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19.君にそういう顔をされると


「この魚料理は初めて食べました。なんて美味しいの……!」


 オリヴィアの頬が赤く染まっている。


 彼女が気に入ったのは、白身魚と色鮮やかな野菜が数種類、カリッと香ばしくグリルしてあって、甘酸っぱいソースがからめてある料理だった。


「君が一時期住んでいたパールバーグは海に面しているから、魚料理も豊富だったのでは?」


「そうですね」オリヴィアがにっこりと笑う。「美味しい魚料理がたくさんありました。なんていうか、パールバーグの料理は『引き算』なんです。――『この三つだけの材料で、こんなに美味しく仕上がるの?』というような、シンプルなレシピが多かった」


「へぇ、興味深い」


「どの料理も素材を生かすのが上手いんですけど、結局のところ、生で食べるのが一番美味しくて」


「え? 生?」


「はい。特別な香辛料と、淡白なタレをからめて食べます」


「本当に? 少しも火を通さない?」


「そうですよ?」


 信じがたい。生臭くないのかね?


 リアムの常識からすると、魚を生で食べるなんて考えられない。


「生食が合っている魚もあるし、合っていない魚もあります。――あとは魚を釣ったあとの処理も大切かもしれません。私もあまり詳しくないですが、すぐに血抜きをして丁寧に洗っておくとかしないと――とはいえやはり、水に入れて生きた状態にしておくのがベストですかね。私が生でお魚をいただく時は、いけすを泳いでいる魚から好きなものを選んで、その場ですぐにさばいてもらっていました」


「面白いな。パールバーグの話は今度じっくり聞きたい。必要があって」


「そうですか。お手伝いできることがあれば、なんでも」


 オリヴィアが嬉しそうな笑みを浮かべた。


 ……彼女と話していると、時間があっという間に過ぎる。楽しい時間はあっという間だ。


 リアムはさらに尋ねた。


「故郷のバンクス帝国には、魚料理はあまりない?」


「そうですね、陸地なので。川魚の料理はありましたが、スープに入れるのが定番でした」


「それはそれで美味しそうだね」


「うーん……なんて言ったらいいか」


 オリヴィアが悲しげな顔になる。咥えていた骨を落としたワンコみたいなしょんぼり具合だ。


「私が思うに、お魚を一度カリッと焼いてから煮立ったスープに入れたら、ずっと美味しいと思うんです。でもバンクスの東部では、水からそのまま煮ちゃうの。香味野菜もあまり入れないスタイルだから、独特の癖があって。最後は濃い味つけで仕上げるんですけど、私からすると奥のほうに癖が残っているから、苦手だった」


「なるほど。上手く調理できないなら、普通に塩焼きで食べたらいいのにね」


「魚に関しては、バンクスはなぜかシンプルな塩焼きをあまりしないんですよね。見栄えが嫌なのかしら? 理由はよく分かりません」


「それでなぜスープなんだろう。スープにすれば見栄えがいいとも思えないが、不思議だね」


「スープという調理方法を選んだなら、全身全霊でスープに向かい合ってほしかったです。……子供の時ね? 新しい調理方法を思いついて、厨房に行って、『初めにグリルでお魚をよく焼いてから、香草と一緒にトマトベースのスープに入れてみるのはどうかしら?』って相談してみたんですけど、たったそれだけのことでコックさんに嫌われてしまって。あちらからすると、『何も分かっていないくせに、生意気』と思ったんでしょうけれど。――その後しばらくのあいだ無視されたり、私にだけデザートをくれなかったりと、大人げないことを普通にしてくるから、『そんなに怒ること?』って不思議で仕方なかった。家族もコックの味方をして、『伝統にケチをつけた礼儀知らず』と悪魔の子を見るような目を私に向けたの」


 オリヴィアの態度はカラリとしていて、それを引きずっている様子もなかった。――ただ、『私は考えを口にしただけなのに、根に持って意地悪までするというのは、道理に合わない』とは思っているらしい。


 そう言えば以前彼女が、『当時私は九歳で、人生で一番の暗黒モードに突入していた』と語っていたが、コックの意地悪はそれとは関係なさそうである(コックの件は本人が本当にどうでもよさそうに話しているので)。


 しかし当時の家族の対応もなかなかのものだし、家庭環境が複雑そうだから、その辺に深い闇がありそうだった。


「悲しいね。……というか、そのコックと君の家族が強情だっただけで、バンクス帝国でも、上手に魚を料理していた家が多いのでは?」


「いえ、他家に招かれた時も同じスープが出てきたので、あの調理方法が主流だったのは確かです。――皆、どうして変に思わないのかしら? ずっと続いていると、それが当たり前になっちゃうんでしょうか」


「かもしれない。人の思い込みは強固だからなぁ。正しいことを言ったからといって、それに皆が同意してくれるとは限らないものね」


「じゃあどんなことなら同意してもらえるんでしょう?」


「常に多数派でいればいい」リアムは淡い笑みを浮かべた。「たとえ正しかろうが、少数派の意見は弾かれる。皆と横並びでいないと」


「難しい」


「そうだね、とても難しい。――だから他人に同意してもらわなくても、いいんじゃないか? 必要な意見は言うけれど、賛同は期待しない。マイナスのリアクションがあっても気にしない。発言したことで誰かのご機嫌を損ねたって、大きな問題はないと思う」


「だけど私は賛同を得られなかったせいで、美味しいスープを開発し損なったんです。あの時上手く交渉できていれば、バンクスに住んでいる皆の人生が変わったかも」


「どんな交渉をしたって、そもそも相手のほうに聞く気がないのだから、意味はない。――ねぇ、こう考えたら? 結果的に君は今、理想の魚料理を食べている。バンクス在住の多数派の人たちは、君を押さえつけて勝利を手にしたようでいて、ずっと嫌な後味のスープを飲み続けないといけないわけだ。それって考えようによっては、可哀想だよ」


「目からうろこの結論ね。……魚料理の話題だけに」


 オリヴィアが上手いこと言ってまとめようとしたので、リアムはおかしくもあったし、からかってやりたい気分にもなった。それで意味ありげに貴族らしい仕草で彼女を流し見たら、オリヴィアは頬を赤くして、『変なことを言っちゃった』という顔でちょっと照れていた。


 ……照れるくらいなら、言わないでくれ。


 君にそういう顔をされると、胸がむずがゆくなる。




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