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決闘、あるいは英雄譚の始まり

 

 翌日の放課後。

 若干痛む額をこすりながら邑歌と共に、修練場へと向かっていた。

 邑歌は、量産されている刀型の霊装をぶんぶん振り回しながら目を輝かせている。


 「昨日はネフィちゃんとの決闘が楽しみ過ぎて夜しか寝てないよ~」

 「健康的でいいことで」


 こっちとしては怪我をしたくないという思いが満ちている。

 霊装には安全装置が取り付けられておりどれだけ強力な能力であっても、理論上は直接的に死を与えられないようにはなっている。

 通常、学園内の決闘においては、その安全装置を生徒の身では取り外すことは出来ない。

 もっとも邑歌が戦う場合は、その解除を相互同意で可能というイカれた特例が追加されている訳だが。

 

 「邑歌、何度も言うが」

 「分かってる。安全装置は切らない。相手は強いから無理しないように、でしょ? だから、無理しないで、勝つ。」

 「………言っとくけど、俺の能力は戦闘向きじゃないんだ。期待するなよ?」

 「あ、そういえば真凛の能力のこと、まだ聞いてない」


 修練場についた瞬間、観客のどよめきが大きくなる。……観客?

 俺たちが立つ戦闘エリアを取り囲むようにぐるりと観客席が設けられているのだが、そこに空席は一切なく、電子パネルには

 

 【レベルⅥ 亜紗宮邑歌&最弱のレベルⅣ 千導真凛  VS  殲姫 ネフィ・アグィネス】


 と大々的に表示されており、会場は異様な熱気に包まれている。

 会場には、大量のドローンも飛び回っており、学園都市中、いや、もしかしたら世界中の機関が注目しているのかもしれない。

 当然と言えば当然かもしれない。

 世界を変えられるほどのレベルⅤ。そのレベルを超える少女の力がいかほどなのか、知りたくない奴はいないだろう。

 ネフィは、エリアの中心で腕組みをしながら待っていた。

 が、こちらが来たのを確認すると、背筋が凍るほどの視線を向けてくる。


 「兄さん……昨晩は、そのメスと子作りしたんですね」

 「してないわ。同棲=付き合ってるわけじゃないだろ」

 「そんな……私が同棲しはじめたら家に着いた瞬間に、脱がしにかかりつつ脱ぐのに」

 「怖いこの人」

 「…でも良かった。まだ兄さんは卒業してない…兄さんが妹以外で卒業したら私、頭がおかしくなるところでした」

 「もうなってるだろ」

 

 結構もう手遅れだと思う。

 自称妹に対して、隣の邑歌が握手を求める。


 「今日はよろしく! ネフィちゃん!」

 「………安全装置は命を奪わないだけで、怪我はします。その点を弁えていますよね?」

 「うんっ! でもだからといって加減とかはしないでね。 本気で勝つ気で行くから。」

 

 まっすぐな瞳はネフィをほんのわずかに慄かせる。

 さしものネフィも、レベルⅥの相手は未知数のせいか、警戒心がむき出しになっている。

 

 「…こちらこそ、潰します。兄さんは、渡しません」

 「えー、真凛は私のパートナーだよ。あげないからね! 」

 「殺す」


 殺すな。

 鋭く告げると、ネフィは静かに所定の位置に歩いていく。

 邑歌もまた、既に位置についている俺の隣に歩いてくる。

 その顔は、背筋が凍るほどの不敵な笑みを浮かべていた。


 『さぁいよいよ始まります! 世界初のレベルⅥと、学園最強クラスと言われし殲姫との一戦! 噂によれば世界にあと二つ存在する学園都市も注目しているとか! その辺はどうなんでしょう、天上院学園長』

 『いやー私がドローン中継を二つの学園、ガーデンとコレクションに流してるしね。盛り上がってくれないと困るよー。さぁどっちが勝つか!賭けた賭けた!』


 お前のせいじゃねぇか。あと賭け対象にするな。

 治安が崩壊寸前の中、電子パネルのカウントダウンが始まる。

 邑歌の方をチラリとみると、既に刀を抜いている少女は、息を鋭く吐き出す。


 「大丈夫。後悔させない」

 「……はぁ、昨日言った通り、あいつの戦法は銃火器による制圧力だ。対策方法は別にない」

 「うん、実戦で掴むよ。そういうの得意だから」

 「どこの戦闘民族だよ……全く」


 3,2,1

 0

 カウントダウンが終わったのと同時に、風が吹く。

 

