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18.あなたのセンスが抜群だから


 オリヴィアをエスコートして食堂に入ると、彼女が呆気にとられた顔をしているのに気づいた。


「どうかした?」


「……テーブルが長すぎます」


 返しの間がワンテンポ遅れていて、なんともいえぬおかしみを感じる。笑みが零れそうになったところで、彼女がこちらを見上げた。


 灯りを反射して、彼女の赤い髪が深紅の輝きを放っていた。リンゴに水飴をからめた、北部のお菓子を思い出した。……艶やかで、心惹かれる。


 無意識に触れたくなって、ハッと我に返る。……何を考えているんだ、いけない。衝動に流された瞬間、彼女を失うだろう。それだけは避けなければならない。


 けれどどうにもならないこともあって――……彼女の透き通った緑の瞳で見つめられると、言葉を忘れそうになる。ぼんやりしながらリアムがオリヴィアを眺めおろしていると、彼女が真顔で続けた。


「テーブルの奥のほうに、カトラリーがふたりぶん並んでいるわ」


「……そうだね。僕たちふたりのぶんだ」


 間の抜けた会話が始まって、助かった、と強く思った。これで余計なことを考えずに済む。


「だけどこのテーブルは、頑張れば三十人は座れそうです」


「どうだろう。三十人はキツそうだが」


「そうかしら。隣の人と肩をくっつけて、ぴったり隙間なく座れば――」


「ぴったりくっついて座る必要、あるかね?」


「あるかもしれない」


「ないよ。汗っかきで有名なカートライト卿という人がいるんだけど、彼の隣になったら、なかなかの苦行だよ。カートライト卿に触れている片袖は、彼の汗が染み込んでびっしょりになってしまう。おそらくカートライト卿は恥ずかしそうに詫びてくるだろうし、人の良い彼にそんなふうに気を遣わせたら気の毒だ」


「確かに気の毒。カートライト卿がいらっしゃる時は、定員二十八名ですね。彼の両脇を空けましょう」


「――ねぇ、君とのお喋りは楽しいけれど、この調子だと、日付が変わってもサラダすら食べ終えることができなそうだ」


「そのとおりね」


 オリヴィアがにっこりとキュートに笑うので、リアムは微かに耳が熱くなるのを感じながら、彼女を席にいざなった。


 イスの背を引いてやり、彼女が腰かけるのを見守ってから、自分も席に着く。


「こんなに長いテーブルなのに、私たちの席は近いわ」


 オリヴィアはまたニコニコしながらそう言った。……というかオリヴィアは大抵ニコニコしている。もしかするといつもニコニコしているから、若々しいままなのだろうか? これだけ日常を楽しめる才能があるなら、年を取っている暇がなさそうだ。


「テーブルの長さを生かすために、端と端に別れて座ってもいいけれど、手旗信号が必要になるからやめておこう」


「手旗信号なんて必要ないですよ」


「そう?」


「パールバーグ国ではね、『美味しい!』っていう時に、右耳を引っ張るジェスチャーをするんです。それさえマスターしておけば、食事中の意志疎通はオールOKなの」


 冗談なんだか、本気なんだか。――リアムは彼女と話していると、ついくすりと笑ってしまう。


「美味しくなかったらどうするの?」


「セントクレア公爵家のお食事は、美味しいに決まっています」


「どうして分かる?」


「あなたのセンスが抜群だから」


 オリヴィアが皿の上に折られているナプキンを取り、膝の上に置く。


 彼女のお喋りは気さくで親しみやすさがあるけれど、こういった改まった場では動作がとても綺麗だった。昼間向かい合って話していた時は、ぎこちない可愛らしさばかりが目立ったけれど、晩餐の席に着いたことで、体に染みついた動きが自然と出ているようだ。姿勢が良く、ひとつひとつの動きが滑らかで品がある。


 昼間、彼女は『オリヴィア・ギル』と名乗り、子爵家の出であることを説明してくれたが、ギル子爵家は躾が相当厳しかったのだろうか。――イーデンス帝国の子爵以上の階級であっても、これだけ物腰が洗練されている女性を探すのは、かなり難しいかもしれない。


 リアムもナプキンを取りながら、食事がとても楽しみになっていた。


 ――食事は和やかに進んだ。


 オリヴィアはやっぱりオリヴィアというか、肩の凝らない振舞いで、同席者を楽しい気持ちにさせてくれる。そして彼女は料理を楽しみ「美味しいわ」と素直に感想を言う。これはマナーに即した振舞いだった。


 実はマナーというものは難しい決まりなんかなくて、突き詰めてみれば、相手に対する気遣いそのものなのかも――リアムはオリヴィアを見ていて、そんなふうに感じた。


 オリヴィアは終始うるさく話し続けているわけでもなく、口を閉ざしている時もあったが、そうであったとしてもずっと楽しそうだった。まず表情が明るい。


 そして魚料理が出てきた時は、オリヴィアのテンションが一番上がっていた。


 瞳をキラキラと星のように輝かせて、可愛らしい笑みを浮かべている彼女はとても魅力的だった。誕生日に立派なケーキを出された時の、小さな子供みたいに無邪気でもあった。




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