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23.全部あなたのもの


 まるで夢から覚めたかのよう。――空気は目に見えないはずなのに、一瞬前まで靄がかかっていた風景が、いきなりクリアになったかのようだった。


 気まずさを覚えたオリヴィアは、彼の視線から逃れるように、窓のほうに視線を向ける。そして目を瞠った。


「バッタだわ。――え、ここ、二階ですよね?」


「……うん」


 リアムはなんだか名残惜しげにオリヴィアの瞳をもう一度覗き込んでから、ゆっくりと顔を上げる。


 右手の掃き出し窓の外側に、バッタが一匹貼りついているのが見えた。――あれが庭から飛んで来てガラスに当たった際、パチンという音を立てたようだ。


「バッタってこんなに高く飛べるんですかね?」


 オリヴィアが尋ねると、彼からは気のない返事が。


「さぁ。実際に飛んで来たから、そうなのだろうね」


「……リアムさん? もしかして、怒っています?」


「怒っているように見える?」


「いえ、なんていうか……」


 オリヴィアは困ってしまい、眉尻を下げる。


 ……怒っているのとも、違うのかな? なんていうか、そう……ままならないことがあり、感情が溢れそうになっているような、そんな感じ。


 リアムが小さくため息をつき、こんなことを言ってきた。


「……僕が今どんな気分か、知りたい?」


「ええ、できれば」


「――ベリーの載った、フワフワのパンケーキを想像して」


「ええと、はい、想像しました」


「滑らかなクリームが載っていて、甘い香りのシロップがたっぷりかかっている。バターの良い香り」


「美味しそう」


「それがひと口大に切り分けられ、フォークの上に載せられて、君の口元まで運ばれてきた――かなり近づいている――それがあと一センチほどの距離に迫ったところで、フォークをさっと取り上げられてしまった。――どんな気分?」


「ものすごくブルーです」


「理解いただけてよかった。つまり今の僕は、そんな気分なんだ」


「え、バッタのせいで?」


 彼はバッタが嫌いなのだろうか?


「そう、バッタのせいで。バッタが飛んできたのも、外が良い天気なのも、君の赤毛を見ているとリンゴ飴を思い出すのも、すべての出来事が神様の意地悪みたいに感じる」


 めちゃくちゃなことを語る彼の表情はなんとも謎めいていて、それ以上の追及を拒んでいるように感じられた。


 オリヴィアは困ってしまい、しばらくのあいだ俯いていた。そして勇気を出してそっと顔を上げ、彼の瞳を仰ぎ見たのだった。


「あの、リアムさん」


「うん」


「気を落とさないで。事情はよく分からないけれど、そのパンケーキは……いつかきっとあなたのものになるわ。その時によく味わって。全部あなたのものだから」


「……君は悪女だ」


 リアムが結構な毒舌を吐いてきたのだけれど、彼がこちらに向けてくる感情の全てがチョコレートのように甘い気がして、オリヴィアは言葉もないのだった。




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