 「「!?」」


 俺とネフィは同時に驚愕する。

 あまりに速い速度で少女は、エリアを駆け抜ける。


 「っ…展開!」

 

 ネフィは自らの拳銃型霊装の引き金を引き、即座に自らの幻想結界を起動する。

 十数の自動小銃が浮遊し、一斉に邑歌に向けて発砲される。

 数秒の間に数百を超える弾丸が放たれ、射線上にいる邑歌は―――紙一重で躱しながらフィールドを駆け抜けていた。

 なんだ……あの身体能力は……。

 幻想結界者は、能力強度、すなわちレベルが高いほどに身体能力は引き上げられていく傾向にある。

 だが、それはせいぜい人間の限界値を二回りほど超える程度だ。

 20メートルにも満たない至近距離で、十数丁の自動小銃の弾丸を――――全弾躱せるはずがない。


 「はっ……いつまで逃げられますかね!」

 「っ! 邑歌! まだ増えるぞ!」

 

 ネフィは、更に自動小銃の数を増やし、グレネードランチャーやらの大型の銃火器までもが追加される。

 

 「っっ!!」


 邑歌はグレネードランチャーより放たれた擲弾(てきだん)の爆発をよけるが、自動小銃の弾丸が脇腹と頬を掠め穿つ

 邑歌は、見ていることしか出来ない俺の隣に跳躍で戻ってくると、肩を揺らして呼吸しながら頬の血を拭う。


 「……邑歌、まだ早かった。まだお前の能力は…」

 「大丈夫。私は、勝つよ。真凛」


 ネフィは、俺を攻撃対象と見ていないのか、邑歌への射撃を止めている。 

 が、その顔は怒りが籠っている。


 「……ふん、身体能力だけは、類を見ないですね。だが、それだけです。能力はまだ未覚醒なんでしたね。能力も無しに私に勝つなんて、舐められたものです」

 「舐めてないよ。あなたのこと、本当に強いって感じてる。でも、勝つよ。」

 

 邑歌は、まっすぐな瞳でネフィを射貫く。


 「私は――――君を倒して、英雄になる」

 「……なら、現実を知るがいいでしょう。あなたの剣は、一度も私には届かない」


 更に銃火器が追加され、会場には動揺は奔る。

 もはや回避は不能。頼りの能力も都合よく開花する気配もない。

 

 「……真凛。杖借りる!」

 「は!?ちょっと」

 

 邑歌は俺から杖を掴み取ると、まっすぐにネフィへと駆けだす。

 

 「一か八かの特攻とは、見苦しいですね」


 一斉に放たれる銃弾の嵐。決着は、今ここに――――。

 

 「う、らあああああああああああああああああああ!!!!」

 

 邑歌は叫びながら、杖をまるで自身の得物であるかのように回転させ、前方から飛翔する弾丸をはじき落とす。


 「!?なっっ!」

 

 ネフィの動揺でわずかに銃弾の嵐が止む。

 刹那の隙を、邑歌は見逃さず、踏み込んで一気に距離を詰める。

 グレネードランチャーが邑歌を捕捉する直前、杖がネフィ目掛けて投げられ、とっさに全銃火器が一斉にその杖に発砲を行う。


 「はぁああああ!!」

 

 ガキンッッッ!!! という重い音がエリアに響く。

 会場は、初めて見た光景に騒然とする。

 初めて――――戦闘中の殲姫の目の前に、人が立っている。

 ネフィは、刀を振り下ろされる寸前、そのギリギリでアサルトライフルの弾倉部分で一刀を止めていた。

 銃と刀がつばぜり合う異常事態に、ネフィに初めて焦りが浮かんでいる。


 「届いたね? 私の剣」

 「っっっ 貴、様……舐め、るな!」

 

