13.しかしながら
「中に入ろう」
促すと、オリヴィアが躊躇いを見せた。
「ええと、あの……この部屋は立派すぎると思います」
まごまごして、困った顔をしている。
リアムはつい笑ってしまった。
「さっきまで、あんなに喜んでいたのに」
「だって素敵な部屋だったから、そちらに意識がいってしまって」
「素敵な部屋に住めるんだから、ラッキーだろう?」
「でもね」
「でもは禁止」
「だけど」
「だけども禁止」
「しかし」
「しかしも禁止」
「……ええと、しかしながら?」
「もうそろそろ言葉が尽きそうだな。同様の接続詞はまだほかにもあるぞ」
オリヴィアが弱り切った顔でこちらを見上げてくる。……少し不謹慎かもしれないが、彼女を困らせることが、癖になりそうだった。
「……あのね、笑わないですか? 私、恐れていたことがあって」
「笑うかどうかは、聞かせてもらわないと分からない」
「あまり言いたくないんですけど」
「ほら、話が進まないから」
促すと、彼女が躊躇いがちに語り始めた。
「……少し前まで、すごく不安だったの。このお屋敷を外から見て、入る前に怖くなって」
「どうして?」
「偏見なのは分かっているんですけど、お金持ちって二種類に分かれる気がして。――すごい善人と、すごい悪人――それで、セントクレア公爵家の方が悪人だった場合、私を窓のない真っ暗な部屋に押し込めて、気に入らないことがあると、鞭打ってくるかもしれないでしょう? ……という最悪なケースを想像しておいたせいで、現状が怖い」
「想像力を無駄に使いすぎじゃないか? それにね、金持ちが『すごい善人』と、『すごい悪人』のどちらかなんてありえない。中間の『普通』な人が多いと思う」
「そうかしら?」
「そうだよ。大体、そんなことを言い出したら、金持ちじゃなくても同じだろう。世の中にはすごい善人と、すごい悪人がいるものだ」
オリヴィアはパチリと瞬きをして、「確かにそうね」と納得したようだった。
「とにかく私……こんなに素敵な部屋だと気後れするわ。ここまでしていただく義理がないです」
「部屋は使わないと傷むからね。遠慮はしなくていい。……そういえば、貴族の別荘で暮らすという仕事があるらしいよ。お金を払ってでも誰かに暮らしてもらわないと、荒れ果ててしまうからね。それと同じだと考えたら? 君がここで寝泊まりすることで、部屋が良い状態で維持される。皆のためになるよ」
実際のところ、この部屋は使用人がこまめに手入れをしているので傷むことはない。ようはオリヴィアを言いくるめられればいいのだ。
「……私、この部屋に泊まることにします」
オリヴィアが嬉しそうににっこり笑った。肩の荷が下りた、というように。
彼女がスキップするように軽やかな足取りで部屋に入っていったので、リアムは『やれやれ』とため息を漏らしてから、口元に笑みを浮かべたのだった。