いのだが、彼が口にすると、イチゴのように爽やかでキュートな感じがする。


「あの、ありがとうございます」


 こうまでされては断れない。


 オリヴィアは照れてしまい、頬を赤らめながら小さな声で礼を言った。そしてそうっと腰を下ろした。


 ……同室での仕事ということで、『ずっと一緒で飽きませんか?』と質問していた昨日が懐かしい。なんと今は同室どころか、互いの距離が五十センチも開いていないのだから。


 つがいの鳥でも、もうちょっと離れて木の枝に止まると思うわ……。


 オリヴィアはそのうち彼に『近づきすぎてうんざりした、正直もうしんどい!』と言われるのではないかと気が気でなかった。


「――どういたしまして、オリヴィア」


 オロオロするオリヴィアとは対照的に、微笑みを浮かべる彼は紳士な態度で、少し前の動揺していた気配は微塵もなくなっている。


 それでオリヴィアは『ずるいわ』と思ったのだ。


 その気持ちが顔に出ていたのだろうか……もしかするとオリヴィアの頬はドングリを口に入れたリスのように膨らんでいたかもしれない。


「どうしたの? ムクれている?」


「かもしれません」


「なぜ?」


「私、あなたを慌てさせたいわ。だって私ばかり動揺しているのは馬鹿みたいだもの」


「……君はついさっき僕を慌てさせたばかりじゃないか。これ以上振り回して、どうする気だ」


 やれやれと彼が眉根を寄せる。


 ……あ、今のはかなり実感がこもっていたかも……彼も見た目ほど余裕ではないらしいと知れて、オリヴィアの機嫌も直った。




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