 ネフィは押し返すとほぼゼロ距離で持っている拳銃を発砲する。

 が、邑歌は見切っているように距離をとることなく刀で拳銃の銃身を逸らす。

 そこで、俺はふと、ネフィの展開している銃火器に動きがないことに気が付く。


 「……そうか、邑歌が近すぎて、今撃ったら」

 

 自分も当たる可能性が非常に高い。

 ネフィの能力は、制圧力に関しては、全能力でも最高水準だ。

 ただし、その能力を最大限に発揮するのは、相手の射程外、即ちアウトレンジを得ていることが条件である。

 つまり、ほぼゼロ距離において、今の状況、アドバンテージは邑歌にある!

 ついに、ネフィの手元を邑歌の一党が捉え、拳銃を弾き飛ばす!

 

 「これで! はぁああああああああああああ!!」

 

 邑歌の一撃は吸い込まれるようにネフィの肩を捉え――――振り落とされる寸前に、刀が明後日の方向に弾かれる。

 ネフィは、もう一丁の拳銃を手元に呼び出し、邑歌の片手ごと撃ち抜いていた。


 「終わりです! レベルⅥ!!」

 

 数発が邑歌に撃ち込まれ、胸部に赤い血の花が咲く。


 「ッ邑歌っ!!!」

 

 俺が叫んだ刹那、邑歌はその場で吐血しながら叫ぶ。


 「聖剣、抜刀ぉおおおおおおおおおおおおお!」

 

 神々しい光が修練場全体を照らす。

 虚を突かれたネフィは眩い光に目を細める。

 だが、俺はその発言した能力から目をそらすことが出来なかった。

 顕現した、一見して木の棒は、ネフィの胸部に振り下ろされた瞬間、遥か後方に対象が吹き飛ぶ。

 刹那、爆発音とともに、エリアの壁には、意識を失ったネフィがめりこんでいた。

 会場は静寂に包まれる。

 ネフィは立ち上がる様子はなく、浮遊していた銃火器も消え失せている。

 邑歌もまた、木の棒が消滅するとその場でへたり込む。

 やがて少女は、血だらけの全身でなお、俺の方に微笑む。

 

 「えへへ……ブイー。勝ったよ、私」

 

 その言葉を皮切りに、修練場全体が大きく揺れるほどの歓声が沸き起こる。


 『しょ、しょ…勝者! 亜紗宮邑歌ぁああああああああああああ』


 俺は邑歌の元に駆け寄り、邑歌をその場で寝かせる。もはや運ぶと出血がひどくなる一方だ。

 

 「全く! 無理すんなって言ったのに! 今救護班がくるから!」

 「あはは…ごめんね…どうしても、勝ちたくて」

 「戦闘狂が! 」

 「……でも、勝ったよ…私。凄いでしょ……」

 「…………あぁ、一番近くで見てただろ。……凄い奴だ、お前は」

 

 俺は、自慢げに笑う少女の頭を撫でる。

 安心したのか、緊張の糸が切れたのか邑歌は、頭を撫でていると、心地よさそうな表情で気絶する。

 救護班は、普段の喧嘩騒動のときよりもずっと真剣な表情で邑歌を治療し始める。

 ふとネフィの方をみると、同じく救護班が治療にあたっているので、ひとまずは大丈夫だろう。

 実況は今なお興奮した様子で語り続けている。


 『いやーーまさか最後の最後で、能力を使用するとは、とはいえ、木の棒でも亜紗宮さんが振り抜くと凄い威力になるんですねー』

 

 ………いや、俺は光の中で、木の棒の周りに『纏わりついている光』をみた。

 あれで、未完成だと?

 修練場の戦闘エリアは半径は30メートルの円状だ。戦いの中、ネフィ、最初の立ち位置からほとんど動いていない。つまり、木の棒の一撃で20メートル以上の後方の壁に吹き飛ばされ、あまつさえその壁が崩壊しかけるほどの衝撃に至ったのだ。


 「………ほんと、お前は…なんなんだよ。邑歌」


 俺の心は、勝利の余韻に浸るより先に、その異様さにただ、戦慄していